61 / 77
3章
馬車での触れ合いは禁止です
しおりを挟む
乗り込む際に、先に乗ったユーゴが手を差し出してくれたので、手を重ねた。そのため、躓くことなく乗ることが出来た。いつもより少しだけ高いミュールを履いているためか、歩く度に躓きそうになる。
転がり込むように、椅子に腰かける。侯爵家が用意した馬車は家で使っている物より座り心地がいい。やっぱり、爵位の力関係か。
ユーゴより先に座ったが、咎める者(ミーナ以外)はいない。その座り心地を堪能していて、対面に座る予定のユーゴをみると、何故か隣に腰かけてくる。
どういうことだ。私の隣にはミーナが座るはずだったのに。
そう思いながら、ミーナを見ると、いい笑顔している。怒らせてはいけない人を怒らせた時の感覚だ。
「ハミルトン様、うちのお嬢様の隣には私が座りますので、向かいの席にお座りいただいてもよろしいですか?劇場での密着に関しては目を瞑りますが、この馬車で密着は許容の範囲外です」
「ミーナ、君はいつからそのようなこと言うようになったのかな」
「旦那様から命じられていますので」
毅然とした態度で言うものだから、私の顔色が悪くなりそう。というよりも、何だがお腹のあたりがチクチク痛い。
素知らぬ顔でミーナが後ろを向けば、ユーゴの従者が笑いを堪えながら、「だそうですよ。ユーゴ様も少し落ち着いてください。今日という時間はまだありますので」と、言うが今日は観劇だけ共にするのだから、あまり時間はないだろうに、何でそのようなことを言うのだろう。
ただ、盗み見たユーゴの顔は真顔に近かった。
「ユーゴ、ここはミーナたちの言うとおりにして」
「わかりました。今日は我慢します…が、次はアンの隣に座ります」
「え、ええ」
渋々といった形で納得はしてくれ、正面に座った。
馬車が走り出してから、車内は無言だ。いつもなら、いろいろな話をしてくれるのに今日はどうしたのだろう。
きっと、さっき誰もユーゴの味方をしなかったから落ち込んでいるのだわ。気分を変えて、今日の舞台の話をしよう。何処で何を観るのかは伝えられていないから、昨日から少しだけ気になっていた。
「今日の観劇って何を観るの?」
「花の妖精ですよ」
「あのお話なのね!!私の好きなお話覚えてくれていたなんて嬉しいわ」
―――花の妖精
この国住むものなら知らない人はいないくらい有名な恋愛物語。
幼少期に花が咲き乱れる庭で出会い「花の妖精が、いるのかと思った」と、そのひとことに微笑みながら「私は妖精よ」と返す。そのふたりは、そのまま将来を誓いあう。
ただ、ふたりの家は表面上友好的な態度だが政敵としていがみ合っていた。
そのことを知らずに、ふたりは出会う場で徐々に仲を深めていく。そのことに気付いた家族が、ふたりを引き裂こうと互いに婚約者を立てたるが、親に従う振りをしながらも女に想いを告げ、最後には結ばれる。
最後の場面での「やっと、私の元に花の妖精がやってきてくれた」と言う台詞が私の中ではお気に入りだ。
昔、ユーゴにこの話を読んでいたときに「アンのこと離さないから」と言われたから「私のことも花の妖精って言ってくれたら、ずっと一緒にいる」と言ったのはいい思い出だ。
と、懐かしんでいると、先程ユーゴに「花の妖精」と言われたことを思い出す。
もしかして、もしかすると。彼は覚えていてさっき言ったのだろうか。
「ねえ、アン。花の妖精は僕のそばにずっといてくれるんですよね?」
確信した。これは、絶対に覚えていた。
「そのドレスも、花の妖精にはぴったりなデザインですよね。ここに花冠があれば、もっとアンの可愛さを引き立てられたのに残念です」
ちっとも残念そうにみえない。むしろ、楽しそうに次の着飾りを考えているだろう。
優しい瞳で見つめられると、きゅんとしてしまう。
「ユーゴは、その…あのことを、覚えていたの?」
「忘れるはずがないです。僕だけの花の妖精」
「は、恥ずかしいから、もう止めて」
プイっと、車窓に目をやれば、隣から振動が伝わって来る。ミーナが笑いを堪えているようだ。
この侍女は有能なのに、主人のことを敬っていない気がする。と、思いながら過ぎ去る街並みをみていた。
転がり込むように、椅子に腰かける。侯爵家が用意した馬車は家で使っている物より座り心地がいい。やっぱり、爵位の力関係か。
ユーゴより先に座ったが、咎める者(ミーナ以外)はいない。その座り心地を堪能していて、対面に座る予定のユーゴをみると、何故か隣に腰かけてくる。
どういうことだ。私の隣にはミーナが座るはずだったのに。
そう思いながら、ミーナを見ると、いい笑顔している。怒らせてはいけない人を怒らせた時の感覚だ。
「ハミルトン様、うちのお嬢様の隣には私が座りますので、向かいの席にお座りいただいてもよろしいですか?劇場での密着に関しては目を瞑りますが、この馬車で密着は許容の範囲外です」
「ミーナ、君はいつからそのようなこと言うようになったのかな」
「旦那様から命じられていますので」
毅然とした態度で言うものだから、私の顔色が悪くなりそう。というよりも、何だがお腹のあたりがチクチク痛い。
