王妃 ジョア~日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ~

ぺんぎん

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水島朔の話 十六歳

水島朔の話 ~パウルとジョン~

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 すでに準備万端なモデル達が、こちらを見てせせら笑っていた。

 誰も、今いる自分の立ち位置を動かない。

 そりゃそうだ。

 誰が好き好んで、飛び入りなんかのわたしのために場所を譲る?

 そんなお人好しは、バカを通り越してもはや愚かだ。

 林鈴の声が、耳の奥に響く。

 モデルの立ち位置は真ん中。
 どこにいても真ん中よ。

 ええ。林鈴。

 わたしは五人から少し離れたところで背筋を伸ばした。

 部屋の中にいる人達の、鋭い視線が集まる。

 音楽が鳴った。

 あとはもう、無我夢中で歩いた。




 ほんの数秒だったと思う。

 どうやって歩いたかも覚えていない。

 見ている人達の拍手が聞こえた。

 振り返ると、パウルが満面の笑みで両手を広げている。

 その先は、華やかなパリコレクションへの道が広がっていた。





 わたしの作った弁当を、
 正確に言うと「マリーのために作った健介への弁当の残り」だが。
 ジョワのトップデザイナーであるジョン・マークレーがえらく気に入り、わたしはパリコレの間、彼の専属モデル兼家政婦の仕事を仰せつかった。

 まさかパリコレのモデル仕事で『もりしげ』で培った料理の腕が必要になるとは思わなかった。

 ジョンもパウルも、わたしがどんな料理を作ってもおおげさに喜び、実に美味しそうに食べてくれた。

 不規則な二人に食事を作るため、マリーと一緒に借りた部屋を恋人達に明け渡し、わたしは、ジョンとパウルが住んでいる宮殿のようなアパルトマンに移り住んだ。

 わたしをジョワに連れて来てくれたパウルは、親子ほど年の離れたジョンの、公私に渡ってのパートナーだった。

 ジョワというブランドを作ったのはジョンだったが、それをジョワ帝国と呼ばれるまでの世界的企業へと発展させたのはパウルだった。

 パウルはジョンのもっとも良き理解者で、彼のためなら世界中どこへでも行き、どんな仕事も請け負った。

 そのジョワ帝国の総帥 ジョン・マークレーは控えめに言っても天才だった。

 その才能と切り離せない繊細さと傷つきやすさを、もてあましていた。

 パウルという、あふれんばかりの愛情と、すこぶるつきの頭脳を持ってしても、それを補うことはできなかった。

 ジョンはひとたび仕事にとりかかると、寝食を忘れて作品に没頭した。

 コレクションが大詰めになってくると、パウルの仕事のほとんどが、ジョンに「一口かっこませる」ことになった。

 パリの有名大学を首席で卒業、在学中に弁護士資格をとったほどのパウルの記憶力は、ジョンの好物を覚えることにほとんど使われていた。

「朔が来てから、僕はパリ中を駆けずり回らなくて良くなったよ」

 パウルはそう言って笑った。

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