【完結】氷の騎士様と、偽りの恋人を演じています。

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第1話 召喚と氷の騎士

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 会社帰りの電車に揺られていたはずなのに、
 気づけば見知らぬ城の中だった。

 白い息が漏れた。
 え、寒っ……。ていうかここどこ?

 天井は高くて、壁は全部石造り。
 外から吹いてくる風は雪の匂いがする。
 どう見てもヨーロッパの古城。
 いや、異世界ファンタジーの世界そのものじゃない?

「す、すみませんっ! 本当にすみません!!」

 半泣きで叫んでいるのは、青いローブを着た小柄な少年。
 手には魔導書みたいなものを抱えている。

「召喚、ずれちゃって……予定の人じゃなくて……っ」

 いや、ずれちゃってって軽く言うけど!?
 私は仕事がやっと終わったから、
 帰宅するために電車に乗っただけで……
 なんで異世界ガチャ引いてんの?

「大至急、保護を——!」

 周りの大人たちが慌ただしく動く。
 その瞬間、床の上に黒い霧がぶわっと湧いた。

 うそ、なにこれ——。

 霧はぎゅっと形を変え、人型の“何か”が現れる。
 赤い目が光った瞬間、背筋が凍った。

「——下がれ」

 空気が割れたような低い声。

 気づいたときには、私の前に一人の男が立っていた。

 銀の鎧。黒いマント。高い背。
 そして、氷よりも冷たい横顔。

「レ、レオン様っ!」

 誰かが叫ぶ。

 レオン?

 その男は振り返らず、ただ剣を抜いた。
 その動作がもう、惚れるほど滑らかだった。

 魔物らしきものが飛びかかる——瞬間、光が散った。
 レオンは一歩も動かず、
 ただ腕を払っただけみたいに見えたのに、
 魔物は霧散していた。

 ……強っ。

「君は?」

 初めて、彼が私を見た。

 氷色の瞳。
 何を考えているか分からないほど無表情で、
 でも吸い込まれそうに綺麗。

「あ、あの……電車に……」

 電車って言った瞬間、
 悲しいくらい“異世界慣れしてない
 現代日本人”が露呈した気がした。

「……後で聞く。今は保護が先だ」

 彼は手を伸ばし、私の腕をつかむ。
 冷たいと思ったのに、意外と温かかった。

「離れるな。護衛の動線に入るな」

 命令口調なのに、不思議と安心する声だった。

 少年が涙目で説明する。
 どうやら“誤召喚”された結果、
 魔物の残滓が暴走しているらしい。
 原因は私ではないけど、
 私が狙われる可能性が高いとのこと。

「王へ報告する。来い」

 レオンはそう言って、私を連れて進んだ。
 長い廊下を歩く間、ずっと周囲を警戒してる。
 横顔も綺麗なんだけど、めちゃくちゃ怖い。

「……あの、助けてくれてありがとう」

 お礼くらい言いたくて、小声でつぶやく。

 レオンは少しだけ視線を落とした。
 ほんの一瞬、冷たい氷がきらりと揺れた気がした。

「当然だ。君を守るのは、俺の任務だ」

 任務、かあ……。
 ちょっと残念なのはなんでだろ。

 ◆

 玉座の間。
 国王が状況を聞き、深くため息をついた。

「誤召喚とはいえ、彼女をこのまま放置はできん。
 外交式典が近いのだ。外部に混乱を悟られてはならぬ」

 その場の全員が息を呑む。
 嫌な予感しかしない。

「そこで提案だ。
 近衛騎士レオンハルト。
 貴公が——“恋人役”として彼女を同伴せよ」

 …………………………はい?

「恋人役?」

 私の声、裏返った。

「式典では各国の要人が恋人や伴侶を伴うのが慣例だ。
 素性不明の女性が突如現れれば不審を招く。
 よって、“期間限定”でお前たちは恋人同士として振る舞え」

 なにその理不尽イベント強制参加。

「……陛下、私は——」

「反対か?」

 王の目が細められ、レオンは一瞬黙った。

 やめて、この空気……!

「……いえ。拝命いたします」

 レオンは跪き、静かに頭を下げた。
 無表情のままなのに、どこか決意を感じる。

 王が私を見る。

「期間は式典が終わるまで。
 一月ほどだ。我慢してくれ」

「えっ、一月!? 彼氏のフリを!?」

「フリだ。だが世間の目から隠すためには、
 常に行動を共にし、自然な距離を保つ必要がある」

 自然な距離ってなに。
 恋人距離ってどこからどこまで!?

 思考が爆発してる私をよそに、レオンが立ち上がる。

 そして、低い声で言った。

「……俺から離れないこと。それが最優先だ」

 心臓が跳ねた。
 距離が近いわけじゃないのに、声が刺さる。

「期間限定でも、君への護衛は万全にする。
 ——離す気はない」

 無表情なのに、言葉だけやけに強い。

 ……この人、想像以上にこわい。

 でも同時に、ちょっとだけ安心してる自分がいた。

 こうして私は、氷の近衛騎士レオンの
 “期間限定の恋人役”になることが決まったのだった。
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