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43話
湯の香に、島の灯
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島をめぐる案内の締めくくりとして──
ナギリが最後に連れてきたのは、湯気がゆらめく一角だった。
「……こちらが、温泉街です」
石畳の道が敷かれ、古い木造の建物が軒を連ねている。
屋根の隙間からは、もうもうと湯煙が立ちのぼり、どこか懐かしさすら感じさせる風景だった。
「湯処は、島の中央に近い岩場にあります。──地熱の源泉を引いていて、島民の憩いの場でもあるのです」
アヤトは軽く頷いた。
「風呂か……人間界で入れるとはありがたい」
ナギリは口元をわずかに緩め、小道の奥へと案内を続けた。
やがて視界が開ける。岩と木々に囲まれた湯処が、霧のような湯気に包まれて静かに佇んでいた。
番台のような小屋には年配の女性が座り、湯加減を見に来た男たちが軽く頭を下げて通り過ぎていく。
「この方に、湯を使わせていただけますか」
ナギリの声に、番台の老婆が目を細めた。
「……ほう。ずいぶん立派な若者じゃこと。中は混んどるが、それでもよければ」
「問題ない」
アヤトはそう答え、のれんをくぐる。
脱衣所で羽織を脱ぐと、鍛え抜かれた肉体が露わになった。
無駄な贅肉は一切なく、しなやかながらも鋼のように引き締まった筋肉の連なりが、岩を削って彫り上げたかのように浮き上がっている。
胸板は広く、腹筋は深く刻まれ、背筋にいたっては動くたびに生き物のように波打っていた。
それはただの“引き締まり”ではなかった。鍛え抜いた者にしか到達できぬ、実戦のなかで磨かれた戦士の身体だった。
のれんをくぐり、湯舟へと向かう。
岩の湯舟にはすでに数人の島民たちが肩まで浸かっていた。
皆、長年の労働で焼けた肌と、無骨な背中を持つ年配の男たちばかりだ。
アヤトの姿を目にすると、湯の中の男たちが一様に目を見張る。
「……おいおい、あんた、何やって生きてんだ。その身体、尋常じゃねぇぞ」
「見たことねぇぞ、あんな体……」
「戦でもしてきたのか?」
言葉が連なるにつれ、島民たちの関心は湯気をかき分けるように熱を帯びていった。
アヤトは肩をすくめ、湯に身を沈めながら言った。
「……ちっと、外でな。色々な」
瞬間、湯の空気が変わった。
「……外で? あんた、外から来たのか……!」
「おい、それって──本土は、いまどうなってんだ!?」
「うちの子がまだあっちに……無事なのか!?」
島民たちの表情が、みるみるうちに強張っていく。
誰かが湯縁に手をかけ、誰かが立ち上がる勢いで詰め寄り──場が一気にざわめいた。
アヤトは湯の温度に身を預けながら、しばし目を閉じた。
肌に沁みる熱が、静かに思考をほぐしていく。
「……島に来るまで、広い範囲を見て回った。異形を、何体も潰しながらな」
湯けむりの向こうで、島民たちの視線が揺れる。
誰も言葉を挟まず、ただ聞いていた。
「けどな……人の気配だけは、どこにもなかった。少なくとも、俺が見た範囲では──誰一人として」
その言葉に、場の空気がふっと沈んだ。
誰かが息を呑む音。
誰かが握っていた手を、湯の中で強く握り直す気配。
アヤトは目を開けた。
目の前にあるこの“暮らし”を壊さぬよう、言葉を選びながら続ける。
「……でもな、全部を見たわけじゃねぇ。どこかに、ここみたいな場所が、まだ残ってるかもしれねぇ」
湯けむりの中で、誰かが静かに頷いた。
──この場所には、灯がある。
それだけは、確かだった。
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