冷酷無慈悲なドS騎士の狂愛から逃れられません

蓮恭

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1巻

1-2

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 かろうじてショーツは身に着けているようだけど、ブラジャーはない。こんなに無防備な格好で屋外に出るのはもちろん初めてで、やけにスースーして落ち着かない気分だった。

「結局、テトラから詳しいことは何にも聞いてないんだけど」

 そう言いつつ辺りを見渡してみる。目が痛いくらい明るい青空の下で、同じような木々が見渡す限り続いていた。
 てっきり赤ん坊から人生をやり直せるものだと思っていた美桜は少々がっかりしていた。
 たましいも記憶もそのままなら、いっそ天才赤ちゃんになって、新しい両親や世間を驚かせてやりたいと密かに企んでいたのだがアテが外れてしまった。

「テトラ! どこかで見てるの?」
『お目覚めですか。生まれ変わり、おめでとうございます』

 と、突然どこからか声がした。テトラだ。
 姿形はどこにも見えないが、すました声が美桜の周囲にパアッと降り注ぐかのように響く。

『進藤美桜さん、あなたはこのラナトゥル王国で第二の人生を楽しんでください。ここはいわゆる異世界です。それと、こちらの都合で申し訳ありませんが、あなたの今の年齢は十九歳です。名前は……適当に決めてくれればいいですよ』
「十九歳!? もう二十年近く人生を終えちゃってるじゃない!」
『あくまで取れるたましいの数を調整する為の企画ですので、新たな人生の始まりの年齢はこちらで調整させていただきました。そう言えば伝え忘れてましたね』
「ちょっと! まるで詐欺さぎじゃない。一千万円も取っておいて!」
『まあまあそうおっしゃらずに。せっかくの第二の人生ですから、どうぞ楽しんでください! あ、もし納得いかないようでしたら、また一千万円貯めて再契約してくださっても構いませんよ』
(コイツ……勝手なことを! 一千万円貯められたのは日本で、身を削る思いで仕事を頑張ったからなのに!)

 使われている通貨も、貨幣価値もよく分からない国でそう簡単に稼げる訳がない。
 そもそも異世界だというこの国のことを美桜は全く知らないのだ。

『ちなみに、日本円の一千万円はラナトゥル王国で言えば一千万フェルンですね。分かりやすいでしょう? それと、これはささやかなプレゼントですが、この国の言語を自動的に使えるようにしてあります』
「あら、一千万円の価値に見合うチートな能力をどうもありがとう!」

 うっかり意地悪なお局のような口調になってしまった。あからさまに皮肉を込めたこんな言い回しは、日本にいた頃は絶対にしなかった。感じの悪い言葉を吐き捨てた自分に驚きつつも、やがてフッと苦笑いが込み上げてきた。

(この世界には、過去の私を知っている人はいないのよね。もう『いい女』でいる必要はない)

 テトラは美桜の言葉に気分を害した様子もなく、「そうそう、それとですね……」と楽しそうに話を続けた。

『乙女ゲームばかりで現実の恋愛はからっきし縁のない、超が付くほど耳年増みみどしまな進藤美桜さんに、私からプレゼントがあります』
耳年増みみどしまって……! 失礼ね! 私は理想が高いから、なかなか素敵な相手が見つからなかっただけよ! 乙女ゲームのキャラ並みに理想的な相手なんて、そうそう見つかる訳ないじゃない」

 美桜は子どもの頃に憧れていた、絵本に出てくる王子様のような風貌の男性に惹かれる傾向がある。乙女ゲームでも、金髪で青い瞳のいかにも王子様といったキラキラしたキャラばかりプレイしていたほどだ。
 ヒロインをとにかく溺愛できあいするキャラだとなお良く、愛が深い故の束縛や嫉妬はありがたい副産物くらいに思っている。
 しかし現実はそんな異性が身近に存在する訳もなく、乙女ゲームの世界でばかり恋をしては満足する日々だったのだが。

