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8. 掠れ声の王女なんて
しおりを挟む「レンカったら、どういう事? いつもなら上手く誤魔化してくれるのに。どうしてあんな事を……」
あの後、アルフレート将軍はしばらく私とお茶の時間を過ごしてから広間の方へと戻っていった。将軍が扉の向こうに消えた途端に、私は思わずその場に崩れ落ちてしまった。レンカはそんな私の顔を覗き込んで悪戯っ子のような表情で笑い、私はレンカの考えが分からずに泣き出してしまう。
「だってエリザベート様、アルフレート将軍の目をご覧になりましたか? とてもお優しい方なのだとすぐに分かりました。それに、エリザベート様の事をとても愛しそうに見てらっしゃったのですよ!」
「そんな筈無いじゃない! おかしな王女だなと思って呆れてらしたのよ。私に護衛騎士がついていなかった事を知られてしまったし、どうしましょう」
もしもお父様の耳にこの事が入ったならば、どんなお仕置きがあるか分からない。取られるものといえばこのゼラニウムの別棟だけで、私には煌びやかなドレスも宝飾品も無いけれど。それでも叱られる事は嫌だった。
「きっと良いようにしてくださいますよ。あぁ、それにしても素敵な殿方でしたね。エリザベート様と並んでいるとまるで対のようで……」
「レンカ……、どうして私を困らせるの? 私はただ静かに暮らしたいだけなのに。下手に目立ってお父様に私の存在を疎まれてしまったら、この場所に居られなくなるかも知れないわ」
じんわりと滲んだ視界の中央で、困ったように笑うレンカがいる。この期に及んでどうして笑うのか、私には分からない。ひっそりと目立つ事なく私はこの場所でずっと暮らしていたいのに。
「きっと閣下はエリザベート様を妻にとお選びになりますよ」
「まさか。ドロテアとヘルタの方が余程お似合いだったわ。二人ともアルフレート将軍と踊りながらとても楽しそうだったし」
「では、閣下の表情はどうでしたか? 楽しそうでした?」
「いいえ。でもそれは……訓練で表情をあまり表に出さないようにされているのよ」
「エリザベート様と過ごされていた短い時間にでも、閣下はとても穏やかで優しい表情をされていましたよ。時折熱い視線をエリザベート様に送ったりして……」
きっとレンカは私を不憫に思うあまり、妄想を膨らませ過ぎなのよ。私はドロテアやヘルタと違って一言も将軍と口を聞いていないし、楽しい話題も美しいドレスも無く、ただ騎士や衛兵にも王女として扱われていないという恥を知られただけだというのに。
「もう、今日は疲れたから早めに休むわ。湯浴みは簡単に済ませるから、レンカも早く休みなさい」
嬉しそうな顔で私に話し掛けるレンカに、何故か少し棘のある言い方をしてしまった。だって、レンカの言っている事はあまりにも荒唐無稽で。帝国の英雄であるアルフレート将軍の目の前で、王女としての品格を失ってしまったようにしか思えない私にとってはとても受け入れ難い言葉だった。
もし今夜ワルターが来てくれたなら、私の心の内を相談出来たのに。流石に今日は王城も周囲の警備も厳しいから万が一の事を考えてここには来ないように伝えてある。
今宵、持っているドレスの中では一番デザインが凝っていて高価な物を身につけた。それも侍女の居ない私でも一人で脱ぎ着出来る仕様になっている。傷めないようにそっと脱いでからレンカの準備してくれていた湯に浸かった。
「アルフレート将軍……とても真面目な方なのね」
――「血塗られた戦狂いと呼ばれる私と踊るなど、恐ろしいですか?」
今思えば、そう尋ねた時の将軍の瞳には僅かに揺らぎが見えた気がした。帝国の英雄と呼ばれるほどに優秀な武人の手は、幾人もの人を斬ってきた事実があるのだと思い知る。そしてきっと将軍はそれを喜んで行っているわけでは無い。主君である皇帝陛下の為に、その手を血で汚しているのだと感じ取れた。
「とても……真摯な瞳をしていたわ。衛兵達の目の前で、私なんかに跪いてくださって」
もしかしたら、衛兵達へのアピールだったのかも知れない。自国の王女を軽んじるなど恥なのだと、そう叱責する意味合いであのように……。だから勘違いしてはいけない、決してレンカの言うように私に特別な想いを持ってくださっている訳では無いのだから。
そう思うと、この国の恥ずかしいところを見られてしまったようで胸が苦しくなる。呪われた声の人形姫などという私の存在自体が、この国の恥なのではないかと思えて。
いくら呪いの声が虚言だとしても、女らしくない掠れた声は確かに多くの人を不快にするだろう。ニーナの声は歌声であるから許されるのであって、決して王女の声がこのように嗄れたものであってはならない。
明日にも皇帝陛下とアルフレート将軍との会食がある。どうせなら熱を出したと言って遠慮したいところだが、そうはいかないだろう。
そして翌日、朝早くに珍しくお父様お一人だけから呼び出しを受けた私は、そこで告げられた言葉に絶望し、目の前が真っ暗になった。
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