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47話
眠りの間に、嵐は近づく
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⸻
夜が明けるころ、庵には静けさだけが残っていた。
畳に敷かれた布団の上で、アヤトは仰向けに寝息を立てていた。
酔いと疲れが混じったままの眠りは浅く、しかし妙に心地よかった。
──ふと、夢の底に声があった。
《嵐の匂いがしているわよ》
誰かの声が、遠くから聞こえる。
「……師匠、か」
小さく呟いた声とともに、アヤトは目を開けた。
障子の隙間から差し込む光は、すでに朝のものだった。
湯と酒と木の香りが、まだ微かに残っている。
起き上がり、軽く伸びをすると、骨が小さく鳴った。
身体は……重くない。むしろ、昨日より澄んでいた。
「──そろそろ、帰るか」
アヤトは外に出て、庵の前に立つ一本杉に軽く一礼し、
そのまま山道を辿って、家へと向かった。
⸻
──異界の我が家。かつての記憶が積もる、静かな場所。
帰り道には鳥の声が聞こえ、風はどこか涼しかった。
足取りも軽く、気配に乱れもない。
けれど──。
玄関の前まで来たとき、アヤトの足はぴたりと止まった。
戸口に、腕を組んだ女の姿があった。
銀の髪に、じっとりと重たい眼差し。
その背には、怒りとも呆れともつかない気配が宿っている。
「……よう、姉貴」
アヤトが軽く手を上げると、スズカは無言のまま睨んでくる。
しばしの沈黙。
そして──。
「勝手に消えんな」
低く、鋭い声が落ちた。
「いきなり強くなって、ろくに説明もなしに姿消して……。
あんた、どこで何してた?」
アヤトは頭をかく。
「ちょっと、外の空気吸いに行ってただけだって」
「そんな軽口で済ませるかよ」
スズカが一歩前に出る。
その足取りが、“喧嘩”を知らせていた。
⸻
バチン、と空気が鳴った気がした。
睨みつけるスズカの気配は、すでに臨戦態勢。
無意識に足が地を踏みしめ、身体が熱を帯びていく。
アヤトは、すでに全身に幻装を展開していた。
肩口から胸部にかけては、骨格のように重なった装甲が覆い、
腕と脚には、筋肉の動きを模した幻の鎧が密着する。
背からは揺らめく気配が滲み出て、視界に映らぬ“重さ”が空間に漂っていた。
そして──顔は完全に覆われていた。
滑らかで無表情な兜が頭部を包み、目元すら見えない。
まるで“神像”が歩いているような静かな威圧感があった。
「……で、姉貴。やる気か?」
兜の奥から、くぐもった声が響く。
「当然」
スズカの即答に、迷いはなかった。
「強くなったって聞いてたけどな。
あんたが“逃げた”まんまなのは、変わってないみたいだ」
「逃げたって……俺の勝手だろ」
「勝手に変わって、勝手に消えて。
戻ってきたら“何事もなかった顔”ってのは、通らない」
スズカが、じり、と半歩踏み込む。
その動きだけで──アヤトは察する。
──これは、“本気”のやつだ。
「……わかった。なら付き合うよ。
言葉で済まないなら、拳と幻でやり合えばいい」
言い終わるより早く、スズカが前に出る。
足元を抉るような踏み込みとともに、拳が放たれた。
アヤトは身を捻って、それをかわす。
「おいおい、朝っぱらから元気だな……!」
「喋るな。次は顔面いく」
真正面からの蹴りが飛ぶ。
幻装がそれを受け止め──だが、次の瞬間。
──空間が、歪んだ。
風の向きが変わり、地の匂いが変わる。
視界が反転し──気づけば、苔むした岩場に立っていた。
木々が揺れ、遠くで水が滴る音がする。
「……またかよ」
アヤトが肩を回す。
幻の装甲が軋むような音を立てた。
ふたりの前に、気配だけを残してひとつの存在が現れる。
──母上。
長い髪を風になびかせ、凛として立つその姿は、何よりも静かで強かった。
「……喧嘩なら、よそでしなさい」
その言葉とともに、転移の術式が空間に固定される。
「まったく……帰ってきたと思ったら、すぐにこれだもの」
ふう、と息をついて、母上は姿を消した。
風が止む。
そして、嵐が始まる。
スズカが拳を構える。
「ちょうどいい。遠慮いらないってことね」
「……ああ、全開でこいよ」
幻の兜に覆われたその顔に、どんな表情が宿っているのかは見えない。
だが、戦の火は、すでにともっていた。
夜が明けるころ、庵には静けさだけが残っていた。
