異界育ちの幻使い

yasunari311

文字の大きさ
10 / 51
10話

人の声を求めて

しおりを挟む

 街は静かだった。昼間だというのに、日差しはどこか冷たく、ビルの谷間を抜ける風が肌を撫でていく。アヤトは幻をまとい、気配を完全に遮断したまま歩いていた。

 目的はただひとつ──生き残った人間を探すこと。

 もう過去を懐かしむ余裕はない。ただ、誰かがまだ息をしているのか、それを確かめたかった。

 商業施設の入口は壊れ、片側のガラスが斜めに割れていた。足音を立てぬよう、静かに歩を進める。床に散った破片がわずかに軋み、音が空間に溶けた。

 店内は暗い。照明は落ち、エスカレーターは沈黙している。飲食店のカウンターには使いかけの容器が残り、レジ前には倒れた買い物カゴが転がっていた。誰かがいた──その痕跡だけは確かにある。だが、それだけだ。

 アヤトは耳を澄ませ、空気のわずかな揺らぎに意識を集中する。生きている人間がいれば、どこかに気配があるはずだ。咳、歩く音、息遣い……しかし、何も聞こえなかった。

 エレベーターホールに向かうと、ボタンは押されることなく沈黙を保っていた。廊下の奥では、案内板が倒れている。風も入らないこの施設内で、それが自然に倒れるとは考えにくい。

 つまり──“何か”が動いたということだ。

 背後に気配を感じ、アヤトはそっと壁際に移動し、幻を濃くする。目立たぬように、気配を完全に消す。

 ……音がする。微かに──引きずるような、湿った音。

 それに伴って、鼻を突くような臭いも漂ってきた。濁った水と、腐った肉が混ざったような臭気。

 異形が、近くにいる。

 アヤトは目を細めたが、動かない。今は戦うときではない。目的はあくまで生き残りの探索。無駄な戦いは避けねばならない。

 気配が遠ざかるのを待ち、再び歩を進める。飲料コーナー、倉庫裏、トイレ。すべて確認したが──人の痕跡はある。けれども、そこに“人間”はいなかった。

 やがて建物を出る。夕陽が街に差し込む時間帯。影が長く伸び、アスファルトの色が変わる。

 アヤトはゆっくりと階段を上がり、屋上へ出た。

 高台から見下ろす街には、煙も動きもなかった。誰もいない。鳴き声ひとつ、話し声ひとつすら聞こえない。

 ──それでも、諦める気はなかった。

 人の気配は感じられないが、まだ“完全に絶たれた”と決まったわけじゃない。生きている者がいれば、必ずどこかに痕跡が残っているはずだ。

 幻をまとい直し、アヤトは次の街へ向かって歩き始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

蒼き樹海の案内人

蒼月よる
ファンタジー
辺境の森で育った少年ユーリには、不思議な目がある。魔素の流れが光の粒として見えるのだ。 蒼の樹海——人を喰らう巨大な森に足を踏み入れた彼は、遺跡屋の青年カイと出会い、冒険者として歩み始める。樹海の奥に眠る遺跡、港街の裏に潜む陰謀、灰に覆われた滅びの国、そして首都に隠された世界の秘密。 仲間と共に世界を巡るうちに、ユーリは気づいていく。この世界の「魔法」も「神」も、すべてが何かの残骸なのではないか——と。 冒険・バトル・素材経済・食文化を軸に、ファンタジーの裏に潜むSF的真実へと辿り着く、全4巻の冒険ファンタジー。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

壊獄の浄祓師

はといるか
ファンタジー
 人の悪面から生まれ落ちた穢れしモノ「穢者」  それらに対抗する力、浄力を操り穢者を排除すべく戦う「浄祓師」。  普通の高校生活を送っていた坂宮幽斗はとある事件によって浄穢の戦いに巻き込まれてしまう。  守るべきものの為に幽斗は浄祓師として戦いに身を投じていく。  

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...