異界育ちの幻使い

yasunari311

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18話

温泉へ

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立ち上がったはいいものの、足元はまだおぼつかない。
 焦げ跡の記憶が残る身体は重く、幻装の余韻すらも今はただの負担だった。

 ──それでも、帰ってこれた。

 木々がそよぎ、遠くで水の流れる音がする。

 師匠と母上が立っている。何も言わず、ただ見ていた。
 それが余計に心地よくて、アヤトはため息をひとつこぼす。

「……なぁ、師匠。悪いが、一つだけ頼んでいいか」

「なにかしら?」

 アヤトは、ぐったりしたまま片腕を上げた。

「温泉と、酒。今すぐ。頼むわ……もう、ほんっと無理」

 その一言で、師匠の口元がわずかに笑みにゆれる。

「……しっぽり、ね?」

「そう。しっぽり。ぬくい湯でふやけて、ひと口、辛口を流し込む──それだけで俺、生き返れる気がする」

 師匠は、少し目を細めて言った。

「……ずいぶん疲れてるのね。分かったわ。用意してあげる」

 金の尾が、ひとつ、アヤトの額をぴとりと叩いた。

 その柔らかさに、アヤトは目を閉じる。

(……この時間があるから、また行ける)

 温泉の湯気が漂い始めるのは、もう少し先。
 その静かな気配の中で──アヤトは、少しだけ眠りたくなっていた。

師匠の尾に額をぽんと叩かれたアヤトは、ふうっと息を吐いて目を閉じる。
 ──そのときだった。

「善は急げね」

 さらりとした声が、すぐそばから聞こえた。

 アヤトが顔を上げると、母上がいつもの涼やかな笑みを浮かべていた。

「せっかくだもの。休むなら、ちゃんとした場所で」

 そう言って、母上は静かに片手を上げる。その仕草に呼応するように、世界の“座標”が揺らいだ。

 空気が、一瞬だけ金色に染まり──次の瞬間、景色がまるごと入れ替わった。

 湿った木々の香りが、ほんのりと湯の香に変わる。

 提灯が灯る坂道の先、小高い場所に、趣ある木造の宿がぽつんと佇んでいた。軒先からは、もうもうと湯気が立ちのぼり、どこかから三味線の音まで流れてくる。

 ──異界の温泉宿。その中でも、選りすぐりの一軒だ。

 アヤトはその景色を前に、ぽかんと口を開けた。

「……いや、展開早すぎない……?」

「ふふ、これくらい当然よ」

 母上はそう言うと、すっと背を向ける。

「今夜は、ゆっくりしなさい。あとは任せるわ、ヨモギ」

「はい。預からせてもらうわ」

 ふたりが視界から消えたあと、アヤトは師匠と顔を見合わせた。

「……ほんと、俺って甘やかされてんな」

「今はそれでいいの。──ほら、行きましょ。しっぽりと」

 金の尾が、ふわりとアヤトの背を押した。
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