異界育ちの幻使い

yasunari311

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43話

湯の香に、島の灯

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 島をめぐる案内の締めくくりとして──
 ナギリが最後に連れてきたのは、湯気がゆらめく一角だった。

「……こちらが、温泉街です」

 石畳の道が敷かれ、古い木造の建物が軒を連ねている。
 屋根の隙間からは、もうもうと湯煙が立ちのぼり、どこか懐かしさすら感じさせる風景だった。

「湯処は、島の中央に近い岩場にあります。──地熱の源泉を引いていて、島民の憩いの場でもあるのです」

 アヤトは軽く頷いた。

「風呂か……人間界で入れるとはありがたい」

 ナギリは口元をわずかに緩め、小道の奥へと案内を続けた。

 やがて視界が開ける。岩と木々に囲まれた湯処が、霧のような湯気に包まれて静かに佇んでいた。
 番台のような小屋には年配の女性が座り、湯加減を見に来た男たちが軽く頭を下げて通り過ぎていく。

「この方に、湯を使わせていただけますか」

 ナギリの声に、番台の老婆が目を細めた。

「……ほう。ずいぶん立派な若者じゃこと。中は混んどるが、それでもよければ」

「問題ない」

 アヤトはそう答え、のれんをくぐる。

 脱衣所で羽織を脱ぐと、鍛え抜かれた肉体が露わになった。
 無駄な贅肉は一切なく、しなやかながらも鋼のように引き締まった筋肉の連なりが、岩を削って彫り上げたかのように浮き上がっている。
 胸板は広く、腹筋は深く刻まれ、背筋にいたっては動くたびに生き物のように波打っていた。
 それはただの“引き締まり”ではなかった。鍛え抜いた者にしか到達できぬ、実戦のなかで磨かれた戦士の身体だった。

 のれんをくぐり、湯舟へと向かう。

 岩の湯舟にはすでに数人の島民たちが肩まで浸かっていた。
 皆、長年の労働で焼けた肌と、無骨な背中を持つ年配の男たちばかりだ。

 アヤトの姿を目にすると、湯の中の男たちが一様に目を見張る。

「……おいおい、あんた、何やって生きてんだ。その身体、尋常じゃねぇぞ」

「見たことねぇぞ、あんな体……」

「戦でもしてきたのか?」

 言葉が連なるにつれ、島民たちの関心は湯気をかき分けるように熱を帯びていった。

 アヤトは肩をすくめ、湯に身を沈めながら言った。

「……ちっと、外でな。色々な」

 瞬間、湯の空気が変わった。

「……外で? あんた、外から来たのか……!」

「おい、それって──本土は、いまどうなってんだ!?」

「うちの子がまだあっちに……無事なのか!?」

 島民たちの表情が、みるみるうちに強張っていく。
 誰かが湯縁に手をかけ、誰かが立ち上がる勢いで詰め寄り──場が一気にざわめいた。

 アヤトは湯の温度に身を預けながら、しばし目を閉じた。
 肌に沁みる熱が、静かに思考をほぐしていく。

「……島に来るまで、広い範囲を見て回った。異形を、何体も潰しながらな」

 湯けむりの向こうで、島民たちの視線が揺れる。
 誰も言葉を挟まず、ただ聞いていた。

「けどな……人の気配だけは、どこにもなかった。少なくとも、俺が見た範囲では──誰一人として」

 その言葉に、場の空気がふっと沈んだ。

 誰かが息を呑む音。
 誰かが握っていた手を、湯の中で強く握り直す気配。

 アヤトは目を開けた。
 目の前にあるこの“暮らし”を壊さぬよう、言葉を選びながら続ける。

「……でもな、全部を見たわけじゃねぇ。どこかに、ここみたいな場所が、まだ残ってるかもしれねぇ」

 湯けむりの中で、誰かが静かに頷いた。

 ──この場所には、灯がある。
 それだけは、確かだった。

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