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27話
ただ、飯を食って、寝るだけ
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帰り道は、風が心地よかった。
火と幻が交錯した演習は終わり、父上の前に完敗した事実だけが、静かに胸に沈んでいた。
姉貴は前を歩いている。姿勢はしゃんとして、背中に悔いの色はない。
「……あんた、顔に出すぎ。ああいうのは、明日になってから落ち込め」
「……そうしたいけど、無理だな」
「じゃあせめて、飯食ってからにしな。ほら、もう家だろ」
姉貴はそう言って、先に戸を開けた。
家の香りが流れ出す。
木と茶と、ほのかな薬草の匂い。俺たちの“家”の空気だ。
中には、先に帰っていた父上がいた。
囲炉裏のそばに、無言で座っている。
湯気の立つ椀に手をつけることもなく、ただじっと火を見ていた。
「……父さん、何も言わないのね」
姉貴がぼそりと呟く。
だが、それに応える声はない。
──けれど、それでいいのだ。
父上の沈黙は、いつだって「見ている」という証だった。
今日の戦いも、その背に焼き付いている。それだけで、十分だった。
「おかえりなさい」
台所から、母上の声がする。
まるで時間の流れを戻すような、いつもの声だ。
「ああ、ただいま」
自然と、肩の力が抜けた。
食卓には、煮込みと焼き魚、そして湯気立つ野菜の皿が並んでいた。
異界の素材が持つ滋味は、何もかもを癒やす力がある。
俺は無言で席につき、箸を取る。
姉貴もその隣に座り、父上は……動かないが、器の縁に指をかけていた。
口に入れた瞬間、息が漏れた。
「……うまい」
母上は笑わなかったが、いつもより少しだけ柔らかい目をしていた。
湯気が鼻腔を満たす。
傷ついた肉体も、沈んだ心も、熱のある飯でしか癒せない。
「ごちそうさま……」
言ったそばから、眠気がきた。
戦いの疲れ、幻の余韻、父上の影──全部が、今はもうどうでもいい。
そのまま布団に潜り込む。
「おやすみ、アヤト」
母上の声が背後から響いた。
そして、姉貴がぽつりと呟いた。
「寝たか。……ま、明日も付き合ってやるよ」
その一言に、少しだけ救われる。
──明日が来るなら、それでいい。
今日は、ただ飯を食って、寝るだけ。
それが今の、俺にできるすべてだった。
⸻
アヤトの寝息が、静かに響いていた。
囲炉裏の火はまだ赤く、家の中には静けさと、薪の爆ぜる音だけが残っている。
「……スズカ。あなたも、少し休んだら?」
母上──ギンが、湯呑を片手に声をかける。
姉貴──スズカは背を伸ばし、ちらと父上を見やった。
「ま、アタシは平気。……けど、アヤトの奴、今日のはだいぶキツかったみたいね」
ギンは頷き、視線を囲炉裏の向こう──無言で座る父上へと向けた。
「ゴウマ。……どうだったのかしら、ふたりの闘い」
しばしの沈黙ののち、父上が短く答える。
「……届きかけた」
それだけの言葉に、スズカもギンも、どこか安堵の色を浮かべた。
「そっか。じゃあ次は……もっと、届かせないとね」
スズカはゆっくりと腰を下ろし、囲炉裏を見つめる。
ギンが微笑む。
「ふたりとも、よく頑張ったわ。……アヤトは特に、“あの幻”を、よく」
「無理してるのよ、アイツ。……昔っから、そう」
スズカがぼそりと呟く。
「でも──」
ゴウマが低く言う。
「……あれでいい」
その声には、迷いも憐れみもなかった。ただ、真っ直ぐな肯定。
「強くなろうとしている者は、止めるな」
ギンはふっと笑う。
「本当に、あなたはそういう人ね」
スズカも小さく笑い、肩を揺らす。
「──ま、アタシも止める気はないけど。明日も叩き込むわよ、父さん。手、抜かないから」
ゴウマは言葉では返さない。ただ、火を見つめたまま、わずかに顎を引いた。
それだけで、十分だった。
囲炉裏の火が、またひとつ、弾けた音を立てた。
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