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15.ロマンチックなプロポーズを!

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 必ずや貧乏神にプロポーズを!

 そう固く心を決めた私は持ち前のプラス思考を駆使して、幾度となく襲い来る貧乏神のご利益にも負けず、周囲の温かな支援のお陰で少しずつ結婚資金を貯めていった。
 
「有栖川さん、近頃口コミで施設見学に来る利用者さんが増えたの。一人一人に合ったきめ細やかなケアをしてくれるっていう事が評判になってるらしいわよ」
「そうなんですか! 皆の頑張りのお陰ですね!」
「見学後のアンケートでチラホラと有栖川さんの名前が出てくるのは、利用者さんの信頼を得ている証拠よ。これからもよろしくね」
「はい、天野さん。ありがとうございます」

 上司の天野さんや同僚と共に、彩歌市社会福祉協議会の運営するデイサービスは、特にレクリエーションやリハビリの部分に力を入れて取り組むようになったのだ。

 妖怪というのは時々は自分の特性を活かしたり、独特の欲求を発散したくなったりするらしい(赤井さんの垢舐めや、小豆さんの小豆遊び、網野さんのハサミなどがその最たる例で)。
 その辺りを考慮したレクリエーションの提供やリハビリを計画する事で、よりストレスが少なく人間社会に溶け込む事が出来るのでは無いかという単純な考えから始めた事だったけれど。

 これが案外好評で、勿論それは人間にも当て嵌まる事だったから、私の職場は妖怪にも人間にも人気の施設になったのだった。
 
「お疲れ様。有栖川ちゃん、どうなの? 結婚資金は順調に貯まってる?」
「赤井さん、お疲れ様です。なんと、やっと百万円貯まったんですよぉ! 慎ましい結婚式なら何とか出来るかなって」
 
 休憩中に明るく声を掛けてくれた赤井さんは、あれからなお一層私と仲良くしてくれていて、貧乏神との事も色々相談にも乗ってくれていた。
 
「あら、すごいじゃない! それじゃあそろそろプロポーズするの?」
 
 そう、貧乏神は私と恋人って関係になっただけで十分満足してるみたいなのだ。

 それでもやはりご利益で不幸に見舞われた時には、貧乏が嫌になった私が離れていくのではないかとひどく不安そうな表情をする事がある。
 優しい彼にそんな顔をして欲しくないから、私は「何があっても絶対に離れない」っていう決意を見せる為にも、自分からプロポーズすると決めた。
 
「はい、どうやって伝えようかなって色々計画しているところです」
「いいわねぇ、若いって。頑張ってね、有栖川ちゃん! 皆応援してるから!」
「ありがとうございます!」
 
 何度となく財布が無くなり、物は壊れ、予期せぬ出費もあったけれど、皆の協力と節約の甲斐もあって目標金額だった百万円の貯金が出来た。
 貧乏神と出会ってからまだ半年だというのに、いつの間にか彼の事をこんなに大切に想うようになった自分の心境の変化には驚くばかりで。
 
「長手さんの目利きは確かだったって事かぁ。結局自分から必死こいて貧乏神の嫁になろうとしてるんだもんね」
 
 貧乏神のご利益はなかなか大変な物だけど、周囲の皆が支えてくれるからこそ乗り越えられた。
 私の力なんて微々たる物だ。

 恋人になっただけでも「香恋様が私の恋人だなんて、信じられません」と毎日のように囁いては抱擁とキスを強請るドストライクなイケメンは、半年経っても自分に自信が持てない様子。

 そんな彼にサプライズでプロポーズしたらどんな顔をするんだろう。

 和服の似合う未来の旦那様を想像して、思わず頬を緩めた私は午後の仕事も張り切ってこなした。
 
「香恋様、お疲れ様でした」
「あれ? どうしたの?」
 
 仕事を終えて施設を出ると、浅い青色の羽織と着物を着た貧乏神が立っていた。
 肩からアマビエ柄のマイバッグを提げているのが、イケメンと相まってなんだか可愛らしくて笑ってしまう。
 そんな私に、貧乏神の方も思わずキュンとくる笑顔を返す。
 
「ごま油を切らしていたのを忘れてしまって、三店舗まわって一番安いお店で買ってきたところです。ちょうどここの近くでしたから、香恋様も帰る頃かな、と」
「そうなんだ。ありがとう」
 
 ハイ、と右手を伸ばしてみる。

 すると貧乏神は、一瞬切長の目をパチっとしてからフワリと嬉しそうに目を細め、男らしい左手を差し出すと優しく私の手を包み込んだ。
 知り合いの多いこの辺りで手を繋ぐのが恥ずかしいからと、私は普段手を繋ぎたがらない。
 だって歩くたびに色んな妖怪ひとから声を掛けられるからどうにも照れ臭いのだ。
 
「今日は手を繋いでくださるのですね」
「うん、今日は特別だから」
「特別? 何かお仕事で良い事でも?」
「まぁね」
 
 こんな普通の会話だけでもドキドキして、顔を見るだけで胸が切なくなるのは、やっぱり私がこの人(神様だけど)の事を好きだから。

 そう改めて実感すると、今すぐにでもプロポーズしてしまおうかという気になってしまう。
 けれど、折角だからロマンチックに実行したい。
 私はこう見えて少女趣味でロマンチストなんだから。
 
「ねぇ、ちょっとだけ寄り道していこうよ」
「はい、香恋様がお望みならば」
 
 そう言ってブランコと滑り台、それに砂場くらいしかない小さな公園に寄る。
 ここは以前、福の神と話をした公園だ。お陰でそのあと貧乏神との距離が縮まった思い出の場所でもある。
 
 もう辺りは暗くなっているから、電灯に照らされた公園には誰も居ない。
 キイッと耳障りな音がするブランコに腰掛けて、ゆらゆら揺れてみる。
 早い時間から満月が登り、星が煌めいている。

 まさにこれこそ私に出来る最大限のロマンチックなシチュエーションだろう。
 私が何か話したい事があるのだと感じたのか、貧乏神は少し強張った顔で近くに立っていた。
 
「あのね、実は……」
 
 ゆらゆらブランコを揺らしながら口を開いた時、近くでシューっという音が聞こえた。
 

 

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