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8話
呼応する者
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第8話 呼応するもの
静まり返った社の境内に、風が吹く。
鳥居の先に立つのは、銀髪の美女。艶やかな装いに、鬼の角が隠されている。目元に微かな笑みを浮かべ、優雅に佇む。
その後ろ──金毛の美女がしなやかに現れた。狐耳を揺らし、十三本の尾が風に踊る。どこか掴みどころのない空気をまといながら、くすりと笑った。
「帰ってくると思っていたわ、アヤト」
師匠が声をかけると、アヤトは小さく頷いた。
息を整える間もなく、母上がそっと近寄ってくる。その手が、静かに彼の頬に触れた。
「……無事でよかったわ」
その一言が、胸に沁みる。アヤトは目を細めた。
「ただの様子見だったはずが……えらく面倒に巻き込まれちまってた」
いつもの調子を保ちながらも、その声音に、わずかな疲労がにじんでいる。
「異形が出たのよね。しかも、向こうの世界に。……やっぱり、ただの異変じゃなさそう」
師匠の視線が空に向けられる。異界の空は、まだ穏やかだったが──彼女の尾はわずかに揺れ、警戒の色を見せていた。
「……どういうことだ。なんで今さら、あんなものが地上に?」
アヤトが問うと、母上が目を伏せて語り始めた。
「ええ。私たちも完全に予期していたわけじゃないの。でも──おそらく“封印戦”の最中に外へ漏れた“欠片”が、いまだに人間界のどこかに残っていたのだと思うの」
「……けど“封印戦”は大昔の出来事じゃないのか」
アヤトは困惑しながら呟く。
「人間界の“発展”が、それを揺り起こしたのよ。新たな構造、刺激、技術や欲望……かつての均衡が、もう保てなくなってきている」
アヤトは黙ったまま、空を仰ぐ。
(……母上、師匠。やっぱり……どこかで気づいてたんだな)
そう思いながらも、責める気にはなれなかった。
自分も、遠くから見ていただけだ。どこかで──なにかが変わっていることには、気づいていた。
「……さて。だからといって、俺が何かできるわけでもねえけどな」
軽口のように言うが、母上は穏やかに微笑む。
「あなたが“どうするか”を、私たちは見ていたいだけよ。何も背負わなくていい。ただ、あなたが歩くのを、見守るだけ」
そう言いながら、母上はその手をアヤトの胸元にそっと当てた。
「さあ、すべて癒すわ。元の状態に戻してあげる」
ふわりと柔らかな光が灯り、母上の指先から力が流れ込む。それは一瞬にして全身へ行き渡り、アヤトの肉体と精神を満たした。
戦いによる疲弊も、力の消耗も、痛みも、すべてが跡形なく消えていく。まるで深い眠りから目覚めたような、澄んだ感覚が身体を包んだ。
「……これで完全回復よ。どこへでも行けるはず」
「助かる」
短く応じる声は、もう疲れを感じさせなかった。
アヤトは一歩、社の奥へと足を向けた。
だが、すぐに立ち止まる。
師匠がふわりと尾を揺らしながら、肩をすくめる。
「手助けしたいところだけど……私たちは“封印”から離れられないわ」
「わかってる。あんたらがいるだけで、十分さ」
どこか他人事のように笑いながら、アヤトは手をひらひら振ってみせた。
「まぁ、俺にできるのは……見に行くことくらいかね。まだ、なにがどうなってるかも分かっちゃいねぇ」
母上が、その背に声をかける。
「ええ。行ってらっしゃい、アヤト。……気をつけて」
アヤトはひとつ伸びをし、煙のように姿を消した。
静かな境内に、鈴の音がかすかに響いていた。
静まり返った社の境内に、風が吹く。
鳥居の先に立つのは、銀髪の美女。艶やかな装いに、鬼の角が隠されている。目元に微かな笑みを浮かべ、優雅に佇む。
その後ろ──金毛の美女がしなやかに現れた。狐耳を揺らし、十三本の尾が風に踊る。どこか掴みどころのない空気をまといながら、くすりと笑った。
「帰ってくると思っていたわ、アヤト」
師匠が声をかけると、アヤトは小さく頷いた。
息を整える間もなく、母上がそっと近寄ってくる。その手が、静かに彼の頬に触れた。
「……無事でよかったわ」
その一言が、胸に沁みる。アヤトは目を細めた。
「ただの様子見だったはずが……えらく面倒に巻き込まれちまってた」
いつもの調子を保ちながらも、その声音に、わずかな疲労がにじんでいる。
「異形が出たのよね。しかも、向こうの世界に。……やっぱり、ただの異変じゃなさそう」
師匠の視線が空に向けられる。異界の空は、まだ穏やかだったが──彼女の尾はわずかに揺れ、警戒の色を見せていた。
「……どういうことだ。なんで今さら、あんなものが地上に?」
アヤトが問うと、母上が目を伏せて語り始めた。
「ええ。私たちも完全に予期していたわけじゃないの。でも──おそらく“封印戦”の最中に外へ漏れた“欠片”が、いまだに人間界のどこかに残っていたのだと思うの」
「……けど“封印戦”は大昔の出来事じゃないのか」
アヤトは困惑しながら呟く。
「人間界の“発展”が、それを揺り起こしたのよ。新たな構造、刺激、技術や欲望……かつての均衡が、もう保てなくなってきている」
アヤトは黙ったまま、空を仰ぐ。
(……母上、師匠。やっぱり……どこかで気づいてたんだな)
そう思いながらも、責める気にはなれなかった。
自分も、遠くから見ていただけだ。どこかで──なにかが変わっていることには、気づいていた。
「……さて。だからといって、俺が何かできるわけでもねえけどな」
軽口のように言うが、母上は穏やかに微笑む。
「あなたが“どうするか”を、私たちは見ていたいだけよ。何も背負わなくていい。ただ、あなたが歩くのを、見守るだけ」
そう言いながら、母上はその手をアヤトの胸元にそっと当てた。
「さあ、すべて癒すわ。元の状態に戻してあげる」
ふわりと柔らかな光が灯り、母上の指先から力が流れ込む。それは一瞬にして全身へ行き渡り、アヤトの肉体と精神を満たした。
戦いによる疲弊も、力の消耗も、痛みも、すべてが跡形なく消えていく。まるで深い眠りから目覚めたような、澄んだ感覚が身体を包んだ。
「……これで完全回復よ。どこへでも行けるはず」
「助かる」
短く応じる声は、もう疲れを感じさせなかった。
アヤトは一歩、社の奥へと足を向けた。
だが、すぐに立ち止まる。
師匠がふわりと尾を揺らしながら、肩をすくめる。
「手助けしたいところだけど……私たちは“封印”から離れられないわ」
「わかってる。あんたらがいるだけで、十分さ」
どこか他人事のように笑いながら、アヤトは手をひらひら振ってみせた。
「まぁ、俺にできるのは……見に行くことくらいかね。まだ、なにがどうなってるかも分かっちゃいねぇ」
母上が、その背に声をかける。
「ええ。行ってらっしゃい、アヤト。……気をつけて」
アヤトはひとつ伸びをし、煙のように姿を消した。
静かな境内に、鈴の音がかすかに響いていた。
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