政略結婚だと思っていたのに、将軍閣下は歌姫兼業王女を溺愛してきます

蓮恭

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32. 本当の姿

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 いよいよ婚前旅行へ旅立つ日、行き先は帝国の中でも外れの方にある、海のある街へ行くのだとアルフ様から告げられる。

「エリザベート王女、アルフレートとどうか十分に仲を深めておいで。妖精祭りも開かれる事だし、きっと楽しめるよ」

 出発前のご挨拶に伺った時、そんな事を皇帝陛下に言われて思わず赤面してしまった。チラリと横に立つアルフ様の方を見ると、呆れたような顔で陛下の方を見ていたから私の表情は知られてなかったようだけれど。

「陛下に心配していただかなくとも、エリザベートにはこの機会に私の事をよく知っていただこうと思っていますから。それより私が留守の間、公務をきちんとこなしておいてくださいね。帰って来て書類を山積みにしたままなどという事が無いように頼みますよ」
「分かっているよ、アルフレートは手厳しいな。さぁさぁ、早く出発しておいで。エリザベート王女、アルフレートは今回積極的にいくみたいだから。驚いて途中で逃げ出さないようにね」

 陛下の言葉の意味がよく分からなくて、とにかく大きく頷く事しか出来なかった。そしてそれがどういう意味だったのか分かったのは、出発してすぐの馬車の中で。

「あの……、アルフ様? 窮屈では……ありませんか?」
「いいえ、特には。エリザベートがあまりに華奢ですから、窮屈だとは感じません」
「でも……わざわざ隣に……腰掛けなくとも……」
「帝国に戻って来てからというもの、この休暇の為に私は陛下によって山積みにされた公務をこなしてきたのです。お陰でろくに貴女との時間を持てないまま。ですから、旅行の間は少しでも貴女のそばに居たい」
「そ、そうですか……」

 大きな馬車の中で、私の向かいに座らずにわざわざ隣に腰掛けたアルフ様の熱。私はあんまり鼓動が高鳴って、アルフ様に聞こえてしまうのではないかと心配した。

「せっかく婚約者となれても、城ではほとんど共に過ごせませんでしたから。私は元来そういった事を我慢出来ない人間なのですが、此度の休暇の為に何とか堪えてきたようなものです」
「そういった事を……我慢……出来ない?」

 何故かまともにアルフ様の顔が見れなかった。だって彼がそう告げた声には、熱のようなものがこもっていたから。ご本人も仰っていた通り、不器用な軍人なのだと思っていたのに、何故か今日のアルフ様はとても饒舌で別人のよう。

「愛する人には常に触れていたいし、貴女が誰か他の男の目に映る事も本当は嫌なのです。この美しい銀髪と瑠璃色の瞳を独り占めしたいと、本心ではそう思っている。……呆れましたか?」

 普段剣を握るしっかりとした手が私の髪に、頬に優しく触れる。馬車の中は二人きりなのに照れ臭くて顔が熱い。勇気を出してお顔を見上げたら、アルフ様の黒曜石のような瞳には私が映っていた。その真剣な眼差しの前で嘘など吐けない。

「呆れてなど……」
「あの時、私が素直に心の内を早く貴女に告げていれば。無用な不安を抱かせる事も、貴女を悲しませる事もせずに済んだ。今でも申し訳なかったと、そう思っている」
「そんな……、それは私だって……」
「……陛下に……言われました。『エリザベートのような魅力的な淑女レディーは、不器用なお前が変わらないと、あっという間に他に攫われてしまうよ』と」

 私は魅力的でも、他の淑女よりも優れている訳でもないのに。アルフ様は買い被り過ぎだわ。

 なんと答えたら良いか分からずに、黙って視線を下方に向ける。それなのにアルフ様の熱い視線をひしひしと感じた。

「私は貴女をこの手の中から失うくらいなら、多少照れ臭くとも素直な気持ちを口にする事に決めたのです。エリザベート、今までの私をすっかり変えてしまうほど、貴女のことを想っているのです」
「はい……、アルフ様。……私も……恥ずかしくても……気持ちを伝えられるよう……努めます」

 この方がこんなにも情熱的な方だったなんて、知らなかった。いいえ、それも私の為にご自分を根本から変えてくださったのね。私も……アルフ様になら、自分の全てを曝け出して……その上で受け入れてもらいたい。

 私本来の醜い声を、アルフ様に聞かせたらどう思うかしら。今の裏声ではなく、本当の人形姫の声を。

「あの……実は……私も、アルフ様に……お伝えしたい事が……ございます」

 声が、震えた。握った拳も小さく震えて、足元からすうっと冷えていく感覚がする。

「何でしょう?」

 もし、受け入れて貰えなかったら……。そう考えると、たとえこのまま偽りの声だとしても、いいのではないかと思う自分の心。けれどアルフ様はご自分を変えてくださった。私の為に、きっと簡単な事では無いでしょうに。

「もし……私の秘密が……お嫌でしたら……すぐに婚約破棄に……応じます。それか……二度と口を聞くなと……そう命じられたなら……そのようにいたします」
「エリザベート、貴女の秘密が何だとしても私の気持ちは変わらない。そんなにも辛そうな顔で唇を噛むのはやめてください」

 アルフ様はいつの間にか強く噛み締めていた私の唇にそっと指を這わせた。それだけで、感じた事がない甘い痺れのようなものが全身に走るほど、私はこの方を愛しているのに。

「今までアルフ様に聞かせていた私の声は、偽りなのです」

 レンカ、ワルター、ガーラン、そしてグラフ一座の皆、ミーナの歌を聴きに来る観衆以外の前で、この声を使って話すのはいつぶりだろう。

「エリザベート……声が……」

 目を見開き、私の顔を見つめるアルフ様。出会った時は常に感情を見せず無表情だったのに、今では人間らしいお顔を多く見せてくださるようになった。

「はい、これが私の本来の声です。嗄れて、聞き苦しくて、白の王妃である母をも殺した呪いの声と言われる声。出す事を禁じられた、まことの声なのです」

 アルフ様の驚愕の表情を見るのは、もしかしたら今日が最後になるかも知れない。けれども、私はアルフ様に嘘を吐くのをやめたかった。




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