9 / 31
9. リー・イーヌオという従者
「なんだ?」
「いえ……、もしかしてリュウ・シエン様は黒い瞳ですか?」
「……そうだが」
やはりそうなのだとマリーは頷いた。
先ほどチラリとカボチャの目の部分のくり抜かれたところから覗いたのは、本物のリュウ・シエンの瞳なのだと。
「ところで、リュウ・シエン様はどのようにして食べたり飲んだりされるのですか?」
「さっき、フランク殿と試してみたが無理なようだ」
「えっ⁉︎ それでは餓死してしまうのでは⁉︎」
あくまで顔はカボチャだが、身体は生身の人間なのだから食べたり飲んだりできなければ死んでしまう。
「それが、不思議なことに腹も減らないし喉も乾かない。飲まず食わずでも身体が辛くないんだ」
リュウ・シエンは右手を腹部に手をやって、またカボチャ頭を傾げた。
「その辺はやはり呪いのおかげでしょうか?」
「そもそも、このカボチャ頭になる呪いは何のためにあるんだろうな。このような品を何に使うのか知りたいところだ」
確かに、カボチャ頭になってしまうことはマリーとしては物凄く嫌なことではあるが、食べたり飲んだりしなくても飢餓を感じないのであれば呪いというにはおかしい気がする。
「詳細を『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』に行った時にマーサに聞いておけば良かったですね」
「……まあ別に構わない。どうせ呪いを解く方法は変わらないのだから」
「まあ、そうですね」
とりあえず室内のオススメ魔女アイテムを一通り紹介し終えたマリーは、フランクとリュウ・シエンの従者の待つサロンへと帰ることにした。
二人がサロンの扉の前まで来ると、室内からえらく盛り上がった様子の笑い声が聞こえて来る。
「なるほどー、でも伯爵が我が主人をカボチャに変えた時には驚きましたが、同時にものすごくスカッとしましたよー」
「え? どうしてですか?」
「ご存知の通り、我が主人はあのような性格でしょう? 可愛げがないところにあのカボチャの顔ですから、私も日々の苦労が報われた気がしましたよ」
どうやら従者は普段のリュウ・シエンには苦労させられているらしい。
マリーは従者がどんな人物だったか思い出そうとしたが、とにかく存在感の薄い人物だったので思い出せなかった。
扉の前でマリーが硬直していると、ガチャリと扉に手を掛けたリュウ・シエンはサロンへと入り、ツカツカと室内を歩いて従者の方へと歩み寄った。
「リー・イーヌオ、お前がそのようなことを考えていたとは初耳だ」
「我が主人、何のことでしょうか?」
マリーは続いて室内に入って、まじまじと従者の方を見た。
短い黒髪に、狐のように細い目と薄い唇を持ち、細身で背が高いようだ。
服装はやはりリュウ・シエンと同じような物を身につけている。
「扉の前まで丸聞こえだったぞ。何が日々の苦労が報われた気がした、だ。リー・イーヌオ、お前はいつも楽しく仕事をしているだけだろうが」
「まあ、そうですね。目下の悩みと言えば、我が主人が早く結婚して少しは主人からの拘束時間を減らして欲しいという事ですかね」
主人と従者という割には近い距離感なのは、結局二人が良き関係を築けているということなのだろう。
「では、リー・イーヌオ。俺から離れたいというお前の望みを叶えてやろう。新たな命令だ」
「えぇー……、せっかく伯爵と仲良くなれたのに。今度はそちらの令嬢と仲良くなるつもりだったんですよ? どうして主人はこうも人使いが荒いんですか?」
「いいから、早く行け」
リュウ・シエンはリー・イーヌオをソファーから立ち上がらせ、背中を押してサロンの扉の方へと歩いて行った。
そしてコソッとリー・イーヌオの耳元で何事かを囁いてから外に出るように促した。
「はぁ……。それでは伯爵、令嬢、またお会いしましょう。それまで我が主人をよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げたリー・イーヌオは、そのまま屋敷を出て行ってどこかへ行ったようだ。
リー・イーヌオが馬車で出て行ったのを窓から確かめてから、リュウ・シエンはサロンのソファーへと腰掛けた。
そこはマリーの座った三人がけソファーで、当然のようにリュウ・シエンが隣に腰掛けたから、マリーは少し戸惑った。
だが、契約恋愛のためには努力が必要なのだと思い至って特に何も言わなかった。
そんな二人を見てフランクは眼鏡を直しつつニコニコしていたから、マリーは恨めしそうにそちらを睨んだ。
「と、ところでどうでしたか? リュウ・シエン殿は妹の趣味の部屋を見たんですよね?」
フランクが、この空気をなんとかしなければと絞り出した話題が、先ほどマリーがリュウ・シエンを招待した部屋の話であった。
「ああ、非常に興味深い物がたくさんあって面白かった。それに、マリーのこともたくさん知ったしな」
それを聞いたフランクはまた瓶底眼鏡の奥で涙目になり、震える声でマリーに訴えた。
「よかったなぁー! マリー! お前の趣味を理解してくださる仲間がいて! どうせならこのままくっついてしまえば……」
「お兄様、実はその事なんですけれど」
マリーは兄の言葉に食い気味に話を切り出した。
やはりあの大嫌いな幼馴染からの婚約のことについて、伯爵である兄に話しておこうと決意したのだ。
別に今更どうこうできることではないが、それでも兄に話しておいた方が良いのかも知れないと。
あなたにおすすめの小説
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました
由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。
そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。
手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。
それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。
やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。
「お前に触れていいのは俺だけだ」
逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。
これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?
いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー
これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。
「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」
「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」
冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。
あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。
ショックで熱をだし寝込むこと1週間。
目覚めると夫がなぜか豹変していて…!?
「君から話し掛けてくれないのか?」
「もう君が隣にいないのは考えられない」
無口不器用夫×優しい鈍感妻
すれ違いから始まる両片思いストーリー
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464