畳に敷かれた布団の上で、アヤトは仰向けに寝息を立てていた。
酔いと疲れが混じったままの眠りは浅く、しかし妙に心地よかった。
──ふと、夢の底に声があった。
《嵐の匂いがしているわよ》
誰かの声が、遠くから聞こえる。
「……師匠、か」
小さく呟いた声とともに、アヤトは目を開けた。
障子の隙間から差し込む光は、すでに朝のものだった。
湯と酒と木の香りが、まだ微かに残っている。
起き上がり、軽く伸びをすると、骨が小さく鳴った。
身体は……重くない。むしろ、昨日より澄んでいた。
「──そろそろ、帰るか」
アヤトは外に出て、庵の前に立つ一本杉に軽く一礼し、
そのまま山道を辿って、家へと向かった。
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──異界の我が家。かつての記憶が積もる、静かな場所。
帰り道には鳥の声が聞こえ、風はどこか涼しかった。
足取りも軽く、気配に乱れもない。
けれど──。
玄関の前まで来たとき、アヤトの足はぴたりと止まった。
戸口に、腕を組んだ女の姿があった。
銀の髪に、じっとりと重たい眼差し。
その背には、怒りとも呆れともつかない気配が宿っている。
「……よう、姉貴」
アヤトが軽く手を上げると、スズカは無言のまま睨んでくる。
しばしの沈黙。
そして──。
「勝手に消えんな」
低く、鋭い声が落ちた。
「いきなり強くなって、ろくに説明もなしに姿消して……。
あんた、どこで何してた?」
アヤトは頭をかく。
「ちょっと、外の空気吸いに行ってただけだって」
「そんな軽口で済ませるかよ」
スズカが一歩前に出る。
その足取りが、“喧嘩”を知らせていた。
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バチン、と空気が鳴った気がした。
睨みつけるスズカの気配は、すでに臨戦態勢。
無意識に足が地を踏みしめ、身体が熱を帯びていく。
アヤトは、すでに全身に幻装を展開していた。
肩口から胸部にかけては、骨格のように重なった装甲が覆い、
腕と脚には、筋肉の動きを模した幻の鎧が密着する。
背からは揺らめく気配が滲み出て、視界に映らぬ“重さ”が空間に漂っていた。
そして──顔は完全に覆われていた。
滑らかで無表情な兜が頭部を包み、目元すら見えない。
まるで“神像”が歩いているような静かな威圧感があった。
「……で、姉貴。やる気か?」
兜の奥から、くぐもった声が響く。
「当然」
スズカの即答に、迷いはなかった。
「強くなったって聞いてたけどな。
あんたが“逃げた”まんまなのは、変わってないみたいだ」
「逃げたって……俺の勝手だろ」
「勝手に変わって、勝手に消えて。
戻ってきたら“何事もなかった顔”ってのは、通らない」
スズカが、じり、と半歩踏み込む。
その動きだけで──アヤトは察する。
──これは、“本気”のやつだ。
「……わかった。なら付き合うよ。
言葉で済まないなら、拳と幻でやり合えばいい」
言い終わるより早く、スズカが前に出る。
足元を抉るような踏み込みとともに、拳が放たれた。
アヤトは身を捻って、それをかわす。
「おいおい、朝っぱらから元気だな……!」
「喋るな。次は顔面いく」
真正面からの蹴りが飛ぶ。
幻装がそれを受け止め──だが、次の瞬間。
──空間が、歪んだ。
風の向きが変わり、地の匂いが変わる。
視界が反転し──気づけば、苔むした岩場に立っていた。
木々が揺れ、遠くで水が滴る音がする。
「……またかよ」
アヤトが肩を回す。
幻の装甲が軋むような音を立てた。
ふたりの前に、気配だけを残してひとつの存在が現れる。
──母上。
長い髪を風になびかせ、凛として立つその姿は、何よりも静かで強かった。
「……喧嘩なら、よそでしなさい」
その言葉とともに、転移の術式が空間に固定される。
「まったく……帰ってきたと思ったら、すぐにこれだもの」
ふう、と息をついて、母上は姿を消した。
風が止む。
そして、嵐が始まる。
スズカが拳を構える。
「ちょうどいい。遠慮いらないってことね」
「……ああ、全開でこいよ」
幻の兜に覆われたその顔に、どんな表情が宿っているのかは見えない。
だが、戦の火は、すでにともっていた。
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