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6話
気配と沈黙の間に
しおりを挟む街は静まり返っていた。
だがその静けさは、どこか“よそよそしい”。
風が吹き抜ける。アスファルトを転がる空き缶の音が遠くで響く。
だが、それだけではない。空気の奥に、わずかに何かが“いる”気配があった。
アヤトは幻をうっすらと展開しながら、路地裏の影へと姿を溶かしていた。
輪郭を曖昧にし、気配を薄める。動けば揺れるほどの、ぎりぎりの隠蔽。
(……さすがに、疲れた)
心のなかでぼやく。
傷はない。肉体も保っている。
だが、幻をまとい続け、戦い続けた代償は確かに内側に残っていた。
“幻”は便利な力だが、万能ではない。
幻を通じて自分を曖昧にし続けるには、それ相応の集中と気力がいる。
たとえ息をしていても、自分という存在を保ち続けるには、心の芯に火を灯しておかなければならない。
(こんなに動いたの、どれくらいぶりだ?)
異界では、こんな連戦は滅多にない。
強い者はいる。だが、こんなにも無秩序に群れて襲ってくるような“異形”は、存在していなかった。
(……そもそも、なんだ。あれは)
影の中、アヤトはじっと目を閉じる。
戦った相手の姿を思い返す。人ではない。けれど、どこか“元は人間だった”ようにも見える。
醜く爛れ、膨れ上がった手足。濁った瞳。呻き声。
何より──“喰らう”という本能だけが残ったような、空洞の行動原理。
(……異形、って言葉じゃ済まねぇな。影獣でもない。じゃあ、なんなんだ)
喉が乾いていた。
幻装を解いたあとに感じる、あのひりつくような感覚が、身体にまとわりついている。
自販機の影に身を寄せ、地面に背を預ける。
姿は完全に路地の闇に紛れ、誰の目にも映らない。
ただ、空だけが見えていた。
星が二つ、薄雲のあいだから覗いていた。
だが、どこか滲んで見えた。何かが邪魔をしているような、そんな光。
(この世界、どうなってる)
人間たちがどうしてるかも、分からない。
生きてるやつもいるのか。まともな集落は残ってるのか。
誰かがこの状況を止めようとしてるのか──何も見えない。
(……母上、姉貴、師匠、そして──父上。誰か、気づいてるか)
異界と人間界は今、断たれているはずだった。
なのに、ここには“それ”に似たものがあふれていた。
いや、似たものではない。あれは──確かに、危機だった。
瓦礫の向こうで、微かに物音がした。
だが、それは動物のものか、風の音かも分からない。
アヤトは動かない。ただ静かに幻を維持し、気配だけを張りめぐらせる。
(……とりあえず、一晩は隠れて様子見るか)
焦りはある。だが、突っ込むのは得策じゃない。
幻を維持できるうちに、体力を少しでも戻しておきたかった。
幻の向こうに、街の音が遠く鳴った。
電車の音ではなかった。誰かの叫びでもなかった。
ただ、風が何かを運び去っていっただけ。
アヤトは目を閉じた。
夜は、まだ深まる気配を見せていなかった。
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