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二年後。さらに老朽化が進んだ教会で、僕は変わらず過ごしていた。
最後にルークを見送った日から、誰一人としてここを訪れる者はいなかった。僕の予想では、もはや外では完全に廃墟という扱いなのだろう。
くすんだ窓からは、橙色の空が見える。
もう夕方なのかと、時間感覚のなさに苦笑いをする。そういえば幼い頃のルークは、いつもこの時間に教会を訪れていた。
……ルークが旅立ってから、心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚が拭えない。
ルークは無事に、魔王を倒すことができたのだろうか。もしかしたらここを訪れていないだけで、既に倒して、ゆったりと暮らしているかもしれない。
いるかもわからない天使のことなんて、旅の中で忘れかけているかもしれない。
いずれにせよここを動けない僕には、確かめようがないことだった。
初めて出会った時の、ルークの絶望に染まった表情を思い返す。
結局のところ僕は、どんな形であれ……ルークが二度とあんな表情をせずに、幸せに過ごしてくればそれで良かった。
だから、毎日僕の元へ来てくれなくてもかまわない。
……けれど、もし願いが叶うなら、元気な彼の姿をもう一度だけ見たかった。
僕は何もできないまま、教会の扉をぼうっと眺めていた。
いつかあの扉が開かれて、今日こそルークが来てくれるんじゃないか、そう信じて。
――もしかしたらルークも、ずっとこんな気持ちだったのかもしれない。
『天使様と、また会える日が楽しみ』
なんの疑いもなくそう言った幼い彼の声が、頭の中で蘇る。
「また、思い出しちゃったな……」
これ以上考えていたら、頭がおかしくなってしまいそうだった。
僕は自嘲気味に笑って、扉から目線を外した――その瞬間。
キィ、と古びた扉の開く音が聞こえた。
――まさか。
僕は恐る恐る、再び扉へと視線を戻す。
……そこには、美しい微笑みを浮かべたルークが、佇んでいた。
「ルーク……!」
ルークはただ黙って、祭壇前に進んでいく。
僕は泣き出してしまいそうな気持ちで、ルークの姿を見つめていた。
――良かった。生きてたんだ……!
こうして戻ってこれたということは、無事に魔王を討伐できたのだろう。
安堵で力が抜けそうになる身体を奮い立たせながら、祭壇前で立ち止まったルークに、僕も近づいていく。
ルークは目立った怪我をしているようには見えず、ほっと胸を撫でおろす。
しかし一方で……ルークの手の甲に、大きな古傷が残っていることに気が付いた。
それはきっと、以前鍛錬の際に負ってしまった傷だろう。
この傷は、魔王を打ち倒し人々を救った彼が……どれほど血の滲む努力を続けてきたかという証明のように思えた。
少しでも彼の努力を認めてあげたい。僕の姿は見えなくても、この想いが少しでも伝われば。
その一心で、僕は手を伸ばし、ルークの左手に触れようとした。
「天使様。ようやく会えましたね」
――その刹那、ルークは強く僕の手を取った。
痛いくらいに掴まれ、引き寄せられる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「ルーク、なんで……!?」
動揺して呼吸が乱れる。目が合うと、ルークは妖艶に微笑んだ。
「はは、天使様は変わらないなあ。
良かった……。やっぱり、俺のやってきたことは正しかったんだ」
ルークは僕をじっと見つめている。しかしそのまなざしは熱く、混沌としていて……かつての煌めきはどこにもない。
――ルークは、どうして僕が見えているのか。
たとえルークがいくら強くても、皆から認められていたとしても、僕の姿が見えるわけがない。
きっとこれは、感動の再会のはずだった。
それなのに……不可解な状況と混乱する頭の中で、這い上がるような恐怖を覚えてしまう。
「ル、ルーク、その……」
「天使様。今度こそ、俺の前からいなくなったりしないでくださいね?」
ルークはそう言うと、突然僕を押し倒した。
すぐさま両手首を片手で掴まれ、身動きがとれなくなる。
「な、何して……!」
「こうでもしないと、逃げられちゃうかなと思って」
僕が反論する間もなく、もう片方の手で顎を掴まれ、そのまま噛みつくように口づけられた。
「ん……ッ!」
ジタバタと暴れるが、力の差は歴然だった。
口内に舌を差し込まれ、絡めとられる。やっと離れた瞬間、唇と唇の間に銀糸が伝うのを見てしまい、羞恥で身体が熱くなる。
