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35. 幸せが滲む朝
しおりを挟むまどろみの中で、私はそっと目を開ける。外はもう、空が白み始めているようだった。
(……夢じゃない)
隣にあるぬくもり。しっかりと抱き締められている感触。頬に触れた指先の主が、誰なのかなんて、目を開ける前から分かっていた。
「おはよう、静香」
耳元で囁かれる低い声。眼鏡を外した礼司さんの顔が、すぐそこにあった。
「……おはようございます」
掠れる声でそう返すと、礼司さんは目元だけでふっと笑って、もう一度私を抱き寄せる。
「昨日……ひどくし過ぎたか?」
からかうような声色に、私は思わず顔を伏せた。
「……そんなこと、ありません」
むしろ。と、そこまで言いかけて、声が詰まる。恥ずかしくて、でも幸福で、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「このまま……ずっとこうしていられたらいいな」
呟く言ったその一言は、きっと本音だったのだろう。礼司さんの腕に、ぎゅっと力がこもったのがわかった。
「……静香」
名前を呼ばれるたびに、どうしてこんなに心が揺れるのだろう。愛しさに溺れて、何も言えなくなりそうで――私は、そっと礼司さんの胸元に顔を埋めた。
(毎日、一日中ずっとこうしていられるはずがない。でも、今は)
ほんの少しだけ、今朝くらいは、甘えていたい。
「昨日、すごく……綺麗だった」
「……ッ」
そんな言葉まで囁かれて、私は枕に顔を埋めてしまった。裸の背中に触れる掌が、ゆっくりと私を抱き寄せてくる。
「……もう少しだけ、こうしていてもいいか?」
礼司さんにしては珍しく、寝起き特有の緩んだトーンが耳元をくすぐる。
昨夜、何度も何度も名前を呼ばれた。痛みのない、ただ愛に満ちた結びつきのあと。私はまだ夢を見ているような気持ちで、彼の腕に甘える。
「礼司さん……お仕事、遅れますよ……?」
そう言いながらも、身体は彼に抗えない。腕の中の温もりが心地よすぎて、逃れようとする気力さえ奪われていく。
「……わかってる。でも……もう少しだけ。ちゃんと静香を補給したい」
恥ずかしくなるような言葉を、さらりと耳元で囁かれる。けれど今朝の私は、もうあの頃の私じゃない。
「……私も」
心からそう言えて、自分の胸の奥にじんわりと満ちる幸福に気づく。
結局、彼はいつもの出勤時間を少し過ぎて、ようやくベッドを抜け出した。身支度の最中、スーツの袖に手を通しながら、眼鏡越しに私の方をちらりと見てくる。
「今夜は早く帰る。待っててくれるか?」
そう言われて、私は静かに頷いた。
彼を見送ったあと、私はふとスマートフォンのカレンダーを開く。十日後に『誕生日』の文字。
(礼司さんの……お誕生日)
そっと胸に手を当てた。昨夜、私をあんなにも優しく、でも情熱的に抱いてくれた人。
(何か……私にできることを)
そう思って、私は静かに立ち上がる。今日は、礼司さんのプレゼントを選びに行こうと。
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