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10話
人の声を求めて
しおりを挟む街は静かだった。昼間だというのに、日差しはどこか冷たく、ビルの谷間を抜ける風が肌を撫でていく。アヤトは幻をまとい、気配を完全に遮断したまま歩いていた。
目的はただひとつ──生き残った人間を探すこと。
もう過去を懐かしむ余裕はない。ただ、誰かがまだ息をしているのか、それを確かめたかった。
商業施設の入口は壊れ、片側のガラスが斜めに割れていた。足音を立てぬよう、静かに歩を進める。床に散った破片がわずかに軋み、音が空間に溶けた。
店内は暗い。照明は落ち、エスカレーターは沈黙している。飲食店のカウンターには使いかけの容器が残り、レジ前には倒れた買い物カゴが転がっていた。誰かがいた──その痕跡だけは確かにある。だが、それだけだ。
アヤトは耳を澄ませ、空気のわずかな揺らぎに意識を集中する。生きている人間がいれば、どこかに気配があるはずだ。咳、歩く音、息遣い……しかし、何も聞こえなかった。
エレベーターホールに向かうと、ボタンは押されることなく沈黙を保っていた。廊下の奥では、案内板が倒れている。風も入らないこの施設内で、それが自然に倒れるとは考えにくい。
つまり──“何か”が動いたということだ。
背後に気配を感じ、アヤトはそっと壁際に移動し、幻を濃くする。目立たぬように、気配を完全に消す。
……音がする。微かに──引きずるような、湿った音。
それに伴って、鼻を突くような臭いも漂ってきた。濁った水と、腐った肉が混ざったような臭気。
異形が、近くにいる。
アヤトは目を細めたが、動かない。今は戦うときではない。目的はあくまで生き残りの探索。無駄な戦いは避けねばならない。
気配が遠ざかるのを待ち、再び歩を進める。飲料コーナー、倉庫裏、トイレ。すべて確認したが──人の痕跡はある。けれども、そこに“人間”はいなかった。
やがて建物を出る。夕陽が街に差し込む時間帯。影が長く伸び、アスファルトの色が変わる。
アヤトはゆっくりと階段を上がり、屋上へ出た。
高台から見下ろす街には、煙も動きもなかった。誰もいない。鳴き声ひとつ、話し声ひとつすら聞こえない。
──それでも、諦める気はなかった。
人の気配は感じられないが、まだ“完全に絶たれた”と決まったわけじゃない。生きている者がいれば、必ずどこかに痕跡が残っているはずだ。
幻をまとい直し、アヤトは次の街へ向かって歩き始めた。
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