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22. ひとひらの誓い
しおりを挟むいつの間にか眠っていた。
二、三度瞬きしてから目を開けると、見慣れないレースカーテン越しにまだまだ薄暗い空が見える。
壁の時計はまだ朝の四時過ぎを示していた。
ふと、自分の身体を意識する。いつもより熱く、重たく、甘い疲労が全身を包んでいる。
(……夢じゃ、ないんだ)
隣に寝息を立てる人がいる。ベッドの中、私をしっかりと腕の中に抱き込んだまま、静かに眠る礼司さん。
裸の肌と肌が触れ合っている。彼の体温が、私の奥の奥まで染み込んでいるみたいで、思わず胸がいっぱいになった。
──昨夜、私達は結ばれた。付き合っていた頃でさえ、飛び越えられなかったその一線を、初めて。
それもただ求め合うだけじゃない。互いのすべてを受け入れ、抱きしめた、愛し合ったと言える夜だった。
自分の言動を思い出し、頬がじんわりと熱くなる。
「……起きたのか?」
私の大好きな、低く掠れた声が耳に触れる。
顔を上げると、礼司さんが目を細めて私を見つめていた。眼鏡はしていない。裸の瞳で、まるで私だけを映しているみたいに。
「おはようございます……」
掛布で顔を半分隠し、小さな声でそう言うと、礼司さんはふっと微笑み、私の額にそっとキスを落とした。
彼は私の額にキスをするのが好きみたい。それは昔から変わらない、何かの誓いのような神聖な儀式。
「おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「……はい」
本当はあまり眠れなかった。嬉し過ぎて、夜中に何度も目が覚めて、その度に彼の胸に顔を寄せたのだ。
けれどそんなこと、恥ずかしくてとても言えなかった。だからただ頷いただけの私の髪を、礼司さんはそっと撫でる。
その手つきがあまりに優しくて、あたたかくて――また涙が滲みそうになる。
彼の前だと何故かすぐに感情が昂って、悲しくなんてないのに涙が出そうになってしまう。
「……静香」
礼司さんが低く私の名前を呼ぶ。ゆっくりと、ためらいがちに、私の頬を両手で包み込んで――
「もう二度と、お前を手放すなんてことは……俺には出来ない」
囁きながら、額をそっと重ねてきた。まるで祈るみたいに、震える吐息を私に預けて。
「だけど静香、お前は自由だ。でも……覚えておけ。自由なまま、俺の腕に抱かれていてくれ」
静かに、けれどひどく深い意図を持って、何かに誓うように礼司さんは言った。
乞うような眼差しと声色に、どれだけの愛が込められているのだろう。
(……こんなに想ってくれてる)
胸の奥が、ぎゅうっと締め付けられる。もう迷う必要なんてない。
素直に、自分の気持ちに正直なっても大丈夫。
「私を離さないで……これからも、ずっと傍にいてください」
私達の夫婦としての始まりは、結婚式も、大勢の祝福もなかった。ただ二人で契約結婚の為にと婚姻届にサインしただけ。
だけど今、私は礼司さんと本当の夫婦になった気がした。誰もいなくて、二人だけでも、この誓いは何よりも尊く、守られるもの。
「私、もう……逃げないから」
礼司さんはギュッと、痛いくらいに強く私を抱きしめた。普段は冷静な人なのに、その感情の昂りが嬉しくて、愛おしい。
「当たり前だ。たとえ静香がどこに逃げても、俺が必ず捕まえる。やっとこの手に舞い戻ってきたんだから」
耳元で微かに震える声でそう囁かれて、私は全身を包み込む幸福感に煽られるようにして、涙ぐんだ。
(私……これから先ずっと、礼司さんの隣でいられるんだ)
優しい朝だった。愛しさに溺れる朝だった。もう、どこにも行かない。もう、二人は離れないのだと実感出来た。
(もっと、強くなりたい……この人に相応しい妻であるように)
そしてこれからはどんな風が吹いても、どんな雨が降っても、私は礼司さんの一番近くにいる。
あなたと交わした、たったひとひらの、小さな誓いを抱いて。
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