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43. 久しぶりのティエリーの街。今度こそは馴染んでおります
しおりを挟むジョブスの準備した馬車はジャンが御者となって、クッションなど意味をなさないほどにガタガタと揺れて木々が生い茂り薄暗い森の中を走った。
そしてジュリエットが来た時と同じ道を今度は逆行する。
以前よりもその道のりが早く感じたのは、一度通った道だったからかも知れない。
そのうち馬車はティエリーの街に着いた。
相変わらず賑やかな商業の街には多くの人が行き交っている。
馬車から降りたジュリエットは、感慨深い様子できょろきと周りを見渡した。
「不思議ですわね。はや三ヶ月も経ったのですか」
「そうだね。お嬢は随分と集落に馴染んで頭領の妻として皆も認めてる。あの時にはそこまでは想像してなかったなあ」
馬車から降りるジュリエットをエスコートするジャンは、細い目を細めて新緑のような色の瞳は優しげにジュリエットを見た。
「キリアン様に愛していただけるように努力しているだけですわ。とても不純な動機です」
苦笑いを零すジュリエットは、馬車から降りたところでガクッ!と足を脱力させた。
「きゃ……っ!」
「お嬢! 大丈夫?」
すぐに近くにいたジャンが支えたので転ぶこともなく、ジュリエットは笑う。
「久しぶりに馬車に乗ったものですからふらついてしまいました。ごめんあそばせ」
「びっくりしたよ。大丈夫か? 歩ける?」
「はい、もう大丈夫です」
時々ジュリエットの脚はこのようになることが増えた。
人魚の呪いが徐々に身体を侵食している。
鱗は他の場所にも見られるようになった。
キリアンを想って泣いた時に違和感を感じた。
ふと何かと思えば、涙ではなく小さな真珠が枕元に零れていた。
よくよく気をつけて見てみれば、涙が瞳の外に出た際にすぐ固まって大きさのまばらな真珠に変わっていた。
そうして集まった真珠は見つからないように瓶詰めにして、ジュリエットの衣服を入れているチェストに隠した。
「さあ、参りましょう」
ジュリエットは誰にも相談していない。
周囲を信用していない訳ではなく、話すことで悲しませるのが嫌なのだ。
それほどに集落の人々はジュリエットにとっても大切な存在であった。
ティエリーの街中には人が溢れている。
活気ある街並みは三ヶ月前と何ら変わりない。
そしてエマ婆さんの商店に着いたとき、店先でうたた寝をする白髪で顔に深い皺の刻み込まれた女性にジャンが声を掛ける。
「エマ婆さん、起きろよ」
前と同じ皺の目立つ目元がピクピクと動き、やがて少し濁った色の目を開けた老女は嗄れた声で答えた。
「ジャンと、ああキリアンの……。確かジュリエットと言ったか」
「ごきげんよう、エマおばあさん」
ジュリエットはその場で丁寧なお辞儀をした。
エマ婆さんは目を見開いて、それからとクックックっと押し殺すように笑うのであった。
「随分と集落に馴染んだんだね。アンが色々と教えたのかい。三ヶ月もたちゃあ、貴族のお嬢様もうまくキリアンの嫁になれるもんだね」
「エマ婆さん、俺は裏に用事があるから、お嬢を見ててくれよ」
そう言ってジャンは店の裏手へと回って行った。
「裏?」
不思議そうに首を傾げるジュリエットに、エマ婆さんは笑って答えた。
「裏口があってね、店の中に息子たちがいるのさ」
「そうなのですね」
店先の品をぐるり見渡すが、やはり変わったものが並べられている。
到底何に使うか分からないものも多い。
暫く談笑した後に、エマ婆さんはジュリエットに尋ねた。
「あんた、なんかやらかしたせいでキリアンのところに来たのかい?」
「はい? そのようなことはありませんけれど……。どうしてですか?」
「最近この街にはあんたを探してる奴らがいるのさ」
皺の刻まれた目を眇めてエマ婆さんはジュリエットを見つめた。
「どなたが私をお探しなのか検討もつきませんわ」
「そうかい。それなら十分気をつけな。ジャンにも息子たちの方から話してるだろうが、どんな輩が探してるのか分かんないなんて薄気味悪いからね。身なりの良い奴らだって話だから貴族じゃないのかい」
ジュリエットは色々と思い起こしてみるが、思い当たらなかった。
「ジュリエット、あんたみたいなお嬢様には分からないかもしれないが、世の中には信じられないくらいに悪いことを考える奴らもいるもんさ。一方的に怒りをぶつけてくる奴もね」
「分かりました。ご忠告痛み入りますわ」
そんな話だけでなく、集落の様子を話していたらほどなくしてジャンが戻ってくる。
「悪いね。もう終わったから……、エマ婆さんとの再会も終わった?」
「はい、とても有意義でしたわ」
ニコリと笑うジャンはジュリエットを守るように近くに寄った。
先ほどエマ婆さんの言っていたことは、思いの外芳しくない状況なのだろう。
「それでは、また機会がございましたら次はキリアン様と参りますわ。お元気で」
「ああ、あんたに幸運を。ジュリエット」
エマ婆さんの濁った瞳は少し離れたジュリエットの笑顔を映しているのかは分からない。
去って行く若者の方を見つめながら、エマ婆さんはポツリと呟いた。
「なんにもなけりゃいいけどねえ……」
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