10 / 53
10. ルネとプリシラ
しおりを挟む「あら、懲りずに今日も来たの? 昨日は全て私が売ってあげたわよ。さ、今日もそれを寄越しなさい」
王城の入り口横の建物の影に隠れるようにして、プリシラはルネに詰め寄った。
だが、今日のルネは怯む事なく毅然とした態度で答えた。
「お断りします。今日は自分で皆さんにお渡しします。貴女のことは誰にも話したりしませんから。もうそっとしておいてください」
そんなルネの態度に驚きつつも、プリシラはワナワナと握り拳を震わせて声を荒らげた。
柔らかなウェーブを描く金髪は、ブワッと逆立ったように見える。
「何ですって⁉︎ えらく強気じゃない。ちょっとユーゴ様に気に入られているからって、調子に乗って!」
またプリシラはルネを突き飛ばそうと、足音を立てて近づいた。
しかしルネは逃げる事なく、真っ直ぐにプリシラの青い瞳を見つめる。
「どうして貴女はそんなに焦っているのです?」
ルネがそう口にすると、プリシラは一瞬目を見開いてから手を振り上げる。
次の瞬間、バチン! と乾いた音が響いて、右を向いたルネの左頬は赤く染まった。
プリシラも己の右手を掴んだまま、顔を赤く染めて歯を食いしばっている。
「焦ってなんかいないわ! たかがパン屋の娘のくせに! 私の父はユーゴ様の上官だったんだから! アンタがいくら擦り寄ったって、私とユーゴ様の未来は決まってるんだからね!」
頬は確かに痛んだが、ルネはこれでプリシラの気が済んで去ってくれれば僥倖と、グッと涙を堪えて動かずにいた。
「あれ? ルネちゃん? ……と、プリシラ殿?」
そんな二人の背に、聞き慣れた副長ポールの声が届く。
しかしさすがのプリシラは、さっと表情を繕って振り返った。
「あら、ポール様! こんなところまで、どうなさったんですか?」
「いや、団長が『入り口にルネが来ているか見て来い』と言うもんだから……」
「そうでしたか! ちょうど良かった。ルネさんが具合が悪いみたいで。私が代わりにパンをお持ちしようかと話していたところなんですよ」
いけしゃあしゃあと適当な嘘を吐くプリシラに、ルネはどうしたものかと考えている様子。
下手な事を言って揉め事にすれば、ユーゴに迷惑がかかるのではないかと、すぐに口を開けずにいた。
「えっ⁉︎ そうなの? ルネちゃん、大丈夫?」
「ルネさんには、今日は帰って休むようにとお話していたところです!」
ルネが答える前に、プリシラはポールの前に飛び出して身振り手振りを合わせて弁明する。
「いや、それにしても……。団長が心配しているから、良かったら治療室で休んで行けばいいよ。腕の良い先生も午後からなら来てくれるから」
「……いえ、大丈夫です」
その腕の良い先生が、まさか目の前の人間と同一人物だとは思いも寄らないポールは、そう言ってルネを誘う。
「ほら、荷車は引いて行くからさ、団長のところまで行こう」
「でも……」
緑色の優しげな目を細めて、ポールはルネに手を差し伸べる。
「ポール様! でも、ルネさんはパンを売れる体調ではなさそうですわ!」
そんな様子に慌てたプリシラは、ルネを心配するような言葉を選んでポールへ抗議する。
「それなら、またプリシラ殿がパンを売ってくれますよね?」
「え……っ?」
「やはり優しいなあ、プリシラ殿は。ルネちゃんの為にそこまで熱心になれるなんて」
「……ええ、まあ」
「それでは、ルネちゃん。心配してる団長のところへ」
結局、何故かポールが荷車を引いて、プリシラとルネはその後ろをついて歩いた。
途中プリシラは何度もルネに口をパクパクさせて、何か言いたげにしていたが、本当に何が言いたいのか伝わらなかった様子のルネは、首を傾げるだけであった。
「団長、ルネちゃん連れて来ましたよ。なんか体調が悪いらしいです」
駐屯地に入るなり、腕を組み仁王立ちして待っていた様子のユーゴにポールが報告する。
途端にユーゴは姿勢を崩し、ルネの方を見やる。
「大丈夫なのか? 昨日来なかったのも、体調が悪かったのか?」
顔は相変わらず無愛想であったが、ユーゴの声音は心配している様子が伝わる。
「あ……、はい。実はそうなんです」
ルネにプリシラの事を伝える気は無かった。
彼女は、何よりもユーゴを困らせたくないのだ。
「今日のパンは昨日に引き続き、プリシラ殿が代わりに売ってくれるそうです。それで、午後には先生が来るじゃないですか? だからルネちゃんを診て貰えばいいかなって思うんですけど……」
そんなポールの提案に、ユーゴは大きく頷いた。
実はこの国には薬師が少ない事もあって、王城に勤める者や市井の民も治療を受けられるよう、騎士団の治療室は一般に開放されているのだ。
「それがいい。先生は腕の良い薬師だから、すぐに良くなるはずだ」
パン屋のルネの姿で、もう一人の自分である薬師のヴェラの事を褒められて、ルネは気恥ずかしい思いであった。
「ありがとうございます……」
そんなルネとユーゴのやりとりを、プリシラは凍てつくように冷めた目で見ていた。
そしてこれ以降、パン屋のルネが駐屯地にパンを売りに来ることはなくなったのである。
20
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
記憶喪失の私はギルマス(強面)に拾われました【バレンタインSS投下】
かのこkanoko
恋愛
記憶喪失の私が強面のギルドマスターに拾われました。
名前も年齢も住んでた町も覚えてません。
ただ、ギルマスは何だか私のストライクゾーンな気がするんですが。
プロット無しで始める異世界ゆるゆるラブコメになる予定の話です。
小説家になろう様にも公開してます。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
異世界は『一妻多夫制』!?溺愛にすら免疫がない私にたくさんの夫は無理です!?
すずなり。
恋愛
ひょんなことから異世界で赤ちゃんに生まれ変わった私。
一人の男の人に拾われて育ててもらうけど・・・成人するくらいから回りがなんだかおかしなことに・・・。
「俺とデートしない?」
「僕と一緒にいようよ。」
「俺だけがお前を守れる。」
(なんでそんなことを私にばっかり言うの!?)
そんなことを思ってる時、父親である『シャガ』が口を開いた。
「何言ってんだ?この世界は男が多くて女が少ない。たくさん子供を産んでもらうために、何人とでも結婚していいんだぞ?」
「・・・・へ!?」
『一妻多夫制』の世界で私はどうなるの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界とはなんの関係もありません。
※誤字脱字・表現不足は重々承知しております。日々精進いたしますのでご容赦ください。
ただただ暇つぶしに楽しんでいただけると幸いです。すずなり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる