あの日、心が動いた

蓮恭

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25. じゃ、また明日な

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 あれから毎日翼は夕飯を食べ終わった頃合いに俺の家へ来るようになっていた。

 その時間は双子達を二人で風呂に入らせて、風呂から出たタイミングで「今日の話はここまで」というように何となく決めている。

 捨て子の話から始まり、施設での暮らし、それに子どもの頃の話や学生の頃の話……翼に聞かれるがまま答えていたら、いつの間にかそんな風な話題に変わってきていた。

「それで今は鉄工所で働いてる……って、こんな話聞いて面白いのか?」
「うん。悠也くんの話は面白いよ。僕の知らないような事がたくさんあるし、悠也くんは僕の話もちゃんと聞いてくれるから。僕、悠也くんみたいなお兄ちゃんが欲しかったな」
「そうか? お兄ちゃんにしては年が離れすぎだろ」
「でも、お兄ちゃんがいたら困った時に助けてもらえるでしょ」

 あまりこちらからしつこく高橋との関係について聞き出すような事はしなかった。翼が話したい事だけを聞くってスタンスでやってきたけど、もしかしたらそろそろ翼も何か話したいと思っているのかも知れない。

「お父さんには話せないのか? 困ってる事や自分の気持ち」
「父さんは芽衣の世話で忙しいから。僕はもう大きいけど、芽衣はまだ小さいし」
「でも、翼だってお父さんの子どもなんだから。我慢しなくていいと思うぞ」
「芽衣は僕より可哀想なんだ。僕は母さんを覚えてるけど、芽衣は母さんを知らない。赤ちゃんの頃に死んじゃったから覚えていないんだもん。だから芽衣が父さんを独り占めしても、僕は我慢しないといけない」

 翼のその考えはひどく大人びてるようで、しかし年相応に子供っぽい。その妙にアンバランスなところが高橋親子の絡まりの一因であるように思う。

「でも、お母さんが亡くなったのは誰のせいでもないだろ。だったら翼は芽衣に遠慮せず、お父さんに甘えたらいいんだって」
「でも……」
「あのなぁ、お前は無理して大人ぶってるけどそんな事しなくていいよ。まだ十一歳だろ? 翼だってまだまだお父さんに甘えたっていいし、芽衣とお父さんの取り合いしたっていいんだよ。うちの双子達なんか常に張り合ってんぞ」
「でも……双子は同い年だし。僕はお兄ちゃんだもん」

 やっぱり大人びてるようで翼は子どもだ。時々翼の言動からそれが分かる度に思わずニヤつきそうになる。普段はツンと澄ましているけど本当に可愛い奴だ、と思って頭をグシャグシャに撫でてやった。

「翼、一花が姉ちゃんで百花が妹だぞ。双子だって姉ちゃんと妹がいるんだ。それなのにアイツら遠慮なしに俺を取り合うし、そうかと思えば二人して俺を攻撃してくるし。すげぇだろ」
「え、そうなの? 双子なのにお姉ちゃんと妹なんだ。同い年なのに?」

 心底驚いた顔をした翼は、まだまだ十一歳の子どもだ。同い年なのにお姉ちゃんと妹だという事が、ものすごく不思議な事らしい。

「そう、一花が姉ちゃん。だけど俺は『姉ちゃんなんだから』だなんて言った事はねぇぞ。それに、別に翼のお父さんだってそんな事言ってないだろ?」
「うん。父さんはそんな事言った事ない。でも、友達の家のお母さんはそう言うって言ってたよ」
「まぁそういう家もあるだろうけど。でもさ、お前の父さんはそんな事思ってないんだよ。それぞれの家庭でやり方が色々でもいいんだ」

 ちょうどガチャリと風呂場の扉が開く音がして、ギャーギャー喚きながら双子達が出てくる音がした。そろそろ今日のタイムリミットだ。

「僕、父さんに甘えずにいいお兄ちゃんしてたら褒めてもらえると思って。それなのに何故か気まずくなる」
「バカだな、逆だって。お前が甘えてくれたら、あの父さんはすっげぇ喜ぶぞ」
「うん……」
「じゃ、今日はもう双子達出て来るから終わりな!」
「うん分かった、またね。悠也くん」

 少しだけ寂しそうな顔をした翼の頭をまたグシャグシャと撫でて、両肩をポンポンと叩いてやる。この細っこくて華奢な肩に、親に対する遠慮とか我慢とかがずっしり乗っかってると思うとたまらなかった。

「翼は俺みたいな兄ちゃんが欲しいって言ったけど、俺もお前みたいな弟がいたらすっげぇ可愛がったと思うよ」
「うん、ありがとう」

 そう言いながら玄関まで見送ると、翼は元気な声で返事をした。どこかすっきりしたような顔を見て、俺自身もホッとする。結局俺は子どもの専門家でもカウンセラーでもない。けれど翼や高橋家の為に何か手助けが出来たらと、それだけの気持ちだった。

 後方でバタバタと走る音がして、双子達がキャーキャー騒ぎ始めた。きっとまたタオルを振り回しながら、リビングの机の周りをグルグル走って追いかけっこしているんだろう。

「アイツら元気だよなぁ。じゃ、また明日な」
「ふふっ……お邪魔しました!」

 パタンと閉じられた玄関の扉と、しばらくして隣の部屋の扉が閉まる音を確認してからリビングへ向かう。パンツ一丁の格好で走り回る双子達を捕獲してその細い髪の毛を拭きながら、近々高橋家の三人と出掛けたりするのもいいかもな等と考えていた。

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