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29話
鬼の子ら
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──風が静まっていた。
戦いの嵐が過ぎ去ったあと、崖の上にはただ、崩れ落ちたひとつの影が横たわっていた。
アヤト。
その身体は動かない。
幻装は完全に砕け、ただ布と皮膚の境が曖昧になるほど傷つき、
呼吸は浅く、意識の気配すらない。
その傍に、ゴウマが立っていた。
父であり、戦いの相手でもあった男は、しばし沈黙のまま、倒れた息子の姿を見下ろしていた。
──そして、ゆっくりと振り返る。
「……ギン」
声は低く、だが確かに届く。
母上・ギンは、すでに後方で術式の構えを完了させていた。
風も、葉擦れもない。
世界が一瞬、言葉を待っていたように静かだった。
ゴウマは、短く言った。
「すまん。アヤトを……頼む」
ギンは、ひとつ頷いた。
「……はい」
それだけで十分だった。
母として。
癒し手として。
そして、この世界で数少ない“術を極めし者”として。
両の手が静かに開かれる。
衣の袖から、薄く光が立ち上る。
風が巻いた。
術の気配が辺りを包み込む。
空気の粒子が反応し、崩れた大地をひととき浄めるかのように淡く光る。
ギンの掌から、円を描くように光の紋が広がっていく。
──癒しではない。
これは、“回復のための修復”。
あまりにも酷使され、壊れた肉体を無理やり繋ぎとめる、強制的な再構成の術式。
「……少し、乱暴になるわ。ごめんね」
ギンはそう呟き、術式の中心に、アヤトの胸へ手を添えた。
アヤトの身体がわずかに跳ねた。
呼吸が、一瞬止まり、次いで浅くなり──
微かに、指が動いた。
けれど意識はまだ戻らない。
ギンはそれを見ても動じず、さらに深く術式を重ねていく。
手首、肩、胸、腹部──破損箇所ひとつひとつを確実に縫い直すように、術を編み直していく。
少し離れたところで、スズカは何も言えずに立ち尽くしていた。
弟の躯。
傷の深さ。
それでもぶつかっていった“覚悟”。
そして──その“装い”。
「……あれが、あいつの幻かよ……」
呆然と呟き、拳を握る。
悔しさでも、嫉妬でもない。
ただ、強さの“重み”に圧倒されていた。
ギンの術が、ようやく静かに収束していく。
身体は癒えていく。
だが、意識はまだ深い眠りの中。
ギンは静かに手を下ろし、術式の余波を払うように衣の袖を整えた。
そのまま、背後に立つゴウマへと視線を向ける。
「……あなたね。少し楽しみすぎよ」
その声音は低く、だが明確な怒気を含んでいた。
「無理してたの、分かってたでしょ。身体に合ってない幻装を無理に纏って、それでも拳を振るってた。見ていれば分かったわよね」
ゴウマは黙って聞いている。
「止めようと思えば、止められたわ。早く終わらせることだって、できた。……なのに、最後まで打ち合って」
ギンはため息をひとつついて、視線を戻す。
「ほんと、昔から変わらないのよ。大事な場面ほど、力で語りに行くの」
沈黙の中、ゴウマが短く言葉を返す。
「……すまん」
そして、少しだけ目を伏せたまま、呟く。
「……まるで、自分と戦ってるようだった」
風が吹き抜ける。
「拳を交えてるうちに……夢中になってた。……血が騒いだ」
ギンはその言葉に目を細めて、小さく息をついた。
「……戦士の血なら、あの子にも流れてる。けど、親が抑えてやらなきゃ意味ないわよ」
ゴウマは何も言わない。
だが、その横顔は確かに、静かに何かを飲み込んでいた。
ギンはふっと微笑むように視線を落とし、アヤトへと目を向ける。
「……大丈夫。あの子なら、じきに起きます」
その言葉に、スズカはふっと息をついた。
目を伏せ、腕を組んだまま、崩れた地を見つめる。
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