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45話
手土産ひとつ、異界の道へ
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夜が明ける気配は、まだなかった。
だが、アヤトはもう十分に満ち足りていた。
離れを出たその場で──ナギリが静かに布包みを差し出す。
「──では、これをお納めください」
その声は、夜気に溶けるように静かだった。
手渡されたのは、丁寧に包まれた一本の酒瓶。
すでに用意されていたのだと、アヤトはすぐに察した。
「……本当に、準備がいいな。ここまでとは」
瓶の重みと温もりに、どこか懐かしさすら感じながら、ふっと笑った。
「師匠によろしく伝えておくよ。きっと、喜ぶ」
ナギリは深く頭を下げた。
「どうか、お気をつけて。
そして──また、必要とあらば、この島へ」
「そのときは、また湯と酒を頼むよ」
⸻
アヤトは背を向け、静かに一歩を踏み出す。
術を“使う”。
それはもう、日常の所作のようなものだった。
空間が、わずかに揺れる。
その直前──アヤトはふと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
ナギリの目を見て、静かに言葉を紡いだ。
「……ナギリ。礼を言う。……世話になったな」
ナギリは静かに頭を垂れた。
アヤトも、それに応じて深く頭を下げる。
──そして次の瞬間、彼の姿は、風のように掻き消えた。
⸻
残されたのは、ほんの微かな酒の香と、夜の静けさだけ。
ナギリはしばしそこに立ち尽くし、そっと息をついた。
──またいつか。必ず、来る。
その予感が、確かに胸に残っていた。
⸻
──足元の感触が変わる。
冷たい夜の石畳から、温もりのある土の感触へ。
目を開ければ、そこは異界の山の中腹。
月光の淡い照りが、木々の間をぬうように差していた。
懐にある酒の包みを確かめながら、アヤトは軽く息を吐く。
「……帰ってきた、か」
そのまま歩き出す。目指す場所は──あの金の尾が揺れる、山の庵だ。
⸻
庵の前に差しかかったとき、まるで待っていたように声がした。
「──おや。思ったより、早かったじゃない」
湯気の立つ湯呑を手に、師匠──ヨモギが縁に腰かけていた。
その尾が、ゆらりと揺れている。
「待ってたのか?」
「……どうせ帰ってくるだろうと思ってたわ。
あんた、昔からしぶといから」
アヤトは肩をすくめ、懐から包みを取り出す。
「……土産だ。酒。──向こうでこれを見たときにな。あんたの顔が浮かんだ」
ヨモギは受け取った布包みをそっと撫でるように持ち、鼻先を近づけた。
そして、ふわりと目元を和らげる。
「──あら。……懐かしい香り」
静かに言って、月を見上げる。
「……あの島が、まだ無事だったのね。……よかったわ」
アヤトは返す言葉もなく、ただ黙ってうなずいた。
ヨモギは包みを膝の上に置き、アヤトの顔を見てから、やわらかく笑う。
「ありがとう。嬉しいわ。流石、わたしの愛弟子」
アヤトは少しだけ視線をそらし、照れ隠しのように前を向いたまま口を開いた。
「……あんたがこの酒を好きだったって、聞いてな……
喜ぶと思って、ナギリって子に頼んで、持って帰ってきた」
ヨモギはしばし黙っていた。
そして──ふっと目を細め、優しく頷く。
「……それは、とっても嬉しいことよ。ありがとう、アヤト」
「……礼を言うのは、俺のほうだ」
「ふふっ、じゃあ今夜はふたりで、少しだけいただきましょうか」
金の尾がそっと揺れ、庵の灯が静かにゆらいでいた。
⸻
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