飛行機から落ちたら引きこもり王子を外に出す羽目になりました

ぺんぎん

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夏至前二日~羊牛~

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「起きろ!家に着いたぞ」

 急に馬車が止まり、男の声が降ってきた。

 一瞬自分がどこにいるのかわからなくなった。

 馬車が止まった横に、木造の小さな家が建っている。家の隣には、大きな納屋があり、脇を流れる小川を利用して、水車が規則正しく廻っていた。

「おいっ!ひよこ頭!お前も起きろ。まったく、こんな状況でよく眠れるな。」

 隣で寝るレイが男の声でしぶしぶ起き上がった。

「おかえりお前さん。なんだいこのひよこ頭は」

 家の中から、ひょこひょこと太った丸い顔の女の人が出てきた。

 背は低く、肌は熟れた栗のような色をしていた。鼻はなく、鼻であろう部分には小さな穴が開いている。隣に立つ男の高い鼻と背がさらに高く見えた。

 ものすごく見た目のバランスが悪いカップルだ。

「ぶ、ブラウニーの種だ。でも、ぶ、ブラウニーにしては、背が高い。こ、混血だよ。最近はどの種族も、純血が本当に少なくなった……」

 レイはこっそりつぶやいた。

「ひよこ頭、あいさつしろ」

 そんなに目立つかね。この頭。

 そうは思ったものの、あたしはぺこりと頭を下げた。
 
 レイをちらりと見ると、挨拶もせず、きょろきょろと物珍し気に周りを見ている。初夏の光に照らされた金の髪が、まぶしいくらい光っていた。

 うん。目立つね。ごめんなさい。

「無銭飲食だ。ムチ打ちにしようかと思ったんだが、人手が足りないから連れてきた。羊牛の世話を一日させて、ちゃらにしようと思ってな。お前ら、なにぼさぼさしている!こっちに来い!」
 
 レイを急がせながら、あたしたちは馬車から降りた。懐かしい牧草の匂いが体いっぱいに広がる。

「早くこい!」

「はいっ」

 なるべくあたしの陰に隠れようとするレイを引っ張って、男の後についていく。

 家の裏手にある木の囲いの中には、薄汚れた綿花の山がもこもこ動いていた。

 よっく目をこらしてみると、綿花の山には、目と鼻がついている。

 羊……というか牛?
 
 顔と体の大きさが牛によく似ていて、体は短い足以外、全て羊の毛に覆われている。

「この羊牛に草を食べさせてこい。その合間にブラッシングをするんだ。」

 男は、そう言って木で作られたごっついブラシを二つこちらに投げてよこした。

 なるほど。羊牛ね。羊の皮を被った山羊ならぬ牛。

「全部で152頭だ。いいか。一頭も置いてくるなよ。あとで確認するからな。おい!危ない!」

 筋肉頭が怒鳴った先にはレイがいた。あたしの後ろにいたはずの彼は、囲いを越えて、近くにいる羊牛に向かって歩いていく。

「レイ!」

 あたしは、走って行って腕を引っ張った。

 羊牛が声高く嘶いた。

 レイが触ろうとした羊牛は、鼻息荒くまっすぐこちらに向かってきた。

 あたしはあわててレイを囲いから押し出した。

 羊牛は何度も囲いの横木にぶつかっている。

 一頭の羊牛に呼応するように群れがざわざわと動き出す。

「もうっ。なにやってんの!牛は正面から近づいちゃだめなのよ。近くはよく見えるんだけど、遠くを見るにはかなり時間をかけて焦点をあわせなきゃなんないから、ゆっくりななめの方とか、後ろから近づかないとだめなのよ」

 まあ、牛の場合だけど。見たところ反芻動物だから同じでしょ。

「そうなの?」

 きょとんとしてレイは興奮し囲いにぶつかってきた羊牛をのんびり見た。

「おお、ひよこの姉ちゃんの方は良く知ってるじゃねえか」

 かかかっと笑いながら、男が言った。

「これによく似た動物の世話をしているんです」

 隣のすずおばさんの家で羊と牛の世話をしているけど、それが一緒になっている動物は初めてです。はい。

「姉弟なのに、弟は何にも知らないんだな」

 いやいや、弟なんていませんから。

 やっかいな兄が一人いるだけでもお腹いっぱい。

 否定しようとしたけど、嬉しそうに「そ、そんな」と頭をかくレイを見て言うのをやめた。

 何が嬉しいのか全くわからない。

「今年の毛並みはあんまり良くなくてな。夏至の祭りに立つ市まで少しでも良く見られるようにしたくて、お前らにブラッシングを頼もうと思ってな」

 確かに、その動物の毛はしっとりと濡れたようにへたって……いや、べったりしていた。

「肉づきは良いんだがなあ」

 筋肉男がつぶやいた。

「あ、これ、やっぱり食べるんですね」

「当たり前だろうが。あんたの弟がさっき食べていた肉がこれだよ」

 ……美味しくいただきました。

 なるほど。毛も取れて肉も食べることが出来て。……つがいのニ頭だけでも、村に持って帰りたいな。ちまちま名物作りの試作品でおばちゃん達を肥えさせているより、よっぽど金になりそうだ。

 筋肉男が羊牛を全部囲いに出している間に、レイは弾むような足取りで羊牛に近づいていた。

 今度は興奮させることもなく、羊牛に近づくことが出来たようだった。

 何が楽しいのか、レイは嬉々としてブラッシングをしている。

 私もブラシ片手にゆっくり囲いの中に入った。

「よしよし。じっとしているのよ」

 あたしはそう言いながら、そっと羊牛に触れた。

 思ったより毛の量が多く、片手が肘まで埋もれた。

 もふもふ感、半端ないな。

 ブラッシングをしてるそばから、ふわふわ、もこもこが倍増していく。体の半分が膨らんだ羊牛を見て、後ろめたさがじわりと広がる。詐欺ではないけど、詐欺と言いたいくらい、毛が膨らむ。

 あたしは白いもこもこ軍団を見渡した。牛と同じくらいに大きい羊の毛を全部ブラッシングするのは、時間がかかるだろう。

 今から放牧に行き、草を食べさせて、ブラッシング。

 どう考えても今日中にここを出発するのは厳しそうだった。

 空港でどんな騒ぎにしているか、考えただけで頭が痛い。

 落ち着かない足踏みが聞こえた方を見ると、レイがブラシをそっちのけで、羊牛の背中に乗ろうと四苦八苦していた。ブラッシングが気持ちよいのか、羊牛は目をつむりながら穏やかに草を食んでいる。これなら大丈夫そう。

「レイ!遊んでないで手を動かして。このままだと日暮れまでに終わらないわ」

 しぶしぶ羊牛から降りて、手を動かし始めるレイを見ながら、あたしはそっとため息をついた。

 水くみ桶を抱えた男が通りがかりに声をかけてきた。

「あ、お前ら、大した『力』もないと思って言ってなかったけど、『力』を使うとその毛は」

 男の声とボンッと風船が割れるような音がしたのは同時だった。

「……そうなる」

 男があーあ。という顔をした。

 レイがブラッシングをしていた羊牛の毛が、べったりとした毛玉だらけの毛になっていた。

「なにやってんのよーあんたはー」

「いや、だって……こんなに多かったら、お、終わんないと思って……なんで?」

 レイは不思議そうに両手を見つめる。

「あのな。『力』使っても良い物はできないんだよ。生き物相手は特に、その動物にかけた時間が大事なんだ。わかったら、その手でブラッシングしろ。この毛玉はおれが何とかしておく」

 男は呆れたように言った。

「そろそろ放牧の時間だ。連れて行け。陽が落ちるまでは帰ってくるな。いいか、152頭だぞ。一頭だって置いてくるな。それと、くれぐれも黒の森には近づけるなよ」

「黒の森?」

「黒の森も知らないのか?とんだ田舎者だな……あの森だ」

 男が太い指で遠くに見える森を指した。

「あそこには絶対近づくな。牛も近づけるな。命が惜しけりゃな」

 そう言うと赤い目が睨んだ。あたしとレイは黙って頷いた。

 男が囲いを開ける前に、ブラウニーの女の人が、遠くから服を投げてよこした。

「あ、あんた。ここいらは夕方になると冷えるんだよ。これをもってきな」

 どうしておばちゃんという人種は世界共通に優しいのだろう。

 あたしはお礼を言って麻袋に穴を開けたような簡素な服をもそもそ着込んだ。

「あ、ちょっと羊飼いっぽくない?」

 あたしはくるりと回ってレイに見せた。

「……まあ、今までの服よりは、マ、マシなんじゃない?」

 レイはそう言ってあらぬ方を見ている。

 どこ見て言ってんのよ。

「そら。お前ら。早く行ってこい。もう先頭があそこにいるぞ」

「うわ。走るよ。レイ」

「え、待ってよ」

「黒い森だけ気をつけろよ!」

 男が手を振った。
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