異界育ちの幻使い

yasunari311

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45話

手土産ひとつ、異界の道へ

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 夜が明ける気配は、まだなかった。

 だが、アヤトはもう十分に満ち足りていた。

 離れを出たその場で──ナギリが静かに布包みを差し出す。

 「──では、これをお納めください」

 その声は、夜気に溶けるように静かだった。

 手渡されたのは、丁寧に包まれた一本の酒瓶。
 すでに用意されていたのだと、アヤトはすぐに察した。

 「……本当に、準備がいいな。ここまでとは」

 瓶の重みと温もりに、どこか懐かしさすら感じながら、ふっと笑った。

 「師匠によろしく伝えておくよ。きっと、喜ぶ」

 ナギリは深く頭を下げた。

 「どうか、お気をつけて。
  そして──また、必要とあらば、この島へ」

 「そのときは、また湯と酒を頼むよ」



 アヤトは背を向け、静かに一歩を踏み出す。

 術を“使う”。
 それはもう、日常の所作のようなものだった。

 空間が、わずかに揺れる。

 その直前──アヤトはふと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

 ナギリの目を見て、静かに言葉を紡いだ。

 「……ナギリ。礼を言う。……世話になったな」

 ナギリは静かに頭を垂れた。
 アヤトも、それに応じて深く頭を下げる。

 ──そして次の瞬間、彼の姿は、風のように掻き消えた。



 残されたのは、ほんの微かな酒の香と、夜の静けさだけ。

 ナギリはしばしそこに立ち尽くし、そっと息をついた。

 ──またいつか。必ず、来る。

 その予感が、確かに胸に残っていた。



 ──足元の感触が変わる。

 冷たい夜の石畳から、温もりのある土の感触へ。

 目を開ければ、そこは異界の山の中腹。
 月光の淡い照りが、木々の間をぬうように差していた。

 懐にある酒の包みを確かめながら、アヤトは軽く息を吐く。

 「……帰ってきた、か」

 そのまま歩き出す。目指す場所は──あの金の尾が揺れる、山の庵だ。



 庵の前に差しかかったとき、まるで待っていたように声がした。

 「──おや。思ったより、早かったじゃない」

 湯気の立つ湯呑を手に、師匠──ヨモギが縁に腰かけていた。
 その尾が、ゆらりと揺れている。

 「待ってたのか?」

 「……どうせ帰ってくるだろうと思ってたわ。
  あんた、昔からしぶといから」

 アヤトは肩をすくめ、懐から包みを取り出す。

 「……土産だ。酒。──向こうでこれを見たときにな。あんたの顔が浮かんだ」

 ヨモギは受け取った布包みをそっと撫でるように持ち、鼻先を近づけた。

 そして、ふわりと目元を和らげる。

 「──あら。……懐かしい香り」

 静かに言って、月を見上げる。

 「……あの島が、まだ無事だったのね。……よかったわ」

 アヤトは返す言葉もなく、ただ黙ってうなずいた。

 ヨモギは包みを膝の上に置き、アヤトの顔を見てから、やわらかく笑う。

 「ありがとう。嬉しいわ。流石、わたしの愛弟子」

 アヤトは少しだけ視線をそらし、照れ隠しのように前を向いたまま口を開いた。

 「……あんたがこの酒を好きだったって、聞いてな……
  喜ぶと思って、ナギリって子に頼んで、持って帰ってきた」

 ヨモギはしばし黙っていた。
 そして──ふっと目を細め、優しく頷く。

 「……それは、とっても嬉しいことよ。ありがとう、アヤト」

 「……礼を言うのは、俺のほうだ」

 「ふふっ、じゃあ今夜はふたりで、少しだけいただきましょうか」

 金の尾がそっと揺れ、庵の灯が静かにゆらいでいた。

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