あの日、心が動いた

蓮恭

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2. 一花からー!

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 突然の申し出にこちらも思わず眉間にぎゅぎゅっと皺が寄る。チラリと双子達に目をやれば、ちゃっかりインターホンの声を聞いている。こちらに訴えかけるような目を向けて、大きくうんうんと頷いていた。左右を捻った飴玉みたいな髪型の二人とも。
 そうか、よほどその髪型が嫌なのか。

「はぁ……。本当にいいんですか?」

 隣人とはいえ、このシングルファザーとは特に親しい訳ではない。会えば挨拶はするが、もちろんお互いの家の行き来だってした事はない。けれどこれ以上双子達の希望に沿う様な髪の結い方を俺には出来ないし、そうなればまた大声の応酬になるだろう。
 しかしまだ悩んでいる俺の気配を感じとってか、隣人は先手を打った。

「遠慮なさらず。僕は慣れていますから」
「じゃあ……お願いします」

 玄関に向かい、散らばった双子達の靴を踏まない様にしてつま先歩きで近寄った扉を開ける。
 外の空気がすうっと流れ込んできた。

「おはようございます。あの、突然伺ってすみません。でも何だかほっとけなくて……」

 そう言って笑う隣人の男は、再び眼鏡を指で押し上げた。先程は見えなかったがその背後には髪の長い小さな女の子が隠れる様にして立っていて、その髪型は複雑な編み方をしていた。どうやら俺より断然上手く髪が結えそうだ。

「……すみません。お願いします」
「では、おじゃましますね」
「どうぞ」

 俺の返事を聞いてから中へ入ろうとした男は、玄関に散らばる子ども靴の数々を見て足を止める。
 足の踏み場もないほどにあちこちに散らばった子ども靴、何人子どもがいるんだと思われそうだ。
 人が来る予定も無かったから、ついついそのままにしていた。

「ちょっと待ってくださいね……っ!」

 焦った俺は、急いで作り付けのシューズボックスの中へとポイポイ靴を放り込んでいく。双子の靴は同じデザインの物が二つずつあって、中でどっちがどっちのか分からなくなったかも知れない。けれど、この緊急事態にはそれも致し方ないだろう。
 あとで覚えたての神経衰弱でもさせりゃあいい。

「はぁ……はぁ……。散らかっててすみません。ど、どうぞ……」
「すみません、お邪魔します」

 男は丁寧にそう言うと、いかにも優等生みたいなお辞儀をした。まるで俺とは正反対の人間だ。女の子が入った後にドアを閉めていたら、必然的に男が一番先頭になって廊下を進む事になった。狭い廊下で入れ替わるのも面倒で、ちょっと戸惑っている風な男に「そのまま進め」と顎をしゃくって合図する。

「では、進ませてもらいます」

 自分の部屋と恐らく同じ間取りの俺の部屋を、リビングの方へと真っ直ぐに進んでいく。その後ろから双子達と同じくらいの年齢の女の子がついて行く。
 隣人の娘だ。確か……名前は芽衣めい。以前共用廊下で会った時にそう呼ばれていたはずだ。
 
 双子達のいるダイニングに入るなり、男は一瞬動きを止めた。流石にこの荒れ果てた家の中に他人を入れるのは無謀だったかも知れない。そう考えた時、突然男がガバリと身体を折る。さっき俺に挨拶した時よりもよほど丁寧なその仕草に思わず呆気に取られた。

「おはようございます! え……っと、僕は高橋渉たかはしわたると言います! 君達の髪の毛を結いに来ました!」

 双子は同じ顔をキョトンとさせて、数秒後には嬉しそうに笑った。俺でも見た事がないような顔だ。何だか無性に腹が立つ。

「タカハシさん、髪結べるの?」
「あ! その子の髪可愛い!」
「えー! 一花いちかもそんな髪にして欲しいなぁ!」
「あ! それなら百花ももかもー!」

 順番にセリフを言うのは双子の性質なのか? コイツらが生まれる前に別れた父親の俺には、まだ知らない事や慣れない事が多過ぎる。
 朝からのドタバタ騒ぎで一気に疲れて椅子に座り込んだ。

「では、順番にしていきましょう。どちらからしますか?」
「一花からー!」

 双子の一花と百花は、一花の方が姉で百花が妹だ。だからなのか、何でも「一花から」という事が多い。ジュースを選ぶ時も、弁当を選ぶ時も。それだってコイツらが勝手に決めているのか、それとも母親の朱里がそうやって躾をしていたのか、俺にはもう知る術がなかった。
 
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