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糺の森
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高野川、加茂川の合流点の北はずれ。
平安京遷都以降、王城鎮護の社としている上加茂神社、加茂御祖神社を包み込み、広大な敷地を持つ糺の森は、強い結界とともに、強固な警護に守られている。
遠く伊勢と同様、神に奉仕する未婚の内親王が斎王として、仕えており、現斎王は、今上帝の大叔母上。
大齋院と称する彼女の一言は、国を動かすと言われている。
紫野と呼ばれる禁足の地に、男が一人走っていた。
白い狩衣が、夜の森に嫌に目立った。
懐に抱えるのは、生まれたばかりの血まみれの赤子。
泣きもせず、今は静かに眠っている。
「何者じゃ!」
鋭い声とともに、走る男へ向けて、松明が向けられた。
赤い袴、白い表着を身に着けているのは、斎王の側近中の側近。
紫野の巫女、初瀬だった。
「初瀬。私だ」
男は女を初瀬と認めると、足を止めた。
「安倍の……」
女が見知った顔だった。
天下に名だたる、当代随一の陰陽師。
「こんな夜更けに御供も連れずに……その赤子は?」
初瀬は、赤い衣に包まれた生まれたばかりの赤子を目ざとく見つけた。
「私の血に宿る、守りの「力」を受け継いだ者だ」
「なんと」
初瀬は目を見開いた。
「その血を飼い慣らすことができるまで、大齋院様に預かっていただこうと思ってな」
驚きを隠せず、初瀬は男をみた。
「しかし、ここは禁足の地でありまするに、子など育てられませぬ」
初瀬の言葉を聞いた男が一笑した。
「大齋院様は断らぬ。同じ血が流れている子供だからな」
大齋院と同じ血を持つものはこの世にたった二人。
一人は今上帝。今一人は、同腹の妹姫。
こんな夜更けに初瀬が森にいたのも、左大臣家に降嫁した、かの内親王が産気づいたため、最も清浄な糺の森の湧き水を汲んで、産褥の床に届けるためだった。
「では、この御子は、内親王様の……左大臣家の……」
初瀬はうめいた。
「頭のいい女は好きだよ」
男は女に近づいた。
「大齋院様にご報告を」
踵を返そうとした初瀬の手を、男がつかんだ。
「初瀬……大齋院のもっとも信頼する、大巫女よ」
目が離せない。
体がいうことをきかなかった。
「一番に会ったのが、そなたで良かった」
赤子が泣いた。
あやす手もなく、ただ、泣く声のみが、糺の森にこだまする。
初瀬が男の子を生んだのは、それからちょうど十月後だった。
子供の名を、安倍清灯といった。
平安京遷都以降、王城鎮護の社としている上加茂神社、加茂御祖神社を包み込み、広大な敷地を持つ糺の森は、強い結界とともに、強固な警護に守られている。
遠く伊勢と同様、神に奉仕する未婚の内親王が斎王として、仕えており、現斎王は、今上帝の大叔母上。
大齋院と称する彼女の一言は、国を動かすと言われている。
紫野と呼ばれる禁足の地に、男が一人走っていた。
白い狩衣が、夜の森に嫌に目立った。
懐に抱えるのは、生まれたばかりの血まみれの赤子。
泣きもせず、今は静かに眠っている。
「何者じゃ!」
鋭い声とともに、走る男へ向けて、松明が向けられた。
赤い袴、白い表着を身に着けているのは、斎王の側近中の側近。
紫野の巫女、初瀬だった。
「初瀬。私だ」
男は女を初瀬と認めると、足を止めた。
「安倍の……」
女が見知った顔だった。
天下に名だたる、当代随一の陰陽師。
「こんな夜更けに御供も連れずに……その赤子は?」
初瀬は、赤い衣に包まれた生まれたばかりの赤子を目ざとく見つけた。
「私の血に宿る、守りの「力」を受け継いだ者だ」
「なんと」
初瀬は目を見開いた。
「その血を飼い慣らすことができるまで、大齋院様に預かっていただこうと思ってな」
驚きを隠せず、初瀬は男をみた。
「しかし、ここは禁足の地でありまするに、子など育てられませぬ」
初瀬の言葉を聞いた男が一笑した。
「大齋院様は断らぬ。同じ血が流れている子供だからな」
大齋院と同じ血を持つものはこの世にたった二人。
一人は今上帝。今一人は、同腹の妹姫。
こんな夜更けに初瀬が森にいたのも、左大臣家に降嫁した、かの内親王が産気づいたため、最も清浄な糺の森の湧き水を汲んで、産褥の床に届けるためだった。
「では、この御子は、内親王様の……左大臣家の……」
初瀬はうめいた。
「頭のいい女は好きだよ」
男は女に近づいた。
「大齋院様にご報告を」
踵を返そうとした初瀬の手を、男がつかんだ。
「初瀬……大齋院のもっとも信頼する、大巫女よ」
目が離せない。
体がいうことをきかなかった。
「一番に会ったのが、そなたで良かった」
赤子が泣いた。
あやす手もなく、ただ、泣く声のみが、糺の森にこだまする。
初瀬が男の子を生んだのは、それからちょうど十月後だった。
子供の名を、安倍清灯といった。
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