二年後。さらに老朽化が進んだ教会で、僕は変わらず過ごしていた。
最後にルークを見送った日から、誰一人としてここを訪れる者はいなかった。僕の予想では、もはや外では完全に廃墟という扱いなのだろう。
くすんだ窓からは、橙色の空が見える。
もう夕方なのかと、時間感覚のなさに苦笑いをする。そういえば幼い頃のルークは、いつもこの時間に教会を訪れていた。
……ルークが旅立ってから、心にぽっかりと穴が開いてしまったような感覚が拭えない。
ルークは無事に、魔王を倒すことができたのだろうか。もしかしたらここを訪れていないだけで、既に倒して、ゆったりと暮らしているかもしれない。
いるかもわからない天使のことなんて、旅の中で忘れかけているかもしれない。
いずれにせよここを動けない僕には、確かめようがないことだった。
初めて出会った時の、ルークの絶望に染まった表情を思い返す。
結局のところ僕は、どんな形であれ……ルークが二度とあんな表情をせずに、幸せに過ごしてくればそれで良かった。
だから、毎日僕の元へ来てくれなくてもかまわない。
……けれど、もし願いが叶うなら、元気な彼の姿をもう一度だけ見たかった。
僕は何もできないまま、教会の扉をぼうっと眺めていた。
いつかあの扉が開かれて、今日こそルークが来てくれるんじゃないか、そう信じて。
――もしかしたらルークも、ずっとこんな気持ちだったのかもしれない。
『天使様と、また会える日が楽しみ』
なんの疑いもなくそう言った幼い彼の声が、頭の中で蘇る。
「また、思い出しちゃったな……」
これ以上考えていたら、頭がおかしくなってしまいそうだった。
僕は自嘲気味に笑って、扉から目線を外した――その瞬間。
キィ、と古びた扉の開く音が聞こえた。
――まさか。
僕は恐る恐る、再び扉へと視線を戻す。
……そこには、美しい微笑みを浮かべたルークが、佇んでいた。
「ルーク……!」
ルークはただ黙って、祭壇前に進んでいく。
僕は泣き出してしまいそうな気持ちで、ルークの姿を見つめていた。
――良かった。生きてたんだ……!
こうして戻ってこれたということは、無事に魔王を討伐できたのだろう。
安堵で力が抜けそうになる身体を奮い立たせながら、祭壇前で立ち止まったルークに、僕も近づいていく。
ルークは目立った怪我をしているようには見えず、ほっと胸を撫でおろす。
しかし一方で……ルークの手の甲に、大きな古傷が残っていることに気が付いた。
それはきっと、以前鍛錬の際に負ってしまった傷だろう。
この傷は、魔王を打ち倒し人々を救った彼が……どれほど血の滲む努力を続けてきたかという証明のように思えた。
少しでも彼の努力を認めてあげたい。僕の姿は見えなくても、この想いが少しでも伝われば。
その一心で、僕は手を伸ばし、ルークの左手に触れようとした。
「天使様。ようやく会えましたね」
――その刹那、ルークは強く僕の手を取った。
痛いくらいに掴まれ、引き寄せられる。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「ルーク、なんで……!?」
動揺して呼吸が乱れる。目が合うと、ルークは妖艶に微笑んだ。
「はは、天使様は変わらないなあ。
良かった……。やっぱり、俺のやってきたことは正しかったんだ」
ルークは僕をじっと見つめている。しかしそのまなざしは熱く、混沌としていて……かつての煌めきはどこにもない。
――ルークは、どうして僕が見えているのか。
たとえルークがいくら強くても、皆から認められていたとしても、僕の姿が見えるわけがない。
きっとこれは、感動の再会のはずだった。
それなのに……不可解な状況と混乱する頭の中で、這い上がるような恐怖を覚えてしまう。
「ル、ルーク、その……」
「天使様。今度こそ、俺の前からいなくなったりしないでくださいね?」
ルークはそう言うと、突然僕を押し倒した。
すぐさま両手首を片手で掴まれ、身動きがとれなくなる。
「な、何して……!」
「こうでもしないと、逃げられちゃうかなと思って」
僕が反論する間もなく、もう片方の手で顎を掴まれ、そのまま噛みつくように口づけられた。
「ん……ッ!」
ジタバタと暴れるが、力の差は歴然だった。
口内に舌を差し込まれ、絡めとられる。やっと離れた瞬間、唇と唇の間に銀糸が伝うのを見てしまい、羞恥で身体が熱くなる。
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