「……それで? プレゼントって、何?」

 姿は見えないが、テトラが美桜の様子に笑いをこらえるようにして肩を震わせているイメージが頭に思い浮かんだ。

『ふふふ……進藤美桜さんへのプレゼントは、理想の攻略対象です。第二の人生は、乙女ゲームのような人生だと言ったじゃありませんか。お相手は金髪で、青い瞳の美男。外見は完全無欠の王子様と言っても過言ではありません。ほら、その方の外見イメージが今頭に流れ込んできたでしょう?』

 テトラの言葉とともに美桜の頭に流れ込んできたのは、輝く長い金髪に切れ長の淡い青の瞳、シュッとした鼻筋に形の良い唇を持つ男性。筋肉が程良く付いた首筋は色気があり、すっきりとした顔の輪郭は美桜の理想そのものだった。
 漫画やアニメの世界からそのまま飛び出してきたかのような顔立ちに、美桜は一瞬呼吸が止まった。

「……うそ……」

 これまでプレイしてきたどの乙女ゲームのキャラよりもドンピシャに好みな外見をした彼に、美桜はポカンと口を開けたまま固まってしまう。
 こんな素敵な男性が本当に実在しているのなら、一目見られるだけでも幸せだ。
 テトラによって美桜にあてがわれた攻略対象なのだと言われても、にわかには信じ難い。

『プレゼント、気に入っていただけたようで嬉しいです。ちなみに、この攻略対象の男性にとっての理想の相手は……なんと進藤美桜さんなんです! このチート、一千万円払った価値があったでしょう? せっかくの二度目の人生ですから、素敵な恋愛が出来るよう、せいぜい頑張ってくださいね!』
「確かに、これはチート過ぎるわ……」

 未だぼうっとした頭でそう呟くと、テトラはやけに嬉しそうに言った。

『では、また近々様子を見に来ますね。お相手とはちゃんと出会えますから! それでは!』

 頭の中に直接響くかのように聞こえていたテトラの声がぴたりとやんで、代わりに鳥のさえずりや水のせせらぎの音が一気に大きくなった。

「……さっきの、夢じゃない……よね?」

 テトラがどんな手を使ったのかは分からないが、頭の中に流れ込んで来た男性のイメージは、まさに美桜の理想そのものだった。
 凛々りりしい眉と切れ長の瞳の距離が短めなのも、顎のラインが直線的でシュッとしているのも、惚れ惚れするほど美しい角度の鼻も。上半身だけの姿だったため全体の身体つきは分からないが、引き締まった逞しい筋肉が服の下に隠されているに違いない。

「どうしよう……本当に、あの人が私の恋人に……?」

 年甲斐もなく――と言っても今は十九歳の肉体なのだが、美桜は顔を両手で覆い、耳まで赤く染めて「キャーッ」と何度か叫んでしまった。
 ひとしきり興奮した後、ふと冷静になる。

(でも、そんな上手い話ある? 何だかあの死神の手のひらの上で転がされているような……)

 でも、せっかく第二の人生を得たのだから、一人の女性として幸せになりたい。愛し愛されたいと思うのは当然の欲求だろう。
 以前はとにかく『いい女』である自分を作り上げ、仕事に生きた人生だった。唯一の癒しである乙女ゲームから補給していたドキドキやときめきを、実際の恋愛で得られたらどんなに幸せだろうかと想像する。

「あの死神が何を考えてるのか分かんないけど、どうせ一回死んだ身なんだし、ダメ元で頑張ってやろうじゃない」
(何もせずに後悔するのはもう嫌。次は自分の思うまま素直に生きてやる。もう誰も前の私を知っている人はいないんだから)

 そう決意したものの、何から始めればいいのか、どこへ行けばいいのかさっぱり分からない。
 目の前に静かに広がる湖はまるでひょうたんのような形をしている。全周一キロくらいだろうか。水深は分からないが、岸から少し離れたらおそらく美桜が立つことは出来ないくらいには深いだろう。キラキラと光る小魚が群れになって泳ぐ姿も見えた。

