異界育ちの幻使い

yasunari311

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29話

鬼の子ら

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 ──風が静まっていた。

 戦いの嵐が過ぎ去ったあと、崖の上にはただ、崩れ落ちたひとつの影が横たわっていた。

 アヤト。

 その身体は動かない。
 幻装は完全に砕け、ただ布と皮膚の境が曖昧になるほど傷つき、
 呼吸は浅く、意識の気配すらない。

 その傍に、ゴウマが立っていた。

 父であり、戦いの相手でもあった男は、しばし沈黙のまま、倒れた息子の姿を見下ろしていた。

 ──そして、ゆっくりと振り返る。

「……ギン」

 声は低く、だが確かに届く。

 母上・ギンは、すでに後方で術式の構えを完了させていた。

 風も、葉擦れもない。
 世界が一瞬、言葉を待っていたように静かだった。

 ゴウマは、短く言った。

「すまん。アヤトを……頼む」

 

 ギンは、ひとつ頷いた。

「……はい」

 それだけで十分だった。

 母として。
 癒し手として。
 そして、この世界で数少ない“術を極めし者”として。

 

 両の手が静かに開かれる。
 衣の袖から、薄く光が立ち上る。

 風が巻いた。
 術の気配が辺りを包み込む。
 空気の粒子が反応し、崩れた大地をひととき浄めるかのように淡く光る。

 ギンの掌から、円を描くように光の紋が広がっていく。

 ──癒しではない。

 これは、“回復のための修復”。
 あまりにも酷使され、壊れた肉体を無理やり繋ぎとめる、強制的な再構成の術式。

 

「……少し、乱暴になるわ。ごめんね」

 ギンはそう呟き、術式の中心に、アヤトの胸へ手を添えた。

 

 アヤトの身体がわずかに跳ねた。

 呼吸が、一瞬止まり、次いで浅くなり──
 微かに、指が動いた。

 けれど意識はまだ戻らない。

 ギンはそれを見ても動じず、さらに深く術式を重ねていく。
 手首、肩、胸、腹部──破損箇所ひとつひとつを確実に縫い直すように、術を編み直していく。

 

 少し離れたところで、スズカは何も言えずに立ち尽くしていた。

 弟の躯。
 傷の深さ。
 それでもぶつかっていった“覚悟”。

 そして──その“装い”。

「……あれが、あいつの幻かよ……」

 呆然と呟き、拳を握る。

 悔しさでも、嫉妬でもない。
 ただ、強さの“重み”に圧倒されていた。

 

 ギンの術が、ようやく静かに収束していく。

 身体は癒えていく。
 だが、意識はまだ深い眠りの中。

 

 ギンは静かに手を下ろし、術式の余波を払うように衣の袖を整えた。

 そのまま、背後に立つゴウマへと視線を向ける。

 

 「……あなたね。少し楽しみすぎよ」

 その声音は低く、だが明確な怒気を含んでいた。

 「無理してたの、分かってたでしょ。身体に合ってない幻装を無理に纏って、それでも拳を振るってた。見ていれば分かったわよね」

 ゴウマは黙って聞いている。

 

 「止めようと思えば、止められたわ。早く終わらせることだって、できた。……なのに、最後まで打ち合って」

 ギンはため息をひとつついて、視線を戻す。

 

 「ほんと、昔から変わらないのよ。大事な場面ほど、力で語りに行くの」

 

 沈黙の中、ゴウマが短く言葉を返す。

 

 「……すまん」

 

 そして、少しだけ目を伏せたまま、呟く。

 

 「……まるで、自分と戦ってるようだった」

 風が吹き抜ける。

 「拳を交えてるうちに……夢中になってた。……血が騒いだ」

 

 ギンはその言葉に目を細めて、小さく息をついた。

 「……戦士の血なら、あの子にも流れてる。けど、親が抑えてやらなきゃ意味ないわよ」

 

 ゴウマは何も言わない。
 だが、その横顔は確かに、静かに何かを飲み込んでいた。

 

 ギンはふっと微笑むように視線を落とし、アヤトへと目を向ける。

 

 「……大丈夫。あの子なら、じきに起きます」

 

 その言葉に、スズカはふっと息をついた。
 目を伏せ、腕を組んだまま、崩れた地を見つめる。
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