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10. 次々と現れる仲間達

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 そんな事があってから貧乏神によって散々甘やかされるような生活は、このレトロなアパートではや二週間も続いている。
 
 食事から洗濯、掃除まで全て完璧にこなしてくれるのだ。
 しかも節約料理の癖に信じられないくらい美味しい食事で胃袋もガッチリ掴まれていた。
 けれども未だに私は貧乏神の気持ちに応える事は出来ていない。まだ「好き」という気持ちよりも、あやかしに嫁ぐなんていう未知の不安の方が勝っていると思うから。
 それに貧乏神の真っ直ぐな気持ちに、中途半端に応えたくなかった。
 
「ああっ!」
「どうしたの⁉︎」
 
 今日は日曜日で仕事は休み。天気も良いからと自分の布団をベランダに干していた。

 すると台所の方から貧乏神の悲痛な叫び声が聞こえて、慌ててそちらに駆けつけると引っ越してきて買ったばかりの電子レンジから煙が出ている。
 こればっかりはちょっと奮発してオーブン機能だのおまかせメニューだの色々付いているやつだった。
 
「大丈夫? 一体何が?」
「突然煙が出て……壊れたみたいです」
「まさか! こないだ買ったばかりなのに?」
「ご利益です……」
 
 決して毎日ではない、だけど時々こうやって貧乏神のご利益は効果を発揮する。
 例えば私のお気に入りのワンピース。干そうとした時にヒュウっと風に飛ばされて道路に落ち、たまたま通ったトラックに踏みつけられてボロボロに破れた。
 先日バッグに入れていた財布だって、何故かバッグの底が破れていて知らない間に無くなっていた。
 実家から持って来た数少ない荷物の一つ、卒業祝いに奮発した高級なパンプスは、出掛けようとしたら踵がポッキリ折れてそのせいで転んでしまった。
 そんな事がある度に悲しそうな顔をする貧乏神は、私が彼の事を嫌ってこのアパートから出て行くのではないかと凄く心配なのだと思う。
 
「あの、香恋様。申し訳ご……」
「謝るのは無しって約束。とりあえず電子レンジはしばらく使えないけれど。料理上手な貧乏神ならしばらく電子レンジ無しでも何とか出来るよね?」
 
 私はこんな事がある度に前向きな言葉をかけた。
 貧乏神のご利益は確かに困っちゃうけど、それ以上に彼の涙ぐましい努力によって私はとても助かっているから。
 苦手な家事はしなくてもいいし、美味しい料理は食べられる。
 貧乏神に頼ってばかりの生活に慣れてきて、このままでいいのかなと思うほどに一緒にいる事が自然になってきている。
 
「はい、無くても何とかなるでしょう。色々と工夫してみます」
「うん、お願いします」
 
 私が微笑むと貧乏神はとても嬉しそうに表情を明るくして大きく頷く。
 私はそんな彼を見てホッとする。

 これまで大小様々なご利益(貧乏エピソード)はあったけれど、その都度私は明るく声を掛ける。そんな日々が続いていた。
 
「あ、食材の買い出しに行かないとね。一緒に行く?」
「はい、ご一緒させてください」
 
 貧乏神ははじめつぎはぎだらけの藍色の着物しか持っていなかったけれど、今は毎日着替えられるくらいの着物を持っている。
 
 何故かと言うと先日私と連れ立って買い物に出ていた時に、デイサービスの利用者さんの一人である砂川すながわさんに遭遇したのだ。
 砂川さんは私を見つけるなりいつものように溌剌とした声を掛けてくれ、一緒に歩く貧乏神を見て「アンタ、有栖川さんと歩くならもう少しマシな格好をしなさいよ。ちょっと待ってて」と言って家の中に引っ込んでしまった。
 
「ねぇ、砂川さんも妖怪なの?」
「はい、『砂かけババア』です」
 
 何かちょっとずつ分かってきた気がした。

 貧乏神と歩いていると、その美貌とボロボロの着物という組み合わせに、普通の人間は驚いたり見惚れたりするのだ。
 けれど妖怪の場合は彼が貧乏神だと分かっているから、驚く事もないし自然に受け入れている。
 砂川さんだってそんな感じを受けた。

 それにしても、砂かけババアなのか。

 砂川さんは明るい人だけれど、目がギョロリとして痩せ型でいつも和服のおばあさんだ。そんな人から突然砂をかけられたら驚くだろうなぁ。
 
「ほら、これあげるから是非着てちょうだい」
 
 しばらくして家から出てきた砂川さんは紙袋を三つも手渡して来た。
 中身は亡くなったおじいさんの着ていた着物だと言う。背が高くて美丈夫だったのよと頬を赤らめてウットリ話す砂川さんはとても可愛らしかった。