たましいはそのままに……別人に生まれ変わる……か。見た目は確かに綺麗になってるし、若返ったのも嬉しいけど、どうせなら私も金髪とか、青い目にして欲しかったなぁ」

 あんな華やかな西洋風イケメンの相手にしては、日本人らしい顔立ちの自分が物足りなく思える。

「ま、こうして健康に生きているだけでも幸せなことなのよね。病気の時は健康な身体が喉から手が出るほど欲しかったんだから」

 少し動けば息切れして何度も咳き込んでいたことが嘘のように、足取り軽く動ける。そんなことに改めて感動した。


 岸に沿って五百メートルほど歩いただろうか。遠くから微かにドドドという地鳴りのような音が近付いてくるのに気付き、足を止める。
 森の中を大きないのししが駆け抜けていくイメージが頭をよぎり、美桜はブルリと身体を震わせた。

「おい! 見ろよ! 女だ!」

 がなり声とともに木々の間から現れたのは、大きな馬に乗った男達。どう見ても悪党としか思えない面構えで、いち、に、さん、し、ご、六人もいる。これはいのししよりもタチが悪そうだ。

「こりゃあシカやウサギよりよっぽど嬉しいね! ちょっと痩せ過ぎだが、黒い髪とは珍しい。もしかしたら高く売れるかもな!」
「誰が奴隷商人のところへ連れて行くかは早い者勝ちだ。文句なしだぞ!」

 屈強な男達が雄叫びを上げながら馬を操り、どんどん距離を詰めてくる。

「奴隷って何よ! こういうのって、漫画や小説ではあるあるだけど、病み上がりの私にダッシュはキツすぎるわ!」

 今はまだ百メートル以上離れているが、馬と人間の足ではとても相手にならない。ただただ木々しか目につかないこの森で、走りながらどこに逃げたらいいか思案しているうちに、美桜はあっけなく捕まってしまった。

「ぐふふ……お前、異国人か? たった一人、こんな森の奥で何してたんだ?」

 逃げるすべのない美桜はいとも容易たやすく男に縄で縛り上げられ、荷物のように馬に乗せられた。
 男の不潔な外見と体臭に思わず顔を背けると、嬉々としてはやし立てられる。

「ははは! 残念だったな! お前とは話さねぇってよ!」
「お嬢ちゃん、今からでもこっちの馬に乗り換えるか?」

 男達はどう見たって日本人ではない。どちらかと言えばヨーロッパ系の特徴を持った外見をしている。
 服装も……何というか、質素で古めかしい。それにどの男もシャツにズボン、ブーツ。そして、弓矢を身に着けているのだ。
 そう、まるでまさに美桜が生前大好きだった異世界ファンタジーを舞台とした乙女ゲームや、流行りの漫画に出てくる悪役のモブキャラのようだった。

「お前らうるせぇぞ! コイツは俺が捕まえたんだ! 手柄を取られて悔しいからって、口が過ぎるぞ!」

 すぐ近くで男が怒鳴ったせいで、ビリビリとお腹の皮が震えるような振動が伝わってきた。

「ほんっと、うるさ……」

 うつ伏せで頭を下げられた状態で馬に乗せられている美桜の顔は火照ほてり、少しずつ意識が薄れてきていた。身体を締め付ける縄のせいで、呼吸も浅くなっている。

「もう……初っ端からいきなり……ハードモード過ぎ……でしょ……」

 第二の人生が始まってすぐにこれでは先が思いやられる。なけなしの全財産一千万円を支払ったのに、まるで詐欺さぎにでもあった気分だ。
 先程実感した健康への喜びをすっかり忘れ、美桜はテトラを恨めしく思った。


