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5. 私の伴侶となってくださるキリアン様ですわ
しおりを挟むメノーシェ伯爵邸に到着し、一足先に護衛の一人が主人へ報告のために邸内へと入っていった。
暫くすると髪を振り乱して息を切らし急いだ様子の伯爵や、小走りの夫人とマルセルが馬車へと近寄ってきたのだった。
馬車の小窓からそれを見たジュリエットが先に降車したのである。
「お父様! お父様のお陰で私は理想の伴侶を見つけ出すことができましたわ! 感謝いたします」
「そうか! お前も気に入ったのか!」
「はい、とても。早速婚約の申請を行って……いえ、私はすぐにでも婚姻を結びたく存じます」
まさかそんなに早く真実の愛を見つけられるとは思ってもみなかった伯爵家一同は驚きを隠せない様子でジュリエットに声を掛ける。
それでも伯爵だけは密かに企てた作戦が上手くいったことに人知れず満足げに口元を緩めていたのだが。
「そうかそうか、そんなに気に入ったのか。先方もすぐにでもとのことだ。ちょうど良かった」
「……? とにかく、私の愛するお方をご覧になってくださいませ。とても正義感が強く、私の理想のお顔をされたお方なのです」
そう言って自信満々に振り向くジュリエットが馬車の中に残されたキリアンに声を掛ければ、脇を囲む護衛に促されたキリアンはのろのろと馬車から降りてきたのだった。
そして苦虫を噛み潰したような表情で、笑顔で迎えるジュリエットの横に立った。
「お父様! 私の伴侶となってくださるキリアン様ですわ!」
ここぞとばかりに胸を張ってキリアンを紹介したジュリエットを他所に、伯爵は大きく瞠った目を白黒させて顔を青褪めさせたのだった。
「誰だ?」
呆然として呟く伯爵に、名前が聞こえなかったのかとジュリエットは再び紹介する。
「私の伴侶となってくださるキリアン様ですわ!」
「一体誰だーーーーーーーーーッ!」
「キャッ!」
思わぬタイミングで突然伯爵が発した大声に驚いたジュリエットは、思わず横に立つキリアンの硬い腕に縋りついた。
キリアンも、突然のことに瞠目して縋るジュリエットを振り解くことなく狼狽する伯爵を見つめている。
「お、お父様? どうなさったの?」
「誰なんだ……。ピエール殿はどうなったのだ……。なぜ……」
血の気の引いた真っ白な顔になってブツブツと独り言を呟く父の姿に、ジュリエットは訳も分からないままその場を動く事ができずにいた。
――ガラガラガラガラ……
その時車輪が勢いよく地面を噛む荒っぽい音が聞こえてきた。
皆がそちらに目をやれば、伯爵邸の前にもう一台馬車が停まって中から一人の男が踏み台を強く踏み締めてツカツカとジュリエット達の方へと歩いてきたのだ。
「ジュリエット嬢! そのような下賤の男など貴女のように美しい深窓の令嬢には相応しくありません! すぐに離れなさい!」
突然現れたと思えば両の拳を強く握ってそう叫んだ男は、明るい金髪の癖毛を肩まで伸ばして強い怒りにそれを震わせていた。
そしてまるで海のような青い目をギラギラと怒りに燃え盛らせている。
「どなた?」
「ピエール殿! 一体どういうことですか⁉︎ 貴方がジュリエットを暴漢に扮した護衛から颯爽と救うという作戦を立てたのではないですか! 何故だか娘は全く知らない男を連れ帰ったのですぞ!」
よく分からぬ事態に小首を傾げてピエールと呼ばれた男を見つめるジュリエットと、握った拳を震わせながら今度は顔を白から真っ赤にして怒鳴る伯爵。
そしてキリアンへ嫉妬の光を帯びた目つきを向けるピエールという、まるでそこは生き地獄のような光景となった。
そんな中をジュリエットに腕を掴まれたままのキリアンは、また面倒なことになったというように大きくため息を吐いたのだった。
「私の護衛がジュリエット嬢に声を掛ける前に、そこの不埒な輩が彼女に接触したのです! 私はよりロマンチックな出会いを計画してタイミングを見計らっていたのに! こんなことは無効だ! 認められる訳がない!」
そう叫ぶピエールを見て、ジュリエットはやっと伯爵がしようとしていたことを知ったのだ。
このピエールという男は、よく見れば今日伯爵が見せた最後の姿絵でジュリエットが『悪党のよう』と揶揄した気障な笑顔の男だったのだから。
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