 そんなこんなで有り難く頂いた着物を、貧乏神は私と出かけるときに着る事にしたのだ。
 
「今日はこれにしようかと思います。どうですか?」
「うん、素敵だよ」
「嬉しいです。香恋様にお褒めいただくなんて」
 
 ホワッとした甘い微笑みで喜ぶ貧乏神に、一瞬見惚れてしまった。

 だって砂川さんから頂いた着物を身に付けた貧乏神はとても素敵だったんだもん。

 柔らかな風合いに光沢のある薄い灰色の羽織と着物(詳しい種類なんかは分からないけれど)は、整った顔立ちの貧乏神にとても似合っていた。
 
 そんな貧乏神と買い物に出掛けると、頻繁に利用者さんやその家族、同僚に出会った。
 職場の近くなんだから当然と言えば当然なんだけど、皆私に気付くと親切に声を掛けてくれる。
 
「あら、有栖川さん。お疲れ様! 今からお買い物?」
「こんにちは、海山かいざんさん。お疲れ様です。食材の買い出しと、電子レンジが壊れちゃったので電気屋さんにも行ってみようかと」
 
 海山さんは赤井さんと同じくらいの年代の同僚で、明るくて気のいい人。
 でもおそらく何かの妖怪なんだろうなと漠然と思っていた人だ。何となく、そんな気配がした。
 
「電子レンジ? あぁ、ご利益ね。ちょっと待って、うちも最近新型のオーブンレンジに買い替えたばかりで、古い物はまだ使えるんだけれど温める機能しかないのよ。それでもし良かったら使ったりする? 勿論タダで。引き取ってくれるならこちらも助かるわ」
「え、いいんですか⁉︎ めちゃくちゃ助かります!」
 
 やっぱり、ご利益だとすぐにピンと来るということはやはり海山さんは妖怪なんだ。
 何の妖怪なんだろう? あとで貧乏神に聞いてみよう。

 それにしても、ラッキーだ。温める機能さえあれば十分だし、何だか近頃周囲の人から色々助けてもらえる事が増えた気がする。
 
「じゃあ、買い物の帰りに寄らせてもらいます。ありがとうございました」
 
 海山さんにしっかりお礼を述べてまたスーパーへ向かう道すがら、貧乏神に聞いてみるとやはり海山さんは『海女房』という妖怪だそうだ。
 
 塩漬けの魚が好きな妖怪らしいから、スーパーで干物でも買って差し入れしようか。
 
「香恋様は不思議な力をお持ちですねぇ。皆が香恋様を助けたくなるような、そんな感じがするのでしょうか。この着物も、電子レンジも、先日からたくさん頂いている家庭菜園の野菜も。香恋様のお人柄が良いからですね」
「そんな事ないよ、この辺りにはたまたま知り合いが多いから。皆が親切でいい人達なのよ」
「そうですか」
 
 言いつつ貧乏神は穏やかに笑っていた。
 貧乏神と暮らしていると色々と困ったご利益があるけれど、皆に助けられたお陰で何とか乗り越えられている。

 私の力なんかじゃないけれど、思ったよりも大変な貧乏暮らしでは無いし……。このまま貧乏神のお嫁さんになったらどうなるんだろう……。
 
「香恋様、香恋様!」
 
 ボーッと考え事をしているうちに、いつの間にかスーパーに到着していた。
 貧乏神が私の顔を覗き込んで不審そうにコテンと首を傾げている。

 あぁん、その顔と仕草はやめてぇ! どうにも心臓に悪い。そうだ、干物! 干物を買わないと。
 
「ごめん! 考え事をしてて。干物、海山さんに買って行こうか」
「はい、それではあちらですね」
 
 特売の品を探しつつ、私と貧乏神は買い物を終えた。
 またいつ財布を無くすか分からないから、念の為財布は三つに分けている。さすがに三つとも無くす事はないだろう。
 
「二千四百円です」
「え……。一つ目の財布が無い……。二つ目……あった!」
 
 案の定一つ目の財布をどこかで落としたみたいで、貧乏神はそれに気付いてまた泣きそうな顔になっていたけれど、私は平然とした顔をして二つ目の財布から支払いを済ませた。
 無くなった三千円は確かに懐に痛いけれど、貧乏神がしてくれている日々の家事と至福のマッサージ代だと思えばなんて事はないのだ。

「さ、行こう」

 にっこり笑って貧乏神に声を掛ける。
 思わず手を差し伸べそうになったけど、ハッとして引っ込めた。

 
 
 

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