「おい……! おい! 起きろ!」

 遠くの方から聞こえる男の声に、美桜は沈んでいた意識を急浮上させる。

「ん……、いたた……」

 いわゆる体育座りのような体勢で、壁にもたれかかったまま目が覚めた。全身の筋肉や関節が悲鳴を上げていて、思わず顔をしかめる。
 何度も瞬きをしてからゆっくり辺りを見渡す。いつの間にか、質素な造りの居室に連れてこられたようだ。五歩も歩けば壁に辿たどり着く狭い部屋は、あまり掃除されていないようで埃っぽい。思わず二、三度咳き込んだところで怒鳴り声が聞こえた。

「いつまで寝てんだ! 起きろ! ったく、お前は色気もクソもない子どもみてぇな女だが、黒髪は珍しいから高く売れるだろうなぁ。さあ、立って早く隣の部屋へ行け!」

 眼帯をつけた筋肉質な男は、苛立ちを隠すことなく未だ座り込んだままの美桜を急かした。
 ぞんざいな扱いに腹が立ったが、反抗して暴力を振るわれるのは嫌だ。目覚めたばかりで状況を飲み込めずにいたが、仕方なくノロノロと立ち上がる。途中、身体が何度もきしんだ。
 ハッとして衣服の乱れを確認したものの、意識を失う前と変わっていなかった。心許こころもとないワンピースとショーツだけだが、しっかりと身に着けている。幸いにも妙なことはされていないようだ。
 隣の部屋はやけに薄暗く、香水のような香りが充満していた。
 部屋の中にはずらりと女性達が並べられている。十人はいるだろうか。眼帯の男に背中を押され、美桜も女性達の列に加えられた。
 彼女達の身体は、明らかに美桜とサイズ感が違っていた。百七十センチはあろうかという高身長に、目を疑うほどに豊満な胸。
 一緒に並んでいると、美桜はどうあがいても子どもにしか見えないだろう。日本で生きていた頃は、これでも成人女性としてそれなりに良い身体だったのに。

(すごく綺麗な人ばっかり……これって一体何の列なの……)

 しばらくして突然辺りが眩しくなった。どうやら部屋を覆っていた暗幕のようなものが取り払われたらしい。

「おお……」

 立ち尽くす美桜達に、感嘆の声が降り注ぐ。

「眩しい……」

 光に目が慣れたところで、美桜達を取り囲むような形で観客席が設けられていることに気が付いた。
 観客席には身なりの良い男性達が座っている。年齢は幅広く、十代や二十代に見える若者からしわくちゃの老人まで。ざっと見渡すだけでも、おそらく百人以上はいる。

「さあ、今宵こよいは珍しい毛並みの女ばかりですよ! ピンク、赤、白に黒まで! 顔も一級品のみを選んでおります!」

 クルリとうずを巻いたような、妙な形のひげを両頬に生やした男が大声を張り上げる。男はやけに気取った装いで、昔教科書で見たフランス貴族のようなジュストコールにフリルのついたシャツ、トラウザーズという出で立ちだった。

「紳士の皆様方、是非ともより価値の高い女奴隷を連れてお帰りくださいませ!」

 異様な熱気が辺りを一気に包み込むのを肌で感じた。

(奴隷……確かにあの男達もそんなことを言っていたけど……)

 哀れにも美桜は第二の人生の始まりで早速奴隷商人に捕まり、まさに今セリにかけられている真っ最中だった。

「早速ですが、まずはこの一番目の女! 花びらのような桃色の髪色が珍しく、顔も身体つきも一級品! 処女ではありませんが、本人はかなりの床上手だと申しております! さあ、紳士の皆様方、この女の価値はいかほどでしょうか!?」

 一番前に並んでいた女性のセリがとうとう始まってしまった。紹介の文言があまりにも露骨で、気になった美桜は列から顔を出して女性の姿を確認する。
 一番目の女性はまるで人気アイドルか若手女優のように整った顔立ちで、確かに大金を払ってでも傍に置きたいと望む人がいても不思議ではない。
 目をらすと、長いまつ毛すらも綺麗なピンク色だ。唇は優しい薔薇色でふっくらとしている。まつ毛に縁取られた神秘的なエメラルドの瞳は、まさに美桜の思う乙女ゲームや漫画のヒロインそのもの。
 彼女は堂々と振る舞い、ポーズをとったり身体の向きを変えたりと、その美しい外見を惜しみなく披露ひろうしていた。

(何だか、買ってくださいと言わんばかりのポージングね)

 スポットライトのようにまばゆい光が、女性の妖艶な姿をより一層引き立てていた。彼女がポーズを変える度に、どんどん値は吊り上がっていく。

「三千万フェルン」

 一瞬、会場が無人になったのかと思うほどシンと静まり返った。水を打ったような静けさとは、まさにこのことだろう。
 一際豪華な観客席に座る、垂れ目の男性が三千万フェルン――つまり三千万円の値を口にしたのだ。

「さ、三千万! 三千万フェルンが出ました! 他におられませんか!?」

 ひげ男は声を上擦うわずらせてそう叫んだ。クルリと巻かれたひげの下にある口角がいやらしく吊り上げられている。彼女を売ってこれから手にする儲けを想像し、嬉しくて堪らないのだろう。

(本当にお金で女性が買われちゃうんだ……)

 自分の置かれた異様な状況を改めて実感し、足が震える。ここは自分の知る常識や倫理観が通用しない世界なのだと思い知る。

(何でこんなことに……あ、もしかして……!)

 そういえば、と思い出す。かつて日本で目にした小説だったか漫画だったかで、異世界に飛ばされたヒロインが奴隷商人に捕まる話があった。
 窮地に陥ったヒロインの前に颯爽さっそうと現われたのは、悪人を取り締まる騎士団長だったか、はたまた自ら悪を裁く王子様だったか。いずれにしろ、ヒロインはヒーローによって救い出されていた。

(もしかして、あのイケメンが私をこの場から助け出すシーンから恋が始まるとか?)

 つい先程まで恐怖で足が震えていたというのに、現金にも美桜は理想のイケメンとの出会いを想像し、胸を膨らませた。

「おめでとうございます! 三千万フェルンで落札です!」

 結局、誰も三千万フェルン以上の値は口に出来なかったらしい。ピンク色の髪の女性は垂れ目の男性に買われてしまった。
 男性は襟元を緩め、服を着崩しているものの、仕立てそのものは上質そうで『食えない大人の男キャラ』といった雰囲気を醸し出している。年齢は三十歳くらいだろうか。

(無精ひげだけど、よく見ると案外若くてイケメンね。女性の方も喜んでるみたいだし)

 金持ちかつ魅力的な男性に買われて、ピンク色の髪の彼女はとても満足げな様子だ。上々の結果だったのだろう。三千万フェルンという大金に見合う価値が自身にあると認めて貰えたことも、彼女にとって嬉しかったのかも知れない。

「一番目の女を競り落とした奴って……第三騎士団の団長じゃないか?」

 どこからかそんな声が聞こえてきた。どうやらピンク色の髪の女性を買ったのは、騎士団長の職にいている人物らしい。

(え? あの人が騎士団長? ちょっと待って、そんな立場の人が奴隷を買っていいの!? っていうか、セリを取り締まりに来たんじゃなくて客として買いに来たの!?)

