9 / 51
9話
失われた記憶に触れて
しおりを挟む街は、まるで“時”を止めたかのように静かだった。
アヤトは気配を完全に遮断し、かつて人の営みで満ちていた通りをひとり歩いていた。幻の力で姿も曖昧にしているため、誰にも気づかれない。いや、そもそも──もう、気づく“誰か”が残っているのかも分からない。
──だが、不思議なことに。
先ほど異界で過ごした時間は、まるで“なかった”かのように感じられる。夜明け前に消えた街に、まだ朝の陽が射し込むばかりだ。空の色も、風の匂いも、何も変わっていない。
「……ほんとに、時間の流れが違うんだな」
呟いてみても、返事はない。
異界での対話は確かに存在したのに、この街では、あらゆるものが失われたままだ。
アヤトは角を曲がる。そこは、かつて行きつけだった店の並ぶ一帯。
──このラーメン屋は、俺が最初に“替え玉”ってもんを知った店だ。
シャッターは半分下り、看板の一部が焼け焦げていた。だが、あの香ばしいスープの記憶だけは、まだ舌に残っている。
「……なんか、無性に食いたくなるな。あの濃い味、今はもう、絶対に手に入らねぇんだろうな」
さらに進む。
──この居酒屋の唐揚げも、絶品だった。
ザクザクの衣に、にんにくと生姜が利いていて。熱々のまま頬張って、口の中を火傷しながら酒を流し込んだ……そんな“夜”が、昔にはあった。
だが、今は静かだ。
窓は割れ、入り口は閉ざされている。
破壊された痕跡はあるものの、まるで“時間”が止まったような無風の街並みに、あの笑い声も、酒の匂いも──ない。
アヤトはひとつ息をついた。
「……ここ、誰が来てもおかしくなかったのに。誰も、いないんだな」
少し前に、異形どもが湧いて出た場所。
戦った直後のはずなのに、異常なほどに静まり返っている。
破損したフェンス、焦げついた地面、崩れかけた照明塔──そうした“名残”があるにも関わらず、“誰かがいた”という空気だけが、まったく存在していなかった。
(まるで、“生きてる痕跡”だけを、全部削ぎ落としたみたいだ)
幻の力を使い、人目を避けるのは慣れている。
だが、今はそれを使う必要すらなかった。
アヤトはふと、足を止める。
かつて笑い合った“声”が、遠くに消えていくような錯覚を覚えた。
(……これが、“失われた世界”か)
誰に見せるでもない、独り言のように心で呟く。
今はもう、誰もいない。
だが──
「……残ってる、って言うべきか。記憶の中に」
彼は、ほんの少し笑った。
気配を戻すことはしない。ただ、幻の中に立ち尽くしながら、再び歩き出す。
思い出の中の街を、幻のように彷徨いながら。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
蒼き樹海の案内人
蒼月よる
ファンタジー
辺境の森で育った少年ユーリには、不思議な目がある。魔素の流れが光の粒として見えるのだ。
蒼の樹海——人を喰らう巨大な森に足を踏み入れた彼は、遺跡屋の青年カイと出会い、冒険者として歩み始める。樹海の奥に眠る遺跡、港街の裏に潜む陰謀、灰に覆われた滅びの国、そして首都に隠された世界の秘密。
仲間と共に世界を巡るうちに、ユーリは気づいていく。この世界の「魔法」も「神」も、すべてが何かの残骸なのではないか——と。
冒険・バトル・素材経済・食文化を軸に、ファンタジーの裏に潜むSF的真実へと辿り着く、全4巻の冒険ファンタジー。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
壊獄の浄祓師
はといるか
ファンタジー
人の悪面から生まれ落ちた穢れしモノ「穢者」
それらに対抗する力、浄力を操り穢者を排除すべく戦う「浄祓師」。
普通の高校生活を送っていた坂宮幽斗はとある事件によって浄穢の戦いに巻き込まれてしまう。
守るべきものの為に幽斗は浄祓師として戦いに身を投じていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる