冷酷無慈悲なドS騎士の狂愛から逃れられません

蓮恭

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1巻

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 しかし、彼は明らかに人間らしさとはかけ離れた雰囲気をまとっていた。
 温度を微塵みじんも感じさせない鋭い眼差しと、見ているだけで凍えてしまいそうな冷たい気配。口の端を弓形に持ち上げた笑みは蠱惑的こわくてきながらも、完全に悪役そのもの。

(確かにテトラに見せられたイケメンだけど、めちゃくちゃヤバそうな人じゃない!?)

 美桜はその場に倒れそうだった。会場の熱気や好奇の視線、野次を飛ばす声も何もかもが、期待を裏切られた心をぐちゃぐちゃにしていく。

(何が乙女ゲームみたいな恋愛……よ。顔は確かにいいけど、あの雰囲気……明らかに悪役じゃない! しかも奴隷として買われるなんて、聞いてない……)

 そりゃあ顔だけ見て勝手に一目惚れし、ドラマチックな出会いを妄想したのは美桜だ。でも、美桜が愚かな期待を抱いた元凶はテトラだ。飄々ひょうひょうとした死神への恨み言を、呪いの言葉のように何度も心の中で吐く。
 憧れの大恋愛への第一歩は、初っ端から派手につまずいてしまった。
 騒めく会場に、ひげ男の大きな声が響き渡る。あまりの高値に驚いて、しばらく呆然としていたようだが、自分のすべきことを思い出したらしい。高らかに美桜の未来が宣言された。

「これは、これは! 我が国の英雄・シャルマン団長の弟子、デュオン・ド・シュタルク侯爵が、黒髪の美女を四千万フェルンで落札です!」



   第二章 死神騎士は危険な香り


 ハッピーエンドとバッドエンド。乙女ゲームにはその両方が存在する場合がある。
 美桜自身はハッピーエンドが好きだ。
 特に『優しい王子様系キャラ』から溺愛できあいされるタイプのハッピーエンドがお気に入りだ。終始甘々な態度のヒロインファーストのイケメンから、時には嫉妬されたり束縛されたりしつつも、末長く幸せな日々を送るエンディングは至高だと考えている。
「鬼畜系キャラとのバッドエンド最高!」とか、「ヤンデレ系キャラとのバッドエンドが泣ける」という層が一定数存在するのも知っている。好みは人それぞれだし、そういうキャラであれば切ないバッドエンドの方がグッと来ることもあるのだろう。
 けれど思うに、鬼畜系キャラやヤンデレ系キャラは恋愛上級者向けの劇薬だ。素人には扱いが難しく、何よりも危険過ぎる。大した経験もない耳年増みみどしまの美桜には、明らかにレベルの高い相手だった。

「なのに、どうしてこんなことに……」

 そう呟かずにはいられない。二度目の人生で素敵な恋に落ちることを夢見ていたはずなのに、気が付けば奴隷としてセリにかけられ、攻略対象のはずのイケメンに落札された。
 それだけでもショッキングだというのに、今、目の前で繰り広げられている光景にますます頭が痛くなってきた。

「あいたたたたた……ッ! デュオンさん! 乱暴はやめてくださいよ! 私はあなたのように頑丈に出来ていないんですから!」
「よく言う。喧嘩を売ってきたのはお前の方だろう」

 高級ホテルのスイートルームのような部屋……の床で、死神・テトラが踏みつけられている。美桜を競り落としたデュオン・ド・シュタルク侯爵によって。
 ちなみに美桜はというと、そのデュオンに何故か横抱きにされている。どうしてこんなことになっているのか、微塵みじんも分からない。
 セリが終わった後、美桜はデュオンに腕を引かれ、馬車に乗せられた。道中、疲労のせいか美桜は座ったまま眠ってしまったようで、気が付いた時にはこの有様だった。

「俺のつがいを人間にさらわせ、金をせしめようとするとはな。『四番目テトラ』の癖に、身の程を知らぬようだ」

 デュオンは長い脚で、テトラを一層強く踏みつけた。美桜の理想そのものの超絶美形な顔には、残念極まりないことに『優しい王子様キャラ』とはほど遠い凶悪な笑みが浮かんでいる。

「ほ、ほんの出来心だったのですよ! だってお金はいくらあっても困らないでしょう? あれほど捜し求めていたつがいを四千万で買えたなら、安いものじゃありませんか!」

 苦しげな表情を浮かべたテトラは、赤い瞳をわずかに潤ませながらそう訴えた。
 床には毛足の長い絨毯じゅうたんが敷かれているものの、その下は石造り。おまけに、デュオンに抱き抱えられた美桜の体重分の圧もテトラの背中にのしかかっている。未だ踏みつけられたままのテトラは、おそらく相当苦痛なはずだ。
 流石さすがに可哀想な気もするが、美桜に対しての態度とえらく違うのがどうにも納得いかない。

「どのような手を使ったのかは知らないが、そもそもお前はこの世界に居てはならない存在だろう。そんなお前がこちらの世界の通貨を得たところでどうする?」
「それに関しては心配ご無用です。私には様々なツテがありますから。神に袖の下を渡す時なんかにも使えますしね。あの人達はどこの世界でも行き来自由ですから」
「……呆れた奴め」

 そう短く吐き捨てたデュオンに、テトラはニヤリと笑った。とがった白い八重歯がやけに目立つ。

「おやおや、その袖の下のおかげでデュオンさんのつがいをこちらの世界に連れて来ることが出来たのですよ。さあ、この足をどけて私に感謝の意を示してください」

 そう言われてしばらくデュオンは思案していたが、やがてうつ伏せ状態のテトラの背中から黙って足を退けた。
 そんなデュオンとテトラのやり取りを美桜はじっと静観していた。
 というか、自分の状況をじわじわと実感して、動けなくなっていたというのが正しい。なにせ、好みドンピシャな顔をしたイケメンにお姫様抱っこされているのだ。
 近くで見るほどに美しいシャープな輪郭と鋭い眼差し。抱き抱えられていることで感じる体温。
 凶悪な表情を浮かべていることを差し引いても、胸が高く跳ね上がるような心地がして落ち着かずにいた。

「彼、実物の方がイケメンでしょう? ね? 進藤美桜さん」
「な……っ、やめてよ! そんなこと言うの!」
「おやおや、照れ隠しですか?」

 美桜がドキドキしていると、いつの間にか立ち上がったテトラにそう言われてギクッとした。
 テトラは服の汚れを払うように自分の身体を何度か叩いた後、コテンと小首を傾げてニッコリと笑う。なおも言い返そうとしたところで、デュオンが美桜を抱く腕にギュッと力を込めた。

「え……」

 思いがけない行動に困惑していると、その様子を見ていたテトラが高らかな笑い声を上げた。

「クククッ……あははは! ちょっと話をしただけじゃありませんか。そう警戒しなくとも、別にデュオンさんのつがいを取って食ったりしませんよ。それとも……そんなに近くにつがいがいると、我慢がききませんか?」

 さっきから美桜だけずっと置いてけぼりで、どうやら知り合いらしい二人が何を話しているのか分からない。ただ、美桜がデュオンのつがいであるということだけはなんとなく理解した。

つがいって……あのツガイよね? 鳥とかで言う夫婦みたいな……)

 油断すると鼻先がシャツ越しにデュオンの胸板に触れそうなほど密着している。男物の香水のスモーキーな香りに、ふらふらと酔ってしまいそうだった。

「……まあいい、今回ばかりは俺への無礼も目をつむってやる。気が変わって斬られる前に、さっさと自分の世界へ帰れ」

 頭上で響く、低い声に耳たぶをくすぐられるような心地がして、ビクリと身体を強張らせる。
 そんな美桜をデュオンは切れ長の目でチラリと見て、再び視線をテトラへ向けた。

「ククク……分かりました、分かりましたよ。とにかく、私はデュオンさんが見つけられなかったつがいを見つけ、きちんと手渡しましたからね。その事実はしっかりと覚えておいてください。これは大きな貸しですよ」
「くどい。早く去れ」
「おお、怖い怖い。あぁ、ちゃんと伝えていませんでしたが、進藤美桜さん、あなたはこの死神のつがいなのです。申し訳ありませんが、死ぬまでデュオンさんのお相手をお願いしますよ。まあ、私が言わずとも離してくれないとは思いますけど」

 テトラは口の端をクイッと吊り上げると、赤く光る目を一層細めた。

「ちょっと、それってどういうこと? 説明してよ!」

 抱き抱えられた身体を何とかしてよじり、ニヤニヤと笑うテトラに尋ねる。

「詳しいことは本人から聞いてください。私はデュオンさんに貸しが出来て満足ですから、元の世界に戻ります。では、ご武運を……」
「あ……! 待って……!」

 声掛けも虚しく、テトラはその場から蜃気楼しんきろうのように消えた。


「いいか、今後は俺の前で他の男と親しげにするな」

 テトラが去ってすぐ、美桜は真剣な眼差しをしたデュオンにそう言われた。
 手を伸ばせば届くところにあるその顔は本当に二次元の世界から飛び出してきたかのように整っていて、胸の辺りまで伸びた長い髪はまるで金糸のようだった。
 本当に奇跡のような存在だ。

「言葉が通じないのか? ……いや、奴とは話をしていたな。おい、分かるか?」
「は、はぁ……」

 美桜の気の抜けた曖昧な返事に一瞬綺麗な形の眉をピクリと持ち上げたデュオンだったが、しばらく美桜を見つめてから視線を逸らし、ため息を吐く。そんな姿さえ様になるのはもはや反則だろう。

(いや、そのため息ってどういう意味!? 死神だとかつがいだとか、訳分かんないことばっかり起きてほんと理解が追いつかない!)
「その服、奴が用意したものだろう。気に食わない」

 私も全然気に入ってないんですよ、と言いたいのを美桜は我慢した。薄っぺらい生地のワンピースの下はノーブラで、ショーツしか身に着けていないのだ。胸の突起を誤魔化すため、ずっと身体の前で両腕を交差しているのも疲れてきた。

「……俺が怖いのか?」

 じっとしたままの美桜を見て、デュオンは怖がっていると解釈したらしい。
 怖い訳ではない。とんでもないイケメンに抱き抱えられて羞恥しゅうちを感じているのだ。顔に見惚みとれて言葉を発する余裕がなくなってしまった、というのもある。
 思わずフルフルと頭を振ると、何故かデュオンは苦しげな表情を浮かべ、美桜をお姫様抱っこしたまま部屋を移動し始めた。
 見るからに高級そうな装飾が施された廊下に出ると、遠目に重厚な両開きの扉と、その両脇に控えるメイド姿の女性二人が目に入った。

(メイドさんがいるなんて、本当に世界が違う)

 抱っこされている姿を他人に見られることに抵抗を覚えたが、美桜とデュオンが近づいても、俯き気味なメイド達は無反応だった。まるで家具か何かのように感情を全く表に出さない。彼女達は一言も発することなく扉を開けてくれた。
 デュオンは特に礼も言わず、それが至極当たり前といった態度で室内に足を踏み入れる。
 どうやらここは寝室らしい。洗練された調度品の数々と、見たことがないくらい大きな天蓋てんがい付きベッドが置かれている。

(これは……もしかして創作物でよくある『ここがお前の部屋だ』的な……?)

 今日一日で色んなことがあり過ぎて、頭がパンクしそうだった。もう何が来ても『あぁ、そうなんですね』と平坦な声で一蹴できそうなくらい、究極に疲弊していた。

「脱げ」

 美桜を天蓋てんがい付きベッドに下ろすと、デュオンはさも当然のようにそう命じた。

「はい?」

 ベッドの端に腰掛けた美桜は、一瞬己の耳を疑った。

「自分で脱がないと言うのなら、俺が脱がせてやろう」
「え、えぇっ!? いや、あの、待って……っ、待ってくださいっ!」


 ――そう、決してこんなはずじゃなかった。
 デュオンに服を脱ぐよう促された美桜は、脱がしてやろうという申し出を丁重に断り、震える手でワンピースの胸元に触れた。
 この部屋の床にも、裸足の足裏が何とも心地良い毛並みの絨毯じゅうたんが敷かれているけれど、今の美桜にそれを味わう余裕はない。
 意を決した美桜は、デュオンに背中を向け、ゆっくりゆっくりワンピースを脱いでいく。
 焦らしているように見えるかも知れないが、指先が震えておぼつかないだけだ。

「……っ」

 良く言えば色白で華奢きゃしゃな、ありのままに言えばせっていたせいで日焼けを知らない生白い肌と、痩せこけて薄っぺらい美桜の身体が露わになる。入院先の医師や看護師以外に身体をさらすのは何年ぶりだろうか。

「ぬ、脱ぎました……っ」

 超ド級のイケメンに裸体をさらしてしまった。まっすぐに向けられた視線に耐えられずギュッと目をつむる。
 服を着替えさせたいのか何なのか知らないが、さっさとして欲しいのにデュオンは何も言わない。その間、美桜は強く目をつむったまま、ショーツ一枚しか身に着けていない裸体を申し訳程度に腕で隠した。

「お前、名はミオとか言ったか。その身体……十九と聞いたが本当か?」

 美桜はその言葉に唇をグッと噛む。この世界に来てから自分の身体について散々馬鹿にされてきたので今更といった感じではあったが、やはり面白くはない。

「本当です! ……まあ、一応」

 実際にはたましいは三十七歳で一度人生を終えている訳だが、身体は十九歳に若返っているのだから嘘ではない。

「とても『成体』には見えないな」

 外見に何の欠点もない異性にそう告げられ、美桜は奥歯を食いしばる。
 先程のテトラのような目に遭いたくなければ、デュオンに口答えをしてはならない。頭ではそう分かっているのに、自分の置かれている理不尽な状況への苛立ちが徐々に込み上げてきた。
 攻略対象であるデュオンが理想のタイプのイケメンで、勝手に優しい性格をしていると思い込んでしまった美桜にも落ち度はあるが、詐欺さぎに遭ったような気分だ。
 二人の会話の内容から察するに、テトラはデュオンに恩を売り、ついでに大金をせしめるために美桜をこの世界に連れて来たのだ。当初聞いていたたましいを時間差で手に入れるだのなんだのというのは、おそらくこじつけだったのだろう。
 というか、デュオンから大金をせしめる算段だったのなら、美桜から一千万円を巻き上げる必要はなかったんじゃないかとすら思える。何とも腹立たしい。

「死の間際に、足元を見られてそそのかされてここに来たのに、どうしてそんなことまで言われなきゃいけないんですか……」

 小さな声でそう不満をこぼしたその時、思い出した。湖のほとりでテトラが話していた言葉を。
 ――『ちなみに、この攻略対象の男性にとっての理想の相手は……なんと進藤美桜さんなんです! このチート、一千万円払った価値があったでしょう?』
 今となってはテトラのことなど全く信用できないが、あの言葉が本当なのだとしたら――

「私のことが好きな男性も……もしかしたら、いるかも?」

 微かな希望を抱いて、デュオンに鎌をかける。

「確かに。流石さすがつがいといったところか。相手がどんな容姿をしていようが、無条件に惹かれるように出来ているらしい」

 ふむ、と顎に手を当ててこちらを眺めるデュオンは、美桜の心をザクザクと遠慮なく切り裂く。好意の有無という意味では肯定したはずなのに、とんでもなく失礼なことを言われた。
 なのに、何故かドキドキしてしまうのは、規格外の超絶美形のせいか、それとも低く甘い声色のせいか。

「しかし、あまりにも貧相な身体つきだ。これまで余程食い扶持ぶちに困って生きて来たのか?」
「ひ、貧相ですって?」

 流石さすがにそれは、好みの異性にかける言葉ではないだろう。

「誤解するな、奴が分をわきまえずに俺のつがいしいたげていたのかと心配しているだけだ」
「あ、それは違います……ただ、私は……ここに来る前まで病気だったので」
「病気……そのせいでそんなに瘦せ細るなど、人間とはか弱い生き物だな」

 デュオンはそう呟くと、何を思ったのか眉尻を下げた。
 どう思われようが、美桜は大人だ。幼い娘ではない。この世界の、この国の女性達のスタイルがあまりにも良過ぎるのだ。
 彼女達と比べれば、黒髪以外にめぼしい点は見つけられないのかも知れないが、それでも日本にいた頃よりは随分と美化されている。

(そりゃあ、こんなイケメンからしたら私なんてその辺に転がる石ころ並みの平凡女かも知れないけど)

 そう納得しつつも流石さすがにちょっと傷ついた。美桜はその気持ちを誤魔化すように、デュオンに尋ねる。

「私、何も分からないままここに来たんです。テトラとあなたは知り合いのようですけど」
「奴の名を口にするな。お前は俺だけを見ていればいい。今度奴の名を呼んだら、すぐにでもあちらの世界へ行って奴の首をき切る」

 ヒュッと美桜の喉が鳴った。想像するだけで酷い光景だ。

(うっかり普通に会話してたけど、そう言えば中身は激ヤバな人だったわ……!)

 このデュオンという男は不意に、背筋がゾクリとするような仄暗ほのくらい気配を醸し出す。
 どう考えてもヒーローではなく悪役だ。
 美桜は未だに服を着ることを許可されていない。デュオンへの恐怖で身体が一気に冷たくなってきた。脚がガクガク震えるのを必死で抑える。

「そう怖がるな。俺がやっと手に入れた自らのつがいを傷つけることなどあり得ない」
(いやいや、さっきから私の心はズタズタに切り裂かれてますけど!!)

 何を間違えたのか、第二の人生は鬼畜系? ヤンデレ系? キャラのつがいになるという展開になってしまった。甘くとろけるような恋を夢見ていたのに、理想と現実の差に風邪を引きそうだ。

(テトラの奴、何が『乙女ゲームのヒロインのような人生』よ。本当に……どうなっちゃうの?)

 震える身体をさすりながら、美桜は呼吸を繰り返してどうにか気持ちを落ち着かせる。
 傷つけるつもりはないと口にした通り、デュオンが不穏な気配を少しだけ収めてくれたのは不幸中の幸いといったところだろうか。

「あの……死神とかつがいとか、私にも分かるように説明してもらえませんか?」
「いいだろう。今後のこともある。何も知らずにいるのは哀れだからな」

 意外というか、なんというか……奴隷として落札された時は、どんな扱いを受けることになるのかと怯えていたが、デュオンは美桜とちゃんと会話してくれる。急に不穏な雰囲気を放つのは勘弁して欲しいが、その点は素直にありがたかった。
 しかし、デュオンの話に耳を傾けようと気持ちを切り替えた美桜に対し、彼は何故か着ている服を脱ぎ始めた。
 豪華な装飾付きのコートを近くにあった椅子の背に掛け、続いてシャツに手をかけるその様子に、思わず見惚みとれてしまう。服を脱ぐ仕草しぐさ、長い指に手の甲の筋、シャツの下の厚い胸板と男らしい首筋があまりにも罪深い。

「あのぅ……どうしてあなたまで服を……」

 何となく嫌な予感というか、ちょっとした期待というか、どちらとも言える複雑な感情が美桜の心に芽生える。ほぼ裸の自分と、目の前で服を脱ぎ始めた美男。テトラに鼻で笑われる程度の恋愛経験値だが、日本にいた頃の美桜は処女という訳ではなかった。
 だからきっと、これから始まるのは想像通りの行為なのだと思う。

「百年以上、酷い渇きを耐え忍んでようやくお前を見つけた。俺達が何なのか、そしてつがいとは何か、じっくりとその身体に教え込んでやろう」
「え、えええっ!? ちょ、ちょっと待っ……!」

 見事に鍛え上げられた上半身を披露ひろうしたデュオンによって、美桜は軽々とベッドに横たえられた。心臓が限界を迎えそうなほど拍動している。
 美桜の唇に、デュオンの唇が重ねられた。組み敷かれているため、大人しく口付けを受け入れるしかない。

「ん、んんっ……んぅ」

 死神の唇は冷たかった。
 何度かついばむように重ねられた唇は、やがて熱い舌で割り開かれる。呼吸を奪うような激しい口付けに、気が付くと美桜は自然と応えていた。
 こうもすんなり受け入れてしまうなんて、死神との口付けには媚薬びやくのような効果があるのかもしれない。

「はぁ、はぁ……」

 口付けをしただけなのに、とろけそうな快感が身体を走り抜けた。
 いつの間にか自らデュオンの背に手を回し、もっともっとと強請ねだるように身体を触れ合わせ、呼吸を乱した。

「ミオ……俺達死神は元々、つがいの死神とともに成体で生まれ、長い一生をともにする。だが何の手違いか、お前は俺とは違う世界で人間として生まれた」
「手違い?」
「どういう理由かは分からない。だが俺は、ずっとお前を捜していた。人間のお前は何度か転生を繰り返し、姿形を変えているのだろうが……たましいの本質は変わらない」

 幾度もの口付けの合間にデュオンはそう教えてくれた。淡い青色の瞳には美桜だけが映っていて、流れる金色の髪が切なげにサラリと揺れる。

つがいとはたましいの片割れ。生まれた時から消滅するその時まで、ずっと夫婦として在るものだ」

 ただの人間として生きて来た美桜には理解し難い内容であったが、どうやらデュオンはつがいという存在を、つがいである美桜を大切に思っているらしいということはひしひしと伝わってきた。
 不思議だった。デュオンとは出会ったばかりなのに、こうして濃密な時間を過ごすことがごく自然なことのように感じられる。
 それはデュオンの外見に惹かれているからなのか、たましいの片割れだからなのか。今の美桜には分からない。

「それにしても、生まれた時から夫婦だなんて……」

 だとしたら、あのテトラにもつがいがいるのだろうか? そんな疑問が湧いたが、テトラの名前を口に出すなとついさっき釘を刺されたところだったと思い出し、ギリギリのところで口をつぐんだ。
 デュオンは大きな手で美桜の頬、こめかみ、髪を愛おしげに撫でた。軽く触れられているだけだというのに、あまりにも心地良くて、美桜は思わずほだされてしまいそうになる。
 ふと、下腹部にキュンとした切なさを覚えた。

(こんな風に男の人と触れ合うの、久しぶりだから……しかも、こんな美形が相手なら仕方ないよね……)

 うっとりとし始めた美桜をよそに、デュオンは言葉を続ける。

「他の死神と違い、つがいのいない俺はこの百年以上を耐え難い渇きの中で過ごして来た。死神のたましいの渇きを癒せるのは、つがいとの交わりだけだからな」

 鼻先が触れそうな距離で、狂おしいほどの熱が込められた眼差しを向けられ、美桜の心臓が一際大きく跳ねた。


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