歌舞伎町のかさぶたホームレス

ゆずまる

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23.放心

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ハワイ旅行ってなんだ?
カツキさんと行ったの?いつ?カツキさんが結婚する前の話?

聞きたいことは山積みだったが、ジロちゃんの身体が小刻みに震えていることに気付いた。職場を出てから駅までずっと濡れたままだったのだろうか。
帰るまでに体温を奪われたようだ。

「取りあえずさ、シャワー浴びてきなよ。そのままだと風邪引いちゃうから」

彼は俺の言葉に小さく頷いたものの、その場を動こうとしなかった。
仕方がないので濡れた背中を無理矢理押して脱衣所に放り込む。

しばらく扉の前で耳をすませていると、ようやくシャワーが身体を打つ音が聞こえ始めた。ちゃんと言うことを聞いてくれたみたいだ。

いやぁ、どうしようアレ。
昨日のことを謝ってほしいのは山々だけど、それどころじゃないのは誰が見ても明らかだし。
ハワイ旅行がどうのこうのの話、本当になんなんだろう。俺と会う前に最近社員旅行で行ったとかかな。だとしたらなんで今その話が出てくるんだろう。
彼の話は真実と虚偽が混ざっているせいで、どこまで信用していいのかわからない。何かの拍子に職場で旅行の話が出たとかで、カツキさんと一緒に行きたくなったというただの妄想かもしれない。

「おおっと!」

あれこれ考えながらリビングに戻ろうとした時、うっかり足を滑らせてバランスを崩した。とっさに体勢を整えたので転ばずには済んだが危ないところだった。
足元を見ると玄関から脱衣所まで、彼が辿った経路がびしょ濡れになっていた。さっき滑ったのも床が濡れていたせいだろう。しぶしぶ脱衣所からタオルを拝借して床を拭く。すっ転んでまた腰でもやったら嫌だからね。

タオル片手に彼の通った道筋を逆走しながら玄関に到達したところで、彼が手に持っていた赤い折り畳み傘が置き去りになっていたことを思い出した。

放り投げられた傘はコンパクトに丸められ袋に入ったままで、開かれた形跡は無かった。
試しに袋から取り出して開いてみる。
パンッと子気味のよい音を立てて開いた傘は予想通り使われていないようで、中は濡れていなかった。
しっかり張られたビニール地とそれを支える骨組みも丈夫で、どこも折れていない。壊れてはいないようだ。
というよりむしろ新品に近い。何故彼はこれを使わず手に持ったまま帰ってきたんだろうか。謎は深まるばかりだ。

そのまま置き去りも可哀想だったので、傘を玄関の傘立てに突っ込んで濡れた袋だけ回収した。晴れた日にベランダにでも置いておけば勝手に乾くだろう。

一通り床を拭き終わりタオルを持ってリビングに戻ると、ジロちゃんはまだシャワーを浴びているのか部屋に戻っていなかった。

おかしい。人の身体は丁寧に洗うくせに自分の身体はちゃちゃっと洗ってしまういつもの彼なら、とっくに上がっている時間だ。
不安を覚えて脱衣所に入り、浴室の扉を叩いた。

「おーいジロちゃん、生きてる?」

シャワーの音は聞こえるのに返事はない。
扉越しに見える影が微かに動いているので生きてはいるようだが、まるで生気を感じられなかった。

「……入るよ?」

扉を開けると彼はシャワーを垂れ流しにしたまま、ただそこでつっ立っているだけだった。相変わらず目は虚ろのまま、心ここにあらずといった状態だ。
いつまでこうしているつもりだろう。浴室に押し込んだまではいいものの、このままじゃろくに身体も暖まらない。

「ジロちゃん、身体洗った?」
「…………」
「髪は?」

またしても答えは返ってこなかった。
帰ってきてからハワイ旅行の話をしたきり、彼はまだ一言も言葉を発していない。

あぁもう、世話の焼ける!
いい加減痺れを切らした俺は一度扉を閉めると、意を決して服を全部脱ぎ捨てた。そのまま彼のいる浴室に突入する。

「ジロちゃん!!」
「っ!?」

放心状態だった彼も突然の侵入者には驚いたようだ。

「いつまでボーッとしてるの!いい加減にしないとおじさん許さないよ!」
「カツキさん……?」
「代わりに俺が洗ったげるから!ほら座った座った!」

戸惑う彼を椅子に押し付けるようにして座らせると、力任せにシャンプーのポンプを押した。
こんもりと出てきた泡を彼の頭に乗せてわしゃわしゃと洗う。

「あ、あの……カツキさん」
「言っとくけど異論は認めないからね!じっとして!」
「それボディソープです」
「あっ」

慌てて洗い流すも時既に遅し、彼のサラサラヘアーはキシキシと嫌な音を立てて俺の指に絡み付いていた。
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