素知らぬ顔でミーナが後ろを向けば、ユーゴの従者が笑いを堪えながら、「だそうですよ。ユーゴ様も少し落ち着いてください。今日という時間はまだありますので」と、言うが今日は観劇だけ共にするのだから、あまり時間はないだろうに、何でそのようなことを言うのだろう。
ただ、盗み見たユーゴの顔は真顔に近かった。
「ユーゴ、ここはミーナたちの言うとおりにして」
「わかりました。今日は我慢します…が、次はアンの隣に座ります」
「え、ええ」
渋々といった形で納得はしてくれ、正面に座った。
馬車が走り出してから、車内は無言だ。いつもなら、いろいろな話をしてくれるのに今日はどうしたのだろう。
きっと、さっき誰もユーゴの味方をしなかったから落ち込んでいるのだわ。気分を変えて、今日の舞台の話をしよう。何処で何を観るのかは伝えられていないから、昨日から少しだけ気になっていた。
「今日の観劇って何を観るの?」
「花の妖精ですよ」
「あのお話なのね!!私の好きなお話覚えてくれていたなんて嬉しいわ」
―――花の妖精
この国住むものなら知らない人はいないくらい有名な恋愛物語。
幼少期に花が咲き乱れる庭で出会い「花の妖精が、いるのかと思った」と、そのひとことに微笑みながら「私は妖精よ」と返す。そのふたりは、そのまま将来を誓いあう。
ただ、ふたりの家は表面上友好的な態度だが政敵としていがみ合っていた。
そのことを知らずに、ふたりは出会う場で徐々に仲を深めていく。そのことに気付いた家族が、ふたりを引き裂こうと互いに婚約者を立てたるが、親に従う振りをしながらも女に想いを告げ、最後には結ばれる。
最後の場面での「やっと、私の元に花の妖精がやってきてくれた」と言う台詞が私の中ではお気に入りだ。
昔、ユーゴにこの話を読んでいたときに「アンのこと離さないから」と言われたから「私のことも花の妖精って言ってくれたら、ずっと一緒にいる」と言ったのはいい思い出だ。
と、懐かしんでいると、先程ユーゴに「花の妖精」と言われたことを思い出す。
もしかして、もしかすると。彼は覚えていてさっき言ったのだろうか。
「ねえ、アン。花の妖精は僕のそばにずっといてくれるんですよね?」
確信した。これは、絶対に覚えていた。
「そのドレスも、花の妖精にはぴったりなデザインですよね。ここに花冠があれば、もっとアンの可愛さを引き立てられたのに残念です」
ちっとも残念そうにみえない。むしろ、楽しそうに次の着飾りを考えているだろう。
優しい瞳で見つめられると、きゅんとしてしまう。
「ユーゴは、その…あのことを、覚えていたの?」
「忘れるはずがないです。僕だけの花の妖精」
「は、恥ずかしいから、もう止めて」
プイっと、車窓に目をやれば、隣から振動が伝わって来る。ミーナが笑いを堪えているようだ。
この侍女は有能なのに、主人のことを敬っていない気がする。と、思いながら過ぎ去る街並みをみていた。
0
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件
ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。
スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。
しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。
一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。
「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。
これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから
ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。
ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。
彼女は別れろ。と、一方的に迫り。
最後には暴言を吐いた。
「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」
洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。
「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」
彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。
ちゃんと、別れ話をしようと。
ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。
彼女の離縁とその波紋
豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる