【完結】異世界リメイク日和〜おじいさん村で第二の人生はじめます〜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第12話 風の記憶

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 高く澄んだ秋の風が、土の匂いを運んでくる。
 広場の片隅で、桜は古びた木箱を磨いていた。
 角は欠け、金具は錆びている。
 けれど丁寧に手を加えれば、また息を吹き返す。

「……よし、これで完成」

 木目の上を指でなぞると、光が柔らかく反射した。

「桜お姉ちゃん!」

 振り返ると、小さな男の子が立っていた。
 年の頃は十歳くらいだろうか。
 ほんのり日に焼けた頬に、澄んだ瞳。
 少し大きめのズボンを穿いて、靴は泥だらけだった。

「こんにちは。どうしたの?」

「これ……直してもらえますか?」

 少年の両手には、壊れた木馬の玩具があった。
 片方の車輪が外れて、軸も折れている。

「お母さんの形見なんです。直せば、また走るって思って」

 その言葉に、桜の胸がきゅっと締めつけられた。
 小さな手の中で、何度も大切に握られてきたのだろう。
 木馬の角は丸くすり減り、かすかに指の跡が残っていた。

「大丈夫。ちゃんと直せるよ」

「ほんと?」

「うん、ちょっと時間はかかるけど」

 少年の顔がぱっと明るくなる。
 その笑顔を見た瞬間、胸の奥がざわりと揺れた。

 ——この顔、どこかで……。

 視界がぼやけた。
 まぶたの裏に浮かんだのは、雨の日の交差点。
 小さな手を引っ張って、必死に走る自分。
 タイヤの音。
 誰かの叫び声。

(あ……)

 息が詰まった。
 胸の奥から、忘れていた記憶が押し寄せてくる。
 自分は、あのとき——子どもを庇って——。

「桜?」

 背後から声をかけられて、我に返る。
 鍛冶場の方からカイが歩いてきていた。
 手には鉄屑を持ち、煤で汚れた指先を無造作に拭っている。

「顔色が悪い。どうした」

「……ちょっと、思い出したの。昔のこと」

 笑おうとしたが、うまく笑えなかった。
 視線を落とし、木馬を抱えたまま小さく息を吐く。

「カイさん、この子のお母さんの形見なんだって。……壊れても、手放せないんだね」

「直せるのか?」

「うん。でも、今日は少し……」

 声が震えた。
 カイは何も言わず、ただ隣に腰を下ろす。
 しばらく風の音だけが流れた。

「ねぇ、カイさん。もし——もし、前の世界で死んだ人が、別の世界で生きてたとしたら……信じる?」

 唐突な問いに、カイの手が止まった。
 けれど、否定の言葉は返ってこない。

「……どういう意味だ」

「私、覚えてるの。前の世界のこと。あの日、子どもを助けようとして……車に、轢かれたの。気づいたら、この世界にいた」

 口にした瞬間、心の奥にずっと溜まっていた靄が溶けていく気がした。
 ずっと「記憶喪失」とごまかしてきた。
 でも、もう隠したくなかった。

「きっと信じてもらえないよね。だって、こんな話、ありえないもの」

 カイはしばらく黙っていた。
 鍛冶場の煙突から、細い煙が空に昇っていく。
 やがて、彼は静かに言った。

「……信じる、信じないはどうでもいい」

「え?」

「どこから来たとか、何者だったとか。そんなのは関係ない。お前が今ここにいて、風を感じて、誰かのために手を動かしてる。それが“桜”だ」

 その声は、鉄を打つときの音よりもずっと温かかった。
 桜の視界が滲む。
 頬を伝う涙に、夕焼けの温かい色が反射する。

「……ありがとう、カイさん。ずっと言えなかったこと、聞いてもらえて嬉しい」

「無理すんな」

「うん。でもね、これで少し楽になった」

 風が吹き抜けた。
 広場の隅のコスモスが、風に揺れる。
 その小さな花が、まるで「ようやく言えたね」と囁くように見えた。

「カイさん」

「ん」

「私、前の世界でね、たくさんのものを“直せなかった”んだ」

「……」

「でも今は違う。ここでなら、誰かの何かを直せる。心も、物も。そう思えるんだ」

 カイは、木馬の部品を手に取った。

「……折れた軸、鍛冶場で打ち直す。手伝うか?」

「うん、もちろん!」

 桜は涙を拭い、袖をまくる。
 火の粉が散り、鉄が赤く染まっていく。
 その光の中で、木馬の形が少しずつ戻っていった。

 作業を終えた頃には、空が群青に変わっていた。
 小屋の外で待っていた少年が、木馬を受け取って目を輝かせる。

「すごい! また走る!」

「ちゃんと大切にしてね」

「うん! ありがとう!」

 少年が走り去っていく背中を見つめながら、桜は静かに息を吐いた。
 心の奥にあった痛みが、やっと風に溶けていく。

「……桜」

「はい?」

「その子、助けたやつに少し似てたんだろ」

「え……どうして?」

「お前の目が、そう言ってた」

 桜はそっと微笑んだ。

「うん。似てた。あの子の笑顔を見たとき、もう一度やり直せる気がした」

「それでいい」

 カイは澄み切った夜空を見上げた。

「生きてりゃ、誰でも何かを背負う。けど、お前は“風を運ぶ”人だ。過去ごと、前に進める」

 その言葉が、胸の奥で静かに響いた。

  ——ああ、この人は、わたしの“今”を見てくれている。

 桜はそっと隣に立つ。
 夜風が二人の間を抜けていった。
 遠くで風車が回る音がする。

「ねぇ、カイさん」

「なんだ」

「この世界に来て、よかった。あなたに会えて、ほんとうによかった」

 カイは少しだけ目を細めた。

「……そう思えるなら、それで十分だ」

 静かな風が頬を撫でる。
 桜は空を見上げた。
 そこには、どこまでも続く夜の青。
 前の世界で見た空よりもずっと広くて、やさしかった。
 
 その夜、鍛冶場の明かりが遅くまで灯っていた。
 小さな木馬が、作業台の上で眠るように佇んでいる。
 そのそばには、桜の手書きのメモ。
 “どんなに遠く離れても、想いは形になる。”
 風が窓を揺らした。
 桜とカイの影が、淡い灯りの中で寄り添っていた。
 ——風は、記憶を運びながら、また新しい季節へと流れていく。
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