16 / 53
16. あやかしと物怪と人間と
しおりを挟む麺処あやかし屋に来る客は、どんなあやかしも物怪も人に近い形に化けてから暖簾をくぐると決まっている。
それでもまだ異形には変わりなく、美桜はどうしたって客が来る度に身体を固くして緊張をしていたが、どうやらそれは客の方とて同じようだ。
訪れた客は人間の女が店先に立っているのを知って、皆一様に驚きを隠さなかった。
ここは元々あやかしと物怪しか訪れないうどん屋で、そもそもこんな山奥に人間が迷い込んで来る事も滅多に無いからだ。
しかし遠夜が家族と言うだけあって、ほとんどの客は美桜の存在に戸惑いつつも受け入れる努力をしているようだった。
中には産土神達が既に事情を話している者や、美桜がここに居るのを知っていて見物がてら訪れた者も少なからずいる。
何にせよ美桜はそれが嬉しくて、自分も彼らに出来る限り歩み寄ろうと、笑顔を絶やす事なく接客する。
「それにしても、お前さんは優しい女子だなぁ。人間にしておくのが勿体無い」
そう口にしたのはカボソというあやかしで、黒々とした髭と髪を生やした老人の姿をしている。
このカボソというあやかしの正体は九十年も生きているカワウソらしく、鼻や口元はカワウソの姿が残っていた。
「おい、カボソよ。やめとけやめとけ、これから美桜さんはこの店の看板娘だ。手を出せば美桜さんを連れて来た産土神や山の主の怒りを買うぞ」
「そうだそうだ。カワウソのじいさん、その手は大人しく引っ込めとくのが身の為だぞ」
縁台にうどんを運んだ美桜の手を掴んで離さないカボソに困っていると、周囲のあやかし達が口々に助け舟を出してくれる。
客商売が初めてでこういった事に慣れていない美桜は、ただ困った顔で苦笑いを浮かべるだけで、どうする事も出来なかったので助かった。
「う……、美桜さんはあの方達が連れて来たというのか。それなら仕方ない、諦めよう。ああ、口惜しや」
よよよ……という風に大袈裟な泣き真似をして見せるカボソに、どっと笑いが起こる。
カボソも本気で美桜をどうこうしようとしていた訳では無く、ただ戯れに揶揄っただけのようだ。
あやかしや物怪というのは、得てして人を揶揄うのが好きらしい。美桜だって、今日だけで何度もこの店を訪れた客達に色々な形で揶揄われた。悪戯だってされた。
けれどもはじめは肩に力が入り過ぎてぎこちなかった美桜の接客も、そのお陰で少しは力が抜けたように思える。
これもまた、ここに逗留するうちあやかしや物怪達と仲良くなったという弥兵衛の娘への、彼らなりの助力なのかも知れない。
「はい、山かけうどんです。お待たせいたしました」
この店の売れ筋だという山かけうどんは茹で上げたうどんに醤油の効いた出汁、すり下ろしたヤマノイモに鶏卵と胡麻、ネギを乗せたもので、産土神や山の主も好物らしい。
「おお、これこれ! これが食べたくてわざわざ遠方から来たのさ」
聞くところによると、あやかしや物怪が人間の真似事をして店を開く事はしばしばあるという。
昔に比べると人間の数というのは、地域によってあやかし達よりも多くなってきているという。だからどうしたって人間の営む日々の生活というのは、あやかし達にとっても身近なものになりつつあった。
そこで人間の口にする物を食べてみたいと思うあやかし達も、案外多いのだそうだ。
「今ではめっきり姿が見えなくなってしまったあやかしも多いからなぁ。人間がこんだけ増えたら、我々あやかしも住む場所に困ってしまう」
「近頃は異国から来た、訳の分からない奴らもいるしな」
「本当、昔とは変わってしまったなぁ」
店で愚痴をこぼすあやかし達の事情を目の当たりにして、美桜は自分が知らなかった世界というのがまだまだ世の中にはあるのだと知る。
「美桜さん、弥兵衛さんに持って行ってあげてください。それと、貴女もどうぞ」
「ありがとうございます」
昼時を過ぎ客がまばらになった頃、遠夜に丼二つ分のうどんが乗った盆を渡された美桜は、重たい盆を傾けないよう慎重に母屋の方へと戻る。
遠夜はいつも厨房で食事を済ませるらしく、店が開いているうちは母屋に戻らないと言っていた。
「おととさん、うどんを持って来たわ」
慣れない立ち仕事と接客で美桜は少々疲れていた。器用に片腕で寝床から起き上がった弥兵衛の姿を見た途端に緊張の糸がプッツリと途切れ、ぶわりと涙が溢れてしまう。
「どうしたんだ⁉︎ 美桜、何か辛い事でもあったのか?」
「ううん、違う。元気なおととさんの姿を見たら、何だか安心して」
「そうか? お前も慣れない仕事で疲れただろう? うどんが伸びねぇうちに、一緒に食っちまおう」
昔からうどんに目が無かった弥兵衛は、箱膳に乗せられたうどんを器用に片手だけ使って啜った。ゆっくり啜らないと咽せるからと、前のように一気に口に入れる事は出来ない。
一本一本、慎重に噛み締めるようにしてうどんを食べながらも、弥兵衛はとても嬉しそうだ。
そんな弥兵衛の以前とは違う姿を見つつ、美桜は心底中風を患った父親が生きていてくれて有難いと思うのだった。
それと同時にこれまで弥兵衛の世話をしてくれたあやかし達に対し、再び胸が熱くなる思いがしたのである。
0
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる