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10. アルバンからの婚約話
「実は、私あと三ヶ月ほどしたら婚約することになっているの」
「へ? 誰と? ……まさか、リュウ・シエン殿ともうすでにそのような話まで出ているのか⁉︎」
相変わらずこの兄は訳の分からない方向へと話を持っていくのが得意だなと、マリーは頭を抱えた。
「違います。アルバン・レ・ガルシアよ。アイツがどうしてか私と婚約すると言ってきているの」
「アルバンが? え? 僕は何にも聞いてないよ?」
当然妹から聞かされた婚約話に、フランクは慌ててリュウ・シエンの方を見やる。
リュウ・シエンは肩をすくめるだけで、特に何も言わなかった。
「もしかして……、いつの間にそんな……。ひどいじゃないか、マリー! アルバンとそんな仲だったなんて! 聞いていたら僕は……」
「だから! 違うのよ! 勝手にアルバンがそう言って決めてしまったの! 三ヶ月後に婚約の手続きの書類を持ってくるそうよ」
フランクは眼鏡をずらしたままで呆然として妹の方を見ている。
マリーはすくっと立ち上がってフランクの方へと歩み寄り、ズレた眼鏡を直してやった。
「アルバンが何故急にそのようなことを言ってきたのかは知らないけれど。でも、ガルシア侯爵家からの申し出なら断れないでしょう?」
確かにマリーとフランクの家はアルバンの家より格下の伯爵家で、しかも林業の盛んな領地であったからその大きな取引先であるガルシア侯爵家からの申し出は無碍にはできない。
「何故なんだ……。アルバンがマリーを? いや、アイツは先日会った時もプラドネル伯爵令嬢を連れていたし……」
フランクは俯いて頭を左右に振りながら、ボソボソと小さな声で呟く。
「お兄様、何て?」
「い、いや。何故アルバンが急にそんなことを言い始めたのかなあと不思議で……」
「そんなこと、私が知りたいわよ。あんなクズ男、大っ嫌いなんだから」
アルバンは元々王都の学園に通っていた頃のフランクの同級生であった。
その繋がりで幼い頃からマリーとアルバンは知り合いだったのである。
しかしフランクが伯爵家を継ぐことになってからは少々疎遠となり、どちらかと言えばアルバンの父親であるガルシア侯爵との付き合いの方が仕事上多くなっているのだ。
「とにかく、それまでにはリュウ・シエン様の呪いは解かないといけないんだから。お兄様も精一杯協力してね。まずはお客様用の居室の手配をしなきゃ……」
そうマリーが言うと、壁際で存在感を消していた家令のジョルジュが前へ進み出た。
エマも隣で家具のように存在感を消して控えている。
「お嬢様、そちらはすでに整っております」
「さすがはジョルジュね。ありがとう。あと必要な物とかはリュウ・シエン様に伺ってから準備してね」
「かしこまりました」
ジョルジュはマリーと共に伯爵家の家政をフランクに代わって担っているから、任せておけば間違い無いとマリーはホッと息を吐いた。
「それでは、リュウ・シエン様。ジョルジュがお部屋にご案内いたしますから、また晩餐でお会いしましょう」
カボチャ頭のリュウ・シエンは、スッと立ち上がってからじっとマリーを見つめている、ように見えた。
「ああ! そうでした! お食事は召し上がることができないんですよね……。申し訳ございません。それではリー・イーヌオ様だけでも……」
「いや! 食べられなくとも飲めなくとも、とりあえずそのような場には呼んでくれ。フランク殿やマリーと色々話もしたいし……」
くり抜かれた目の部分からあの黒い瞳がマリーの方を見ているように感じられたが、マリーは何故か気恥ずかしくなって目を逸らせた。
「分かりました。では今後はそのように……」
「ではマリー、またあとで」
そう言ってリュウ・シエンはジョルジュについて部屋を出て行った。
残されたマリーは胸を押さえてソファーに座り込んだ。
「マリー、どうしたの? マリー?」
心配そうにマリーを覗き込むフランクは、何度もマリーに声を掛けるが、マリーだって何が何だか分からないのだ。
でも何故か、あのカボチャのくり抜かれたとこらから時々覗く黒曜石のような瞳を見ると胸が苦しくなってドキドキと早鐘のように動悸がするのだ。
気づけばあの瞳がマリーの方をじっと見ているからかも知れない。
「大丈夫よ、お兄様。私、少し疲れたみたい」
「そうだよなぁ。買い物から帰ってすぐにあんなことになって……。それでまた『責任は取らないマーサの魔法と魔術道具の店』まで行って来たんだもんな。ごめんな、マリー」
「いいのよ。それより、リュウ・シエン様と交わす商談ってそんなに大きな商談なの? 大丈夫?」
シュンと肩を落とす兄に、マリーは自分のことよりも伯爵家のことを心配して尋ねた。
大きな商談なのだとしたら、もし呪いを解くことを失敗した時に大変なのでは無いかと。
「……うん。確かに大事な話だよ。だけど、もし呪いが解けなくても悪いようにはならないと思う。リュウ・シエン殿はそういう方だ」
何をもって兄がそこまでリュウ・シエンのことを信用しているのかは分からない、
だが、珍しく強い眼差しでそういう兄の言葉をマリーは信じるしかなかった。
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