 予想外の展開に美桜は混乱する。

「いいよな、金持ってる奴は。あんないい女をモノに出来るんだから」

 あの騎士団長はどうやらこの国でかなりの有名人らしい。席を立った彼が、競り落とした女性のもとへ向かう姿に会場が騒めいている。
 しかし、奴隷商人が二番目の女の紹介を始めると、再び会場は熱気を取り戻した。そして二番目、三番目の女性達が競り落とされていくのを眺めるにつれ、美桜の気持ちはどんどん下降していった。

(……お願いイケメン様、早く助けに来て)

 名前も知らない攻略対象の姿を思い浮かべながら、美桜は必死に祈る。
 競り落とされ、有無を言わさずに連れていかれる女達。好みの女を競り落とし、下卑げびた笑みを浮かべる男達。そんな光景を目の当たりにし、美桜の視線は次第に床を見つめるのみとなった。
 一番目のピンク色の髪の女性と騎士団長は、どちらも例外中の例外だったということを今更ながらに噛み締める。どの男性も集められた女性達を好奇の目で見下ろす野獣のように思えてきて、美桜の背筋が凍っていく。

「さあ、最後の女は世にも珍しい黒髪! まるで子どものような体型ですが、十九歳ということでちゃんと成人しております! さあ、いかがでしょうか!?」

 ぼうっとしているうちに美桜のセリが始まってしまった。なかなか酷い紹介だと思ったが、確かにこの世界での美桜の評価はそんなものだろう。
 無情にも、攻略対象の彼は現れない。
 このまま第二の人生の行く末がここで決まってしまうような気がして、恐ろしくなってきた。
 美桜の歯がカチカチと鳴り始める。両肩を抱くようにして、身体を縮こませた。
 あのイケメンと出会えると信じて疑わなかっただけに、落胆は隠せない。自分を見下ろす男達のうちの誰かに、このまま奴隷として買われてしまうのだとしたら……どんな扱いを受けることになるのか、想像したくない。

(早く……早く助けに来て! このままじゃ本当に……)

 あのイケメンが助けに来てくれるなどと、どうして自信満々に考えていたのか。
 美桜は己の見通しの甘さを嘆いた。

「二千万フェルン! 二千百万フェルン! 二千三百万フェルン! 他にいませんか!?」

 一番手の女性ほどではないにせよ、黒髪が珍しいというのは事実らしく、美桜の値段はとんでもないことになっていた。二番目の女性以降、数百万フェルン前後の値が続いていたことを考えると、美桜につけられた金額は破格だ。

(このお金が全部私に入るのなら、テトラにまた一千万払って三度目の人生をやり直せるのに)

 そんな不届きなことを考えてしまうほど、美桜の心は嵐の中を行く小舟のごとく揺れていた。

「四千万」

 再び会場が静けさに包まれた。
 思わずその声の主を目で探す。会場にいた多くの人々が美桜と同じように声の出所へと視線を走らせ、ハッと息を呑んだ後、口々に囁き合う。

「あれは……冷酷無慈悲な悪魔、シュタルク侯爵じゃないか?」
「まさか、あの侯爵は女に興味なんてないだろう? 侯爵の見てくれに騙されて擦り寄った幾人もの女達が、あの剣のさびにされたという噂があるくらいだぞ……」
「なんにせよ、あの男を敵に回すような真似は誰もしないだろうし、黒髪の女は侯爵のものだな。何も知らずに気の毒なことだ」

 聞こえてくるのは物騒な内容の囁き声ばかり。しかし、美桜はそれどころではなかった。
 視線の先には会場中で一番豪華な、一等席だと分かる場所。先程の騎士団長と、彼に競り落とされたピンク色の髪の女性が早くも仲睦まじげに寄り添っている。
 その騎士団長の隣に座る、黒いフードを被った男がまさに声の出所だった。
 男は苛立ちを感じさせるような荒々しい手つきでフードをバサリと外す。

「うそ……」

 思わず口をついて出た美桜の声には、喜びと絶望、安堵と不安という複雑な感情が入り混じっていた。
 フードを取った男は、どう見てもテトラに紹介された攻略対象の彼に違いなかった。
 胸まで伸びた長い金髪は麗しく、常人離れした華やかな顔立ちも、淡い青の瞳も非常に美しい。美桜が思い描いていた通りの完璧な容姿をしている。


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