此処は讃岐の国の麺処あやかし屋〜幽霊と呼ばれた末娘と牛鬼の倅〜

蓮恭

文字の大きさ
31 / 53

31. 牛鬼と山田蔵人の出会い

しおりを挟む

 産土神が角を手に取り何やら念じると、美桜の頭の中に次々と見知らぬ場面や心情が流れ込んでくる。
 
 まるで自分がかつて経験した記憶を次々と思い出すかのようで、その時に感じた事や口にした事が鮮明に聞こえてくるのだった。
 そしてそれは直接美桜の心を打ち、感情を強く揺さぶってくる。

 遠夜の方も同じ感覚に陥っているようだ。

『人間の友が欲しいなぁ』

 大きく耳にこだまするのは、野太く力強い声だった。恐らくはこれが牛鬼の声だろう。

 美桜の頭の中には青々とした空の下に広がる山の風景と、遠くの方に見える人間の集落を同時に見下ろす光景が流れ込んで来ていた。

 恐らく遠夜と産土神にも同じ事が起こっているのだろう。

 ――「はぁ? 何でだよ?」

 どこか聞き覚えのある声が、牛鬼の言葉に返事をする。
 声の主は、赤シャグマのようだった。

 けれども視線は声の方を向かず、人間が日々の生活を送っている集落を見つめたままだ。
 
『あいつらは小さくて弱くて。それなのに賢い。どんどん数を増やして、俺達あやかしはいつか隅っこに追いやられちまうんだろう』
 
 ――「んな訳無いだろ。俺達あやかしや物怪は強い。人間はか弱いじゃないか。だからこそあいつらは俺に一族の繁栄を願って来るんだから」

 この赤シャグマというのは座敷童子の一種であるあやかしで、住み着いた家を繁栄させるという力を持っていた。
 だから人間は赤シャグマにずっと住み着いていて欲しいと願い、食べ物を与え、去らないように細心の注意を払う。

『お前は良いよなぁ。人間のそばに居られるんだから。俺はこんな外見なりだから近付くだけで恐れられ、友になどなれないだろう』

 ――「どうして人間の友になんかなりたいんだ? お前には俺達がいるだろうが」

『人間から好かれる赤シャグマには分からない。俺は人間が好きなんだ。あいつらは俺達とは違う。見ていて楽しいのさ』

 ――「はぁ? 相変わらずよく分からねぇ事を言うもんだ。お前は本当に変わりもんだよ」

『俺の姿が赤シャグマみたいに、もっとまともだったらなぁ。または他の奴らみたいに化けられたら良いんだが。とてもこんな姿じゃあ、人間は怖がって友になどなってくれないだろう』

 ――「やっぱり変な奴。それで、人間の友になってどうするんだよ?」

 そこで初めて視線が風景から赤シャグマへと向けられる。
 赤シャグマの姿は今と全く変わらず、燃え立つような赤い髪が風に揺れていた。

『人間は弱いから、俺が守ってやる。その代わり人間の生活ってやつを教えて貰って、実際にやってみたいのさ。人間の食べ物を食べ、日々の仕事をする。人間の暮らしは何だか楽しそうだ』

 牛鬼の言う事は赤シャグマにとって理解し難いらしく、あからさまに怪訝な表情の赤シャグマは肩をすくめて溜息を吐き出す。

 ――「確かに人間の食い物は美味いが、仕事なんて大して面白くは無いだろ」

『俺は人間の食い物を食べた事が無いからなぁ。赤シャグマが羨ましい』

 ――「そう言うのなら、今度取って来てやるよ。それで良いだろ」

 そう言って赤シャグマはニッと悪戯な笑みを浮かべ、牛鬼はそんな赤シャグマに対して穏やかに笑い返したようだった。


 ◆◆◆


 そこで唐突に場面が変わり、山の景色がどんどん後ろに流れていく。
 どうやら牛鬼が山の中で木々を避けながら縦横無尽に駆けまわっているようだ。

 そうして辿り着いた先には甲冑を身に付け、弓を手にした長身の人間の男が居た。
 人間にしては随分と体格が良い方だろう。

『お前が俺を呼んでいたのか?』

 弓を手にした相手から少し距離を取って牛鬼が尋ねると、男は弓を地面に置き、名乗りを上げた。

 ――「我が名は山田蔵人! 牛鬼よ、どうか私の話を聞いてくれ!」

 山田蔵人の大きな声は、ビリビリと辺りの空気を揺らすような気さえする。

 こんな山奥に自分を探して突然現れた武士に、牛鬼は警戒しながらも湧き上がる好奇心を隠せない。
 ドクドクと脈打つ牛鬼の心臓の音が、記憶を辿る美桜にもありありと感じられる。

『何の用だ? その弓で俺を退治しに来たか?』

 期待と落胆の入り混じった複雑な感情が、濁流のように美桜の中へと流れ込んでくる。

 ――「いいや、違う! 私はお前と話がしたいだけだ! そう、お前と友になりたくて来た!」

 ドクンと跳ねた鼓動は痛いくらいで、美桜は思わず顔を顰めた。

『友……お前が?』

 チリチリと全身が焼け付くような緊張感がしばらくの間続く。

 山田蔵人は弓を地面に置いたまま、次に自らの被っていた兜へ手を掛け、外す。
 そして次は胴を外し、籠手こてを外し、小具足も外した。

 すっかり無防備になった山田蔵人は、両手を横に広げて訴える。

 ――「ほうら、もう私を守るものは無い! お前を傷付けるつもりも無いんだ! だから話を聞いてくれ!」

 か弱い人間が己を守る甲冑を外し、自分に向かって「友になろう」と訴えている。
 元々自分の感情に正直な牛鬼は好奇心に抗えず、そろそろと山田蔵人の元へと近付いていく。

『話とは何だ? 妙な真似をしたらすぐに食い殺すぞ』

 念の為に脅すような言葉を口にしたものの、牛鬼はこれまで人を襲った事は無い。

 山奥に住む牛鬼を偶然見かけた人間が驚いて転んだり山を滑落する事はあっても、牛鬼自身が襲った事は一度だって無かった。

 今牛鬼と記憶を共有している美桜と遠夜には、それがはっきりと分かる。

 ――「私はお前とただ友になりたいだけだ! 私はもっと強くありたい。だからこの山で一番強い牛鬼と友になれば、きっと強くなれるだろうと思ったのだ!」

 そう告げる山田蔵人の言葉に、牛鬼も、牛鬼の記憶を共有している美桜も納得してしまう。
 人間と友になりたい……ずっと望んでいた願いが今まさに叶おうとしているのだから、素直な二人が思わず疑う事を忘れても仕方がない。
 
 牛鬼と美桜は素直過ぎた。
 
 
 



 

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。 ★第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...