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11話
音のない通り
しおりを挟む舗装のひび割れに、小さな草が顔を覗かせている。かつて車が列を成し、信号に従って整然と動いていた幹線道路──今は埃を被った自転車と、傾いた標識があるだけだった。
アヤトは幻をまとい、気配を完全に遮断したまま歩く。足音を消していても、自分の存在が妙に浮いているような錯覚に襲われる。それだけ、世界が“止まっている”。
右手のコンビニは自動ドアごと破損し、レジカウンターの奥に積まれたお菓子の箱が崩れ落ちていた。シャッターの降りた薬局の壁には何かがぶつかったような跡があり、割れたガラスが路肩に散っている。
かつてあった“にぎわい”は、もはや幻のようだった。
「……もう、うまい酒も飲めねぇかもな」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。温泉街で呑んだ地酒の味、屋台の甘い香り、どれもが遠くなっていく。楽しかった記憶ほど、失われたときの痛みが濃い。
路地に入り、小さな共同住宅に足を踏み入れる。郵便受けには色褪せたチラシが詰まり、表札の名前は掠れて読めない。玄関脇には靴が一足、乱雑に脱ぎ捨てられていた。
中に入ると、生活の痕跡が確かに残っていた。
テーブルの上には湯のみが二つ、片方にはまだ乾ききっていない茶渋が残っている。壁には子どもの描いた絵が貼られ、冷蔵庫の横には「卵買うこと!」と走り書きされた付箋。
だが──人の姿は、どこにもない。
生きていたはずの時間が、途切れたまま置き去りにされていた。まるで“誰かの生活”が、何者かによって突然すべて奪われたかのように。
アヤトはその部屋を出て、ベランダに出た。冷たい風が頬を撫で、金属の柵を揺らす。
そのとき、遠くで──破裂音のような何かが響いた。
一瞬、足が止まる。静寂の中に差し込まれたその音は、風や建物の軋みとは明らかに異質だった。
アヤトは目を細め、耳を澄ます。煙も火も確認できない。ただ、確かに「何かが起きた」音だった。
「……まだ、終わっちゃいねぇってことか」
瞬間、空気が軋む。
アヤトの身体を覆うように、幻の装が一気に展開される。肩、胸、脚、胴、そして兜。全身を包む淡い光が、まるで刃のように輪郭を浮かび上がらせた。
片膝を深く落とし、地面に掌をつける。全身に力が籠もる。
次の瞬間──
ドンッッ!!
地面が爆ぜた。
アスファルトが炸裂し、ひび割れが蜘蛛の巣のように広がる。跳躍の衝撃で地面の一部が陥没し、吹き飛んだ破片が周囲の車に突き刺さった。
アヤトの身体は、轟音とともに空へ舞う。
まるで砲弾。いや、雷撃のような跳躍。
視界が一瞬で切り替わる。ビルの屋上すら眼下に過ぎ去り、空気が焼けるほどの速度で、幻の装いを纏った男が街を貫く。
ズガンッ! ドォンッ!!
次に着地した地面も耐えきれず砕けた。だがアヤトは止まらない。砕けたアスファルトを蹴り、再び跳ぶ。ひと跳び数十メートル──いや、それ以上。人間の筋力では到底不可能な、異界の技と幻の力が噛み合った超加速。
──これは移動ではない。“襲撃”に近い。
風が逆巻き、信号機がひしゃげ、周囲の構造物が震える。
もはや街がアヤトの動きに耐えられていない。
それでも彼は止まらない。
幻の装いが焼けるように煌めき、息もつかせぬ大跳躍が続く。
(……くだらねぇ、博打も、酒も、もうこの街にはねぇ)
(でも、それでも──生きてる奴が一人でもいるなら)
「……全力で、迎えに行ってやるよ」
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