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7話
陽の差す方へ
しおりを挟むまぶたの裏に、じんわりと光が滲む。
アヤトはゆっくりと目を開けた。
──朝だった。
風が静かに吹いている。
地面の感触は冷たく、背中に感じる金属の硬さが現実に引き戻す。
ここは、自動販売機の裏手。
昨夜、大群の異形と戦った直後、アヤトは幻で姿を曖昧にし、この陰に身を潜めていたのだった。
壁にもたれた体勢のまま、しばらく動かずにいた。
幻はまだ続いている。が、もう見つかる気配はない。
「……よう寝たな」
かすれた声で、ひとりごちる。
体に痛みはない。だが、疲労は確実に蓄積していた。
幻装──全身に幻を纏った状態での戦闘。
傷は避けられたが、気力と体力は削られる。
全身が重い。
それでも、父上との稽古に比べれば──これしき。
戦うこと自体が、彼にとっては特別ではない。
立ち上がろうとして、腰に手を当て、ゆっくりと背筋を伸ばす。
筋肉が軋むように重く感じた。
冷たい空気が頬をなでた。
街に差す朝の光は白く乾いている。
アヤトは、周囲を見渡した。
地面には乾いた血が染み、破れた肉片のような残骸が点々と転がっている。
ビルの外壁は抉れ、電灯は片側に傾いていた。
壊れた看板が倒れ、焦げたコーンが風に転がっていく。
焦げ臭さ、鉄の匂い、そして……異形の残した異様な臭気が、まだ空気に混じって漂っていた。
「……ちゃんと、いた痕跡だな」
かすれた息で、吐き捨てるように言う。
昨夜の戦いが幻ではないことは、身体の奥がよく知っている。
ただの“悪夢”ではない。現実の戦いだった。
この静寂こそが、むしろ異常だった。
──なぜ、異形が現れたのか。
なぜ、人の気配が完全に消えたのか。
誰も答えてくれない問いが、胸の奥で燻っている。
(……一度、帰るか)
ここにいても、答えは出ない。
異界に戻り、あの方たちに話を聞くしかない。
師匠。
そして、母上。
彼女たちなら、この異常の原因を何か知っているかもしれない。
(……母上、師匠。誰か、気づいてるか)
アヤトは目を閉じ、短く息を整える。
そして、母上から授かった術式を発動した。
空気が微かにきらめき、周囲の風景がゆっくりと歪む。
陽光の中、ぼやけるようにして“通路”が現れた。
──異界への帰還手段だった。
最後に一度だけ、街を見渡す。
朝の光は、あらゆるものを静かに照らしていた。
だが、その光景の片隅には、確かに“地獄の名残”が焼き付いている。
自販機は沈黙し、街灯は傾き、血の跡が乾いている。
風に乗って、どこか焦げたような匂いが鼻をついた。
「……異界より、こっちの方がよほど現実離れしてやがる」
アヤトは通路へと足を踏み出す。
光の向こう、懐かしくも不穏な異界が、彼を待っていた。
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