あの日、心が動いた

蓮恭

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17. 僕、同志が欲しいだけなんですよ

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 朝六時、スマホのアラームで目を開けた。けれど時間を確認してから、もう一度目を瞑りそうになる。

「そうだ……起きないと」

 以前ならまだ眠りについていた時間だが、今の俺はそういう訳にはいかなかった。
 眠い目を擦り、隣でくっついて寝ている双子達を揺り起こす。リボンの柄をしたピンクのパジャマが二つくっついて、デカくて柔らかい別の生き物みたいだ。

「おい、起きろよ。おはよう、一花! 百花!」
「うーん……百花は起きてるよぉ」
「一花も起きてるぅ……」
「寝てるだろ。ほら、また高橋さんがお前達の髪の毛を結びに来るのに、パジャマのままでいいのか?」

 最近はこう言うと双子達が慌てて飛び起きるという事を学んだ。

「やだ! 着替える!」
「顔洗わないと!」

 こうして俺と一花、百花の三人が一緒に暮らし始めて一ヶ月。
 隣人の高橋は、あれから毎朝子ども達の髪の毛を結びに来てくれていた。お陰で双子達はさっさと朝の支度をするようになり、俺としては随分と助かっている。

 朝七時、決まった時間にピンポーンと音がすると、急いでパンを口に放り込んだ双子達は、我先にと狭い廊下を玄関をゴールに見立てて走っていく。
 俺はその後から遅れて高橋に挨拶をするのが恒例になってしまった。

「どうですか? 困っている事は他にありませんか?」
「困っている事……」

 高橋は相当お節介な性格なのか、毎朝隣人の家に子どもの髪を結ぶ為に訪れるだけでなく、他に困った事は無いのかと問う。俺としては髪を結んでもらう事だけでも十分助かっているし、すぐには思い付かなかった。

「そうですねぇ。例えば、部屋の掃除とか……」
「あぁー……。確かに、片付ける暇が無くて。ちょっと片付けしても、すぐにコイツらに汚されるし。元々掃除は苦手なんだよな」
「子どもがいるとすぐに汚れますよね。最初は僕も同じでした。良かったら、お休みの日に一緒に片付けをしましょうか?」

 ニコニコ人の良さそうな笑みを浮かべる高橋は、シングルファザー仲間が出来てとても嬉しいのだと言っていた。
 それにしても自宅の片付けまで手伝わせるのはいかがなものか。
 俺より十歳年上の経験豊富なシングルファザーは、そんな俺の心配をよそに盗み聞きしていた双子達と早速片付けの計画を立てている。

「なんか、してもらうばかりで悪いな」
「いえいえ、僕は明里さん達と仲良くなりたいんです。それに、引っ込み思案な芽衣が一花ちゃんと百花ちゃんとならお喋りになるようなので。ご迷惑でなければ……」
「迷惑とか全然思ってないけど。俺には高橋さんに返せるものがないんだよ」

 シングルファザー歴が四年になる高橋は、本当に親切心だけで俺達に良くしてくれている。
 それは分かるのだが、やってもらうばかりでは申し訳ない。何か返せるものがあれば、と常々考えていたが答えがまだ見つけられていない。

「そんな事気にしないでください。僕、同志が欲しいだけなんですよ。なかなか大人になって友人を作る機会って無いじゃないですか。隣人さんが同じシングルファザーだなんて何かの縁だと思うんです」
「はぁ……、そうですか?」
「お互いの悩みとか、相談し合えたらいいなぁと思ってるんです。そういう事、なかなか話すところがないですから」
「それくらいなら、いつでも。世話になってるんだし」

 俺がそう答えると、高橋はメガネの奥の垂れ目の瞳を糸みたいに細くして、とても嬉しそうに笑った。

「どうもありがとうございます」
「いや……、こっちこそ」
「あぁ、そろそろ帰らないと遅れますね。芽衣、帰ろう」

 双子達と一緒にいる時にはイキイキした表情をしている芽衣は、家に帰ると聞いて少し暗い表情を見せた。それでも高橋の手を握って二人で隣の部屋へと帰っていく。

「芽衣って大人しいな。四歳ってあんな感じなのかな?」

 鞄を背負う一花に帽子を手渡し、帽子を被った百花に鞄を渡した。
 この二人は一卵性の双子で顔もそっくりなのに、不思議と初めから俺は見分けがついた。
 それがまるで父親の証のようで嬉しかった事は、俺だけの秘密だ。

「一花達の方が五歳だからお姉さんだもんねー」
「芽衣は百花達の妹だよねー」
「でも、芽衣のお兄ちゃんは一花達よりお兄ちゃんなんだって」

 そういえば前に何度か見かけた事がある。芽衣みたいに大人しくて、高橋によく似たメガネをかけた男の子。ランドセルを背負っていたから小学生か。

「百花もお兄ちゃん、欲しいなぁ!」
「あー! それなら一花も!」
「いや、それは無理だから! ほら、遅刻するぞ! 急げ急げ!」

 何にも知らない無邪気な子どもの言葉に、俺は少し安心していた。
 こんな事を言うくらいだから、朱里が死んだ事もちゃんと理解出来ていない双子達だけど、それはゆっくりと時間をかけて説明していけばいい。

 今はとにかく俺との生活に慣れてくれれば。

「ママ、いってきまーす!」
「いってきまーす!」
「いってきます」

 遺影と同じ笑顔をした写真立ての中の朱里に、三人で声を掛ける。花の飾りのついた写真立ては双子達が選んだものだ。
 チェストの上の朱里に「頑張るから」と心の中で声を掛けてからアパートを出た。


 
 

 

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