【完結】前世で失った恋を、この世で。 ──黒曜の城で結ばれるふたりの夜

天音蝶子(あまねちょうこ)

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第18話 血の記憶 ― 前世の罪

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 夜は、底がない。

 黒曜の階段をひとりで降りるたび、
 光は薄れ、温度が沈んでいく。

 空気が冷たいのではない。

「息を奪うもの」が、ここにはある。

 地下礼拝跡──

 廃された台座。
 剝がれ落ちた祈りの痕跡。
 石は、長い時間を抱えて沈黙していた。

 ルナはその中央に立つ。

 足元の石の“重さ”が、妙に気になった。

(この石……前にも──)

 記憶ではない。

 だが、身体が覚えている。

 胸の奥が、不意に「落ちる」。

 まるで
 自分が、誰かの腕の中で
 ゆっくりと沈んでいった時のような。

「……ルナ」

 低い声が、背後から落ちた。

 振り返らなくても分かる。
 この場所に来られる者は、ただ一人。

 カインは、灯を持たない。
 闇の中、彼の赤い瞳だけが微かに光る。

「思い出したか」

 問うのではない。
 確認だ。

 ルナは唇を開きかけ、閉じる。
 その一瞬の間に──

 自分の指先に、重みが返る。

 “何かを掴んでいた感覚”。

 布の、淡い感触。

(……衣)

 誰の?
 いつ?
 何のために?

 辿ろうとした瞬間、喉が痛んだ。

 呻きが漏れるほどの痛みではない。
 ただ、声にならない“ひび割れ”を喉の奥に刻む痛み。

 カインが一歩、近づく。
 触れない距離のまま。

「ここで、君は死んだ」

 その言葉だけが、静かに落ちた。

 死の光景は「見えない」。

 けれど、沈む重さだけが胸に残る。

 “呼吸”が薄れていくときの、あの冷たさ。

 体温がひとつずつ外へ零れていくときの、
 重力の抜け落ちる感覚。

 ルナは、震えもしない。

 震えたら、すべてが確定する気がした。

「……それは、前世の私」

 声にしてみると、それは思考ではなく理解として落ちた。

 カインはゆっくりと瞼を閉じ、
 そしてまた、彼女だけを見る。

「私は、ずっと探していた」

 淡々と。

 告白ですらない。
 事実の形をした、ただの“経過”の言葉。

「救えなかった夜の、続きを」

 ルナの呼吸が止まる。

 この男は、その“最後の瞬間”まで記憶している。

 視線も、指先も、あの夜の温度も。

「世界を壊しても、私は君を手放せない」

 狂気ではない。
 もはや倫理の領域の外側にある確信。

 それは“欲望”と呼ぶには、あまりに長く、深く、冷たい。

 ルナは一度、目を閉じる。

 暗闇。
 重さの断片だけが胸に落ちる。

 自分は知らない。
 でも、身体は覚えている。

(私は――この人の腕の中で死んだ)

 そう思った瞬間、息が熱を帯びた。

 カインは触れない。

 触れたら壊れると知っている距離で、ただ、見ている。

「取り戻す。今度こそ」

 その一行だけが、礼拝跡の闇を裂いた。

 ルナは、逃げなかった。

 逃げる理由は、もうない。

 この地下の空気は“前世の未完”を孕んでいる。

 そして今世の鼓動はその未完を、ひとつずつ埋め直していく。

 二人の間にはもう“死”ではなく

 “回収されるべき続き”しかなかった。
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