異界育ちの幻使い

yasunari311

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6話

気配と沈黙の間に

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 街は静まり返っていた。
 だがその静けさは、どこか“よそよそしい”。

 風が吹き抜ける。アスファルトを転がる空き缶の音が遠くで響く。
 だが、それだけではない。空気の奥に、わずかに何かが“いる”気配があった。

 アヤトは幻をうっすらと展開しながら、路地裏の影へと姿を溶かしていた。
 輪郭を曖昧にし、気配を薄める。動けば揺れるほどの、ぎりぎりの隠蔽。

(……さすがに、疲れた)

 心のなかでぼやく。
 傷はない。肉体も保っている。
 だが、幻をまとい続け、戦い続けた代償は確かに内側に残っていた。

 “幻”は便利な力だが、万能ではない。
 幻を通じて自分を曖昧にし続けるには、それ相応の集中と気力がいる。
 たとえ息をしていても、自分という存在を保ち続けるには、心の芯に火を灯しておかなければならない。

(こんなに動いたの、どれくらいぶりだ?)

 異界では、こんな連戦は滅多にない。
 強い者はいる。だが、こんなにも無秩序に群れて襲ってくるような“異形”は、存在していなかった。

(……そもそも、なんだ。あれは)

 影の中、アヤトはじっと目を閉じる。
 戦った相手の姿を思い返す。人ではない。けれど、どこか“元は人間だった”ようにも見える。

 醜く爛れ、膨れ上がった手足。濁った瞳。呻き声。
 何より──“喰らう”という本能だけが残ったような、空洞の行動原理。

(……異形、って言葉じゃ済まねぇな。影獣でもない。じゃあ、なんなんだ)

 喉が乾いていた。
 幻装を解いたあとに感じる、あのひりつくような感覚が、身体にまとわりついている。

 自販機の影に身を寄せ、地面に背を預ける。
 姿は完全に路地の闇に紛れ、誰の目にも映らない。

 ただ、空だけが見えていた。

 星が二つ、薄雲のあいだから覗いていた。
 だが、どこか滲んで見えた。何かが邪魔をしているような、そんな光。

(この世界、どうなってる)

 人間たちがどうしてるかも、分からない。
 生きてるやつもいるのか。まともな集落は残ってるのか。
 誰かがこの状況を止めようとしてるのか──何も見えない。

(……母上、姉貴、師匠、そして──父上。誰か、気づいてるか)

 異界と人間界は今、断たれているはずだった。
 なのに、ここには“それ”に似たものがあふれていた。
 いや、似たものではない。あれは──確かに、危機だった。

 瓦礫の向こうで、微かに物音がした。
 だが、それは動物のものか、風の音かも分からない。
 アヤトは動かない。ただ静かに幻を維持し、気配だけを張りめぐらせる。

(……とりあえず、一晩は隠れて様子見るか)

 焦りはある。だが、突っ込むのは得策じゃない。
 幻を維持できるうちに、体力を少しでも戻しておきたかった。

 幻の向こうに、街の音が遠く鳴った。
 電車の音ではなかった。誰かの叫びでもなかった。
 ただ、風が何かを運び去っていっただけ。

 アヤトは目を閉じた。
 夜は、まだ深まる気配を見せていなかった。

 

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