44 / 67
44. 下衆の女と下衆の男
しおりを挟む――ジュリエットとジャンがティエリーを出て伯爵邸に向かっていた頃、街の中でも治安の悪いと言われる昼間から営業している娼館や酒場のある通り。
ティエリーの街中には多くの人が行き交っているが最近になって特に目立つのは、いかにも貴族の従者というような風体の男たちが一人の女を探していることであった。
なかなか有力な情報が得られずに、焦った従者たちは手分けしてこの治安の悪い通りにまでやってきたのだった。
「このような外見の女で、森の集落に住んでいるらしいのだが知らないか? または森の集落について何か知っていることは?」
その従者は生地も仕立ても良い服を身につけて、紙の姿絵にはローズピンク色の長い髪と紫色の瞳を持った娘が描かれている。
大概の街行く人々は知らないと答えるか、無視して通り過ぎていた。
「おい、そこの娼婦。このような外見の女で、森の集落に住んでいるらしいのだが知らないか? または森の集落について何か知っていることは?」
件の従者が、道端で男たちに声をかける『立ちんぼ』をしていた赤毛の娼婦に話しかける。
「商売相手じゃない奴とは話す気はないよ! あら? ……これって……、ジュリエットじゃない」
「知ってるのか⁉︎ この女を。そうだ、名はジュリエット。元は貴族の女だ。どこにいる?」
つり目がちで茶色の瞳の娼婦は、さも面白いことを見つけた子どものように口の端を上げて笑う。
「教えてあげてもいいけど。あんたのご主人様はお金くれる? それに、なんでその女を探してるのか教えてくれたらね」
「なに? クソっ! 足元見やがって! 主人は高貴なお方だ。お前のような娼婦が会えるような方ではない」
「それなら知らないわ。私はジュリエットが見つからなくても困らないものね」
何日も前からジュリエットを探し続けている従者は疲労困憊であった。
主人であるピエール・ド・グロセ伯爵令息からは早く見つけろとせっつかれていたし、何故貴族の従者である自分がこのように人探しなどしなければならないのかと不満を抱いていたのだ。
「分かった。主人に会わせよう。本当にジュリエットを知っているんだな?」
「知ってるも何も、世の中で一番ムカつく女よ」
従者は急いで他の従者に事情を話し、急ぎピエールへと取り次ぐように伝えた。
「私にも運が向いて来たわ。こんなところで娼婦なんかしたって、集落で働くよりは儲かったとしても大した稼ぎにはならないもの。それより、相手は誰だか知らないけどムカつくあの女を売って金にする方がいいわ。うふふ……」
アリーナは集落での地味な仕事を嫌い、週に何日かはティエリーで娼婦として過ごしていた。
キリアンがアリーナと関係を持ったのは他の女と同じ程度のことであったが、アリーナは自分が特別なのだと思っている。
それが、ジュリエットが現れてからというもの自分のキリアンとの未来がめちゃくちゃになったと思い込んでいるのだ。
翌日、アリーナはティエリーにあるとある宿の一室で従者の主人と会うことになった。
部屋はアリーナが利用したことがないほどの豪華なもので、調度品も庶民の宿とは全く違っている。
フカフカのビロード張りのソファーに座って室内を見回していたアリーナは、貴族と庶民の差をまじまじと感じるのであった。
それによって尚更に元々は貴族であったジュリエットが、キリアンの妻になるために何の不自由もない生活を簡単に捨てたことに苛立つのである。
いくらキリアンのことを好いていてもアリーナにはそのようなことはできないと分かっているから尚更にジュリエットが憎らしかったのであろう。
「フンっ! こんな生活が当たり前なお嬢様が……馬鹿ね」
そう言ってアリーナは鼻で笑った。
まもなく扉が開いて、いかにも貴族といった身なりの肩まで癖のある金髪を伸ばした碧眼の男ピエールが入ってくる。
「お前がジュリエットの行方を知っていると?」
「そうよ。それで? いくらくれるの?」
「待て。森の集落は隠れ里のようなもので、なかなか見つからないと聞いた。道のりは分かるのか?」
ピエールは赤毛の娼婦を疑いの目で見つめた。
従者たちが何日も探して見つからなかった森の集落。
本当にこんな場末の娼婦が知っているのか甚だ疑問であった。
「集落の場所は教えられない。でも、あの女を呼び出すことなら出来るわよ」
「本当か?」
「ええ。ところで何故あの女を探してるの?」
「元々あの女は私のものだった。元の通りに戻るだけだ。それ以上は聞かない方が身のためだぞ」
アリーナは茶色のつり目でじっと青い瞳を見つめた。
「分かったわ。もし呼び出すんならそれなりに報酬はいただくわよ」
「いいだろう。二日後の夜にこの街の外れに馬車を停める。そこに連れて来い。傷はつけるなよ」
「報酬は五百万ギルよ。すぐ払える?」
燃えるような赤毛のアリーナはそれだけでも十分に悪女らしい風体であったが、自分の憎い相手の代わりに金が手に入るという喜びがより醜い表情を作り出していた。
「半分は今払おう。もう半分は成功報酬だ」
「ケチね。まあいいわ」
「話は終わりだ。さっさと出て行け」
ピエールはプライドの高い貴族であったから、このような下賤の者に少しでも時間を割くのが苦痛であった。
「あら? 遊ばなくていいの? 割と私身体には自信あるけど」
「一刻も早く去れ」
冷徹な眼差しでアリーナを睨みつけたピエールは、従者に指示してアリーナを部屋の外に放り出した。
アリーナは眉間に皺を寄せて恐ろしい形相をしながらも金の為かすんなりと引き下がった。
「下賤の者め。私に相応しいのはジュリエット嬢のような高貴な血筋の美しい者だけだ」
もうすぐ手に入る玩具に喜びの気持ちを抑えきれない様子のピエールは、恍惚とした表情で備え付けの酒を煽った。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる