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15. パ……パパです
しおりを挟む義母を連れて救急外来へ戻り、体感ではかなり長い時間を待った。
途中何度も義母の体調を気にしつつも、お互い口数は少ない。「藤森さん」と看護師に呼ばれた時には、やっと朱里に会えると思って肩の力が抜けた。
「え……?」
二人で医師からの説明を受け、義母はショックのあまり車椅子の上で意識を無くした。
俺の方はというと倒れる事は無かったもののすうっと血の気が引く思いがして近くにあった車椅子に捕まり、何とか崩れ落ちるのを堪える。
朱里は信じられないくらい呆気なく死んでしまった。
医師の説明によると、ここに運ばれた時には朱里は大動脈解離というものを起こした状態で、ひどい体の痛みを訴えていたのもそのせいだったらしい。
大動脈という太い血管が裂けるのは年寄りに多い病気だというが、若い朱里が何故そうなったのか。医師が丁寧に説明してくれたけど、俺には全てを理解するのが難しかった。
けれどどうやら朱里の場合は、血管に炎症が起こる他の病気が引き金になったという事は分かった。自分がそんな病気だと、本人も気づいていなかったのだろうと言われた。
「そういえば何だか熱っぽくて身体がだるいとか、全身が痛むって言っていた。でもきっと疲れか喘息のせいねって話していたのよ。痛みは接骨院に行くから大丈夫って……」
意識を取り戻した義母と俺は朱里の遺体と対面した。
消毒液やなんかの病院らしい匂いがいやに鼻についた。義母は娘の病気の予兆に気付けなかった事を後悔しているようだった。
今日の午前中には俺と話をしていたというのに、もうこの世に朱里が居ないというのが信じられない。義母は不自由な手を懸命に動かし、両手で朱里の顔を包み込んで泣き崩れた。
「ごめんね、気付かなくてごめんねぇ! まさかこんな事になるなんて! 朱里! どうして……!」
義母の悲痛な叫びは俺だけでなく、そばにいた看護師の涙も誘う。
まだ若過ぎる朱里に訪れた突然の死は、あまりにも衝撃的な出来事だった。
最後までひどい痛みがあったのだろうか。眉間に少しだけ皺を寄せ、苦しげな顔の朱里が「お母さん、何泣いてるの。そんなにくっついたら苦しいよ」と今にも喋り出しそうに見えるのに。
目の前の朱里を見ても、そこにもう命が無いなんて思えなかった。もう二度とあの黒目がちな瞳を開く事はない。そう思うと辛くて苦しくて、子どもの頃以来に俺は声を漏らして泣いた。
その後は義母に言われるがまま葬儀屋に連絡して、朱里の遺体は藤森の家に帰って来た。
もちろん俺がこの家に足を踏み入れるのも久しぶりだ。
「あぁ、そろそろ子ども達を迎えに行かないと……」
「俺が行きます。保育園はどこですか?」
「でも……」
戸惑った様子を見せた義母の表情で、母親を亡くしたばかりの双子達が、俺の存在をどう思うのかを心配しているのだと理解する。
今まで居なかった父親が突然現れたら……。
けれど俺も心を決めた。本当につい数時間前まで、朱里と子ども達と一緒に家族をやり直そうと思っていた。それがもう二度と叶わなくなったのならば、せめてこれから子ども達は俺が守ってやろうと。
「あなたはそれでいいの? 大変よ、双子だしどちらも女の子だから。朱里も苦労していたわ」
「勝手を言ってすみません。けど、お願いします。許可していただけませんか?」
義母は身体が不自由で、その上今は入院している身だ。孫の面倒を見るのは無理だし、そうなると二人は俺のように児童養護施設に入れられてしまう事になる。そんな寂しい目には遭って欲しくなかった。
「お義母さん、頼みます。もう一度、俺をあなた達の家族にして貰えませんか?」
全てを整え、明日の通夜の為に和室に寝かされた朱里の横で畳に手をついた。
額を擦り付けるようにして頼む。身体に麻痺のある義母は畳に座れないからと、椅子に座って俺を見下ろしている。
「朱里も……きっとそうして欲しいと言うでしょうね。あの子は悠也くんの事が大好きだったから」
上の方から聞こえた義母の掠れ声に、また涙がジワリと溢れた。目の前にある自分の手の甲は、どんどん涙でずぶ濡れになる。
「ありがとう……ございます」
鼻の奥がツンと痛み、鼻詰まりで自分の声が他人の声みたいに聞こえた。けれど義母が許してくれた事にホッとして、また堪えきれずに嗚咽が漏れた。
「じゃあ、お迎えをお願いね。保育園には連絡をしておくから」
義母からそう言われ、急ぎ教えられた保育園に迎えに行く。
そこで対応してくれた先生に今回の事情を色々と聞かれたりもしたけれど、俺でも分かるように親切に色々な事を説明してくれた。義母に言われていたので、とりあえず明日から三日間は保育園を休む事を伝えた。
そしてその後、初めて実物の我が子と対面する事になる。
朱里から送られてくる写真より随分険しい顔つきの双子達は、俺の顔を見た途端に目をまん丸にして驚いていた。いつも通り朱里が迎えに来ると思ったのに、知らないおっさんが迎えに来たから驚いたのだろう。
「今日は代わりに迎えに来たんだ。俺は……お母さんのお友達なんだけど」
朱里が死んだ事を何と言って伝えたらいいのか、考えながら迎えに来たはずなのに、結局保育園に到着するまでに答えが出なかった。
とりあえずは双子達を連れ帰って、義母と相談しよう。父親と名乗るのだって、心配そうに先生がじっと見ている中では出来なかった。
「え? お母さんって? 一花達のママの……お友達?」
「えー、だって百花達のパパじゃないのー?」
突然双子達が発した思いもよらない言葉に、俺は言葉を失って硬直してしまう。
思わず先生の方を見て助けを求めると、困ったように僅かに微笑んで頷くだけだった。
「パ……パパです」
突然の事にものすごく混乱して、双子達の言葉をそのまま口走る。
すると双子達は、はしゃぎながら顔を見合わせては笑う。朱里の事でこれ以上無いほどに落ち込んでいた俺は、何だか肩透かしを食らった。
「ほらー、やっぱり一花のパパだよぉー」
「ほらねー、百花のパパだー」
何故だかとても嬉しそうに、二人で小さな手をパチパチと合わせて飛び跳ねる。こんなに朗らかで可愛い子ども達に、朱里が死んだ事を伝えるなんて出来るのだろうか。
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