44 / 77
2章 アルバイト開始
5
しおりを挟む
頬張って食べるのは執務室で、よくしていることなので躊躇うことはないが、じーっと見つめられながら食べるのは夜会以来だ。その時の令嬢の視線は気にすることもなく食事や歓談を楽しめるのが、それが婚約者に見られていると思うと気恥しくなってしまう。
あんなにも楽しみにしていたクラブサンドにまだ手を付けないでいるから、まだ戸惑っているのかと思い「アン、どうしたの?いまここにいるのは、僕だけだから君を咎める人はいないよ」と言ってみると、考えていたこととは違う返事だった。
「わかっているけど、ユーゴは食事もお上品に摂る人だと思ってた」
「そんな風に思っていてくれたのは光栄だけれど、僕はアンの前では飾らない自分でいたいんだ」
本当は緊張して仕方がないなど、カッコ悪くて言えない。ただ、平常時の僕はいつもこんな感じで過ごしていると言いたかった。
アンがいるからいつも通りに過ごせているかはわからないが。きっと、ニコライさんあたりが見たら笑いながら「冷静になれ」って言われるのだろうけれど。
「そ、そうなんだ」
表情がぎこちなくなくなった気がする。先程まではあんなにも子犬のように可愛らしかったのに。
「それに、殿下の執務室の軽食は殆ど素手で掴んで食べる形式だから癖のようなものだよ。皆、正式な場では作法は気にするけど」
あの部屋で、上品に食べる者など皆無だ。「忙しい」が口癖のような部屋で優雅に摂ることも出来ないまま、簡単に食べられるもので書類を汚し、手間のかかることもあった。そのことを思い出すと、笑ってしまう。
いつの間にか、頬張り口いっぱいに詰め込んでいた。
「口元にソースが付いている」と言いながら、席から乗り出しソースを親指で拭き取り舐めてみると、顔を真っ赤にしながら少し俯いてしまう。
可愛い表情が見えなくなってしまったと、残念に思う。先程食べたときは、何も感じなかったソースだが、アンの頬に付いていただけで甘いシロップのように感じる。
「このソースは甘いね」
「そうかしら?ちょうどいいと思うわ」
甘いものが好きなアンがそういうなら、甘くないのかもしれないが僕にとってはすごく甘い。
その後、時間が経って温くなった紅茶を飲み「ユーゴの淹れてくれたお茶、美味しい」と嘘を吐くアンの優しさに「本当にそうならいいけど」と、言い方が冷たくなってしまう。
大切な人に嘘を吐かせてまでも、こんな渋い味を出した物を飲ませたいと思ってはいなかった。
いつも通り彼女だけには紳士的に振舞わなければと、心を落ち着かせていると、ノック音が聞こえる。この部屋に入室を許可するつもりもないが、礼儀上の挨拶かと思い無視しようとすると、ズカズカと入り込み「ここにいたのか。はやく、職務に戻れ」とジェード殿下が現われる。
何故、この人がここにいるのかと問いただしたくなったが、アンが居心地悪そうにしているから、問いただすのは止めた。
「休憩時間が終わっても戻って来ないと思ったら、このような場で逢引きしていたとはな」
ただ、止めただけで殿下自ら話してくるとは思わなかった。この人のことだから、僕のことを仕事に戻らせようとしているだけなのだろう。
「そもそも、私は午後休ですので休憩時間は関係ないですよ」
「その申請を通した覚えはない」
ニコライさんから許可は貰っているというというのに、何故こんなにも融通が利かないのだ。殿下の言いたいことがわからずに、舌打ちしてしまう。アンの前では紳士でいようと思っていたのに、習慣とは恐ろしいものだ。城内だから油断してしまうとは。
そんな自分自身にも苛立ってしまう。今日は感情の制御がうまくできない。
ただ、こんな僕だけれどアンには見捨てられたくないと思ってしまう。本当の僕を知れば彼女はどう思うだろう。
「ユーゴ、あまり失礼なことをしないで。それに、ユーゴの品位を疑われてしまうから止めて」
彼女に咎められたが、それは僕のことを思ってだとわかるとすごく嬉しい。表情が崩れそうになるのを、どうにかしたい。
あんなにも楽しみにしていたクラブサンドにまだ手を付けないでいるから、まだ戸惑っているのかと思い「アン、どうしたの?いまここにいるのは、僕だけだから君を咎める人はいないよ」と言ってみると、考えていたこととは違う返事だった。
「わかっているけど、ユーゴは食事もお上品に摂る人だと思ってた」
「そんな風に思っていてくれたのは光栄だけれど、僕はアンの前では飾らない自分でいたいんだ」
本当は緊張して仕方がないなど、カッコ悪くて言えない。ただ、平常時の僕はいつもこんな感じで過ごしていると言いたかった。
アンがいるからいつも通りに過ごせているかはわからないが。きっと、ニコライさんあたりが見たら笑いながら「冷静になれ」って言われるのだろうけれど。
「そ、そうなんだ」
表情がぎこちなくなくなった気がする。先程まではあんなにも子犬のように可愛らしかったのに。
「それに、殿下の執務室の軽食は殆ど素手で掴んで食べる形式だから癖のようなものだよ。皆、正式な場では作法は気にするけど」
あの部屋で、上品に食べる者など皆無だ。「忙しい」が口癖のような部屋で優雅に摂ることも出来ないまま、簡単に食べられるもので書類を汚し、手間のかかることもあった。そのことを思い出すと、笑ってしまう。
いつの間にか、頬張り口いっぱいに詰め込んでいた。
「口元にソースが付いている」と言いながら、席から乗り出しソースを親指で拭き取り舐めてみると、顔を真っ赤にしながら少し俯いてしまう。
可愛い表情が見えなくなってしまったと、残念に思う。先程食べたときは、何も感じなかったソースだが、アンの頬に付いていただけで甘いシロップのように感じる。
「このソースは甘いね」
「そうかしら?ちょうどいいと思うわ」
甘いものが好きなアンがそういうなら、甘くないのかもしれないが僕にとってはすごく甘い。
その後、時間が経って温くなった紅茶を飲み「ユーゴの淹れてくれたお茶、美味しい」と嘘を吐くアンの優しさに「本当にそうならいいけど」と、言い方が冷たくなってしまう。
大切な人に嘘を吐かせてまでも、こんな渋い味を出した物を飲ませたいと思ってはいなかった。
いつも通り彼女だけには紳士的に振舞わなければと、心を落ち着かせていると、ノック音が聞こえる。この部屋に入室を許可するつもりもないが、礼儀上の挨拶かと思い無視しようとすると、ズカズカと入り込み「ここにいたのか。はやく、職務に戻れ」とジェード殿下が現われる。
何故、この人がここにいるのかと問いただしたくなったが、アンが居心地悪そうにしているから、問いただすのは止めた。
「休憩時間が終わっても戻って来ないと思ったら、このような場で逢引きしていたとはな」
ただ、止めただけで殿下自ら話してくるとは思わなかった。この人のことだから、僕のことを仕事に戻らせようとしているだけなのだろう。
「そもそも、私は午後休ですので休憩時間は関係ないですよ」
「その申請を通した覚えはない」
ニコライさんから許可は貰っているというというのに、何故こんなにも融通が利かないのだ。殿下の言いたいことがわからずに、舌打ちしてしまう。アンの前では紳士でいようと思っていたのに、習慣とは恐ろしいものだ。城内だから油断してしまうとは。
そんな自分自身にも苛立ってしまう。今日は感情の制御がうまくできない。
ただ、こんな僕だけれどアンには見捨てられたくないと思ってしまう。本当の僕を知れば彼女はどう思うだろう。
「ユーゴ、あまり失礼なことをしないで。それに、ユーゴの品位を疑われてしまうから止めて」
彼女に咎められたが、それは僕のことを思ってだとわかるとすごく嬉しい。表情が崩れそうになるのを、どうにかしたい。
0
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる