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如月ゆすら

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8巻

8-3

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「では、神獣同士の交流で何か問題でも?」

 カインが訊くと、ペリアヴェスタはため息を漏らす。

「我が、おのれの神域を護るのに必死であった間、いくつかの神域が壊され、滅びた。それによって消し去られた神獣もいる」
「それは、何者かが神域を破壊して回っているということでしょうか? 守護する神獣を害して?」
「そうだ」

 カインの問いかけに、ペリアヴェスタはゆっくりとうなずいた。それを見ながら、今度はリュシオンが尋ねる。

「自然災害などによるものではなく、人為的なものだというのか?」
「神域は神の息吹いぶきに満ち溢れた場所。それゆえに自然という神の御業みわざによって破壊されるような場所ではない。同じく、神に遣わされた神獣が、自然によって害されることもない。神域を荒らし、神獣を害するためには、けがれを持ち込む必要がある。それは悪意がなくてはできぬこと。決して偶然の産物ではありえないのだ」
「悪意……」

 ルーナは無意識につぶやいた後、ハッと息を呑む。
 つい数時間前のことだ。
 彼女たちは、神域におり、そこで対峙たいじしていたのだ。
 悪意のかたまりとも言える、魔族という存在と――

「魔族……」

 ルーナはかすれた声を絞り出す。

「やはり、そうか……」

 ペリアヴェスタは、そっと目を伏せた。
 その意味深長な一言に、それまで黙っていたフレイルが口を挟む。

「やはりって、何か知っているのか?」
「うむ。だがその前に、まずはおまえたちの話を聞こう」

 ペリアヴェスタはそう言ってルーナを見た。

「魔族について?」
「そうだ。魔族とどのような関わりがあったのかをな」

 じっと食い入るようにルーナを見つめるペリアヴェスタ。それをさえぎるようにして、リュシオンが言う。

「それについては、俺から話そう。ペリアヴェスタ殿。貴殿は、この王都の地下水路にある『神域』をご存じか?」
「ああ。この王都ライデールが築かれる遥か昔からる、古き神域のことであろう」

 ペリアヴェスタの答えを確認し、リュシオンは地下水路での出来事を語った。
 奥の広場に、ヒュドラという凶悪な魔物が巣食っていたこと。
 その調査で再度訪れた今日、魔族――バルナドが彼らの前に現れたこと。
 バルナドは広場にある扉の封印を壊すのが目的だと告げ、隠し部屋にあった宝珠を破壊したこと。
 一連の出来事に遭遇したものの、バルナドの本当の目的が何なのか、彼らにはまったく見当がついていないこと。
 それらのことをリュシオンが順を追って説明する。
 すべてを聞き終えたペリアヴェスタは、重々しく首を縦に振った。

「我らも、魔族の存在は薄々感じていた」

 ペリアヴェスタはポツリと語り出す。

「破壊されたいくつかの神域は、少しのけがれでどうにかなるようなものではなかった。そもそも、穢れを持った人が近づいたところで、神域に至ることすらできないはずだ」
「魔族ならば可能だと?」
「むしろ、魔族にしかできぬ」

 フレイルの問いに、ペリアヴェスタははっきりと断言する。

「じゃあ、あなたは魔族が神域を荒らして回る理由を知っているということですか?」

 今度はユアンが尋ねる。
 するとペリアヴェスタは、一拍置いた後、「おそらく」と頭を縦に振った。

(魔族と神域……確かバルナドは、あの扉の奥で宝珠を壊し、黒い珠を取り出していた。あれが鍵?)

 ルーナはバルナドとのやり取りを思い出しながら、それについてペリアヴェスタに訊いてみることにした。

「バルナドと名乗った魔族は、そこにあった宝珠を壊していました」
「ああ。あれは、何かの封印のように見えたな」

 リュシオンもその場面を思い出しているかのように、中空を見つめながら口にする。

「封印か……」

 ペリアヴェスタはつぶやくと、おもむろにルーナを見た。いや、正確にはルーナではなく、その周囲にはべる守護者たちへ視線を向ける。

「神域とは、世界を去って久しい神々の息吹いぶきが、未だ濃く感じられる場所。それは神々にゆかりある土地であることが多い。例えば我の守護するロズワルドもしかり、マルジュ高原しかりだ。だが、それとは別に、神々の力を借りて封じられた場所を指すものがある」
「同じ神域でも、役割とか種類とかが違うってこと?」

 唐突な話題の変換に戸惑いつつも、ルーナはペリアヴェスタに尋ね返す。

「うむ。まぁ、そこな神獣たちのいた場所のように、まれなものもあるがな」
「え? しぃちゃんたちのいた場所は違うの?」

 ルーナが驚いて獣たちを見ると、当の本人たちは気負いなく答える。

「我らは少し特殊だな」
「神々の息吹を感じられし場所ではあるが、正確には違う」
「そうなの? それってどういうこと?」
「ルーナ、我らついては今度教えよう。今はそれについて語っている時ではないからな」

 シリウスにたしなめられ、ルーナはうずく好奇心を何とか抑える。

(そうだよ、今はペリアヴェスタさんのお話だよね。しぃちゃんたちのことは今度ゆっくり教えてもらおう)

 心のメモにしるした後、ルーナはペリアヴェスタへと視線を戻す。

「さて、神域の役割は話した通りだ。魔族どもは、おそらくその役割の違いについては知らぬのか、さほど重要視していないようだ。しかし話を聞くに、奴らの目的という神域は、おそらく後者のものだろう」
「封印の地、か」
「そこには、いったい何を封じているというんです?」

 リュシオンのつぶやきに、カインは疑問をていしてみせる。
 わざわざ神々の力を借りて封じられた『何か』。それにより神々の気配が強くなったことで、その場が神域となった。
 そうまでして封じる必要があった何かとは――
 ルーナはそこまで考え、ぶるりと身体を震わせた。

(あの時の黒い珠は、柱とその上にあった宝珠を壊したことによって、生まれたものだったよね。あの柱や宝珠が封印の鍵だとすれば、あの黒い何かが、神々の力を使ってでも封印しなければならなかったものなんじゃ……)

 思い出すのは、禍々まがまがしい気配に満ちた黒。
 ルーナの背中に悪寒が走り、冷たい汗が背中を伝っていく。

「ペリアヴェスタ殿。いったい、そこには何が封じられているというんだ? 魔族の狙いはそれなのか?」

 リュシオンがれて問う。すると、ペリアヴェスタは重い口を開いた。

「話を聞く限りでは、封じられていたのは『けがれの欠片かけら』で間違いないだろう。我も直接見たことはないが」
「穢れの欠片……」

 初めて聞いた名前を繰り返しながら、ルーナは思う。

(穢れだっていうのは、なんとなくわかる。あの時見たアレは、人に向けられた悪意のような漠然とした気配のかたまりみたいだった。でも、欠片っていうことは、まだ他にパーツがいくつかあるってこと?)

 ふと気づいた事実に、ルーナは慌てて口を開いた。

「『穢れの欠片』っていうことは、アレだけじゃないってことなんだ……」
「そうか。だからこそ、神域をいくつか破壊する必要があるってことか」
「欠片を集めて、完成させることが魔族の目的ということですね……」

 リュシオンとカインが続けてつぶやく。
 そこで、フレイルが何かに気づいたように口を開いた。

「ちょっと待て。あの魔族の口ぶりだと、まだ『穢れの欠片』とかいうものは全部揃っておらず、他の欠片を探さなければならないという感じだったよな」
「うん? それがどうしたの、フレイル」

 首を傾げるユアンを余所よそに、フレイルは難しい顔でうつむく。
 やがて彼は顔を上げ、強張こわばった表情を皆に見せた。

「思い出したんだ。奴は何かを探すのに、ルーナが役に立つようなことを言っていた。今の話の流れからすると、探しものは『けがれの欠片かけら』になるんだよな。それがあるのが、神域となると……考えてもみてくれ。ルーナはクレセニアやエアデルトでいくつかの神域に足を踏み入れている。奴らはそれを偶然だとは考えていないんじゃないか?」

 フレイルの推察に、ルーナは焦って口を挟む。

「で、でも、わたしに神域を探す力なんてないよ? ペリアヴェスタさんのところに行ったのは、ユリウス王子を助ける神木の実アンブロシアを探すためだったし、マルジュ高原だって、課外授業だからであって――今回だって事件が起こって、たまたま地下水路に行く必要があっただけだよ? ピンポイントで神域を目指してたわけじゃ……」
「わかってる。だが、奴はそう思っていないのかもしれないな」

 リュシオンが重々しく告げる。

「おそらく。だからこそ、ルーナを攻撃しつつも、殺す気はなかったんだろう」

 フレイルの言葉に、ルーナは情けなく眉尻を下げる。
 否定したい。
 そう思うものの、あの時の状況を思い返せば、ルーナに否定などできなかった。
 バルナドは決してルーナに致命傷を与えるような真似はしなかったし、言葉の端々にもそういったことを匂わせていたのだから。

「ねぇ、それってあの魔族が、ルーナにまた近づくってことだよね」

 ふとユアンが声をあげる。
 リュシオンとカインは難しい顔でうなずきあった。

「魔族から見た一方的な利用価値が、あの時ルーナを救っていましたが、言い換えれば利用価値がなくなった時は……」

 ルーナは小さく息を呑むと、震える身体を自分で抱きしめる。そんな彼女をなぐさめるように、風姫と水姫が叫ぶ。

『ルーナはわらわが守る!』
『そうよ! るーちゃんに指一本触れさせないわ』

 焔王は彼女たちのように声をあげることはなかったが、ルーナの肩に手を置いて同じように決意を表している。

「心配するな。もう我らが離れることはない」
「そうだ。そのような魔族など我らが蹴散らしてくれる」

 すりすりと足に顔を押し付けながら、シリウスとレグルスが宣言する。そんな守護者たちの言葉に、ルーナの強張こわばった表情が緩んだ。
 彼女が心を落ち着かせたところで、リュシオンは改めてペリアヴェスタに問う。

「しかし、『穢れの欠片』とは具体的にどういったものなんだ?」
「我らにも真実は伝わっておらぬ。だが、『穢れの欠片』がすべて集められた時、文字通り大いなるけがれが世界を覆うと言われている」
「穢れが世界を覆う……瘴気しょうきみたいなものなのか?」

 リュシオンのつぶやきに、ペリアヴェスタはゆっくりと首を横に振った。

「わからぬ。だが、良きものではないことは確かだ」
「つまり、魔族に『穢れの欠片かけら』を集めさせてはならないということですね」

 カインは言いながら、眉間に深いしわを刻む。
 通常の人間以上の力を持つ彼らが束になっても、バルナドに傷ひとつつけることもできなかった。
 魔族のたくらみを阻止するのは、決して容易なことではない。

「それでも、止めなければならないでしょうね」

 ぽつりとつぶやいたカインの言葉に、皆一様に厳しい表情でうなずいた。
 長い間、その場に沈黙が続く。
 やがて、ペリアヴェスタが口を開いた。

「魔族が封印を解いて回っているのだとすれば、もうひとつの伝承も真実かもしれん」
「それは……いったいどういうものです?」

 カインの疑問に、ペリアヴェスタは硬い声音で告げた。

「『穢れの欠片』は、封じられし魔王の力の欠片だというものだ――」



   第二章 死神のかなでる調べ


 地下水路から戻った翌日。
 そのまま王子宮に泊まったルーナは、朝食を済ませると急いで兄のいる客室へと向かった。

「兄様!」

 扉を開けた瞬間、ルーナは我慢できないとばかりに駆けだす。
 彼女の視線の先には、ベッドから上半身を起こして微笑みかけるジーンの姿。
 勢いよくジーンに抱きつくと、ルーナは確かめるようにじっくりと兄の顔を見た。血色の良い顔色と、苦悶くもんなど一切見られない穏やかな表情。それだけで、彼の体調が元に戻ったことがわかる。

「兄様、良かった……」

 心底安堵のこもったつぶやきに、ジーンが申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「心配をかけてごめんよ」
「ううん、元気になってくれればそれでいいの」

 ルーナは兄の胸にひたいを押しつけたまま、ふるふると首を振る。
 つい数日前まで、ジーンが死んでしまうかもしれないという恐怖におびえていた。
 昨日の時点で危機は脱し、もう心配はないとわかっていたが、それでもこうして向かいあって言葉を交わすまでは、とても安心などできなかったのだ。
 コテンと頭をジーンの胸にもたれさせると、彼女は幸せそうに息をついた。
 ――そんな時だ。
 大きな音を立て、乱暴に扉が開かれる。
 ルーナとジーンが注目する中、現れたのは青褪あおざめた顔のリュシオンとカインだった。

「ど、どうしたの?」

 尋常ではない顔色の悪さに、ルーナは焦りながら尋ねる。
 それに対しリュシオンは、気を落ち着かせるように深呼吸すると、一気に言い放った。

「リヒトルーチェ公爵がこっちに向かってる!」
「え?」
「父上が?」

 呆然と聞き返すルーナと、同じような状態でつぶやくジーン。
 ジーンの負傷については、父であるアイヴァンにも連絡を入れている。しかし、他国におもむいていたため、すぐに帰ることは叶わなかった。
 ルーナたちにとってアイヴァンの不在は不幸中の幸いだったが、それも問題を先送りしたに過ぎない。
 彼が戻ってきたならば、詳しい経緯を洗いざらい話さなければならない。そして、話を聞いたアイヴァンがどう反応するか……
 考えただけで一瞬にして顔色を悪くする一同だった。

「思ったよりも早かったな……」

 中空を睨みつけ、諦めのつぶやきをジーンが漏らす。そんな彼に、リュシオンは肩を竦めてみせた。

「そりゃ、跡取りが負傷したんだ。当然のことだろう」
「一応、怪我の程度について正確な状態は話してなかったんでしょう? なんとか誤魔化せませんか?」

 カインが苦し紛れの提案をするが、リュシオンもジーンも難しい顔をするばかりだ。

「無理、でしょうね」
「だろうな。相手はあのリヒトルーチェ公爵だ。下手に隠し立てするより、現在の回復ぶりを前面に出して、経過を軽く説明するのが無難だろう」
「軽くで済ませてくれるといいんですが……」
「言うな、カイン」
「そうですよ。何事に対しても希望は持つものです」

 リュシオン、カイン、ジーンの三人が、揃ってため息をこぼす。そんな三人をオロオロと見守っていたルーナだが、ふと思いついて叫んだ。

「ああっ!」
「なんだ?」
「どうしたんです、ルーナ」

 リュシオンとカインがいぶかしげに見る中、ルーナは焦りの表情で地団駄じだんだを踏む。

「わたし、ここにいたらまずいよね? 学院にいるはずだもん。ど、どうしよう? 〈転移〉? いや、ここじゃ簡単にできないんだった。なら隠れる? ……てかどこに!?」

 キョロキョロと辺りを見回した後、ルーナはジーンが身を起こしているベッドカバーに手をかけた。本人は、ベッドの下に潜って隠れようと画策しているらしい。
 普通ならば〈転移〉魔法でこの場を去るのが得策だろう。実際〈転移〉魔法は、逃亡にもっとも適した魔法だ。何しろ多少の制約はあるが、その場から一瞬にして移動できる。
 しかし、ここはリュシオンの住まう王子宮であり、れっきとした王宮だ。
 あらかじめ定められた場所に設置された〈転移〉の魔道具マジックツール――〈転移門〉と呼ばれるもの――を利用するか、王族などの限られた人間のみしか〈転移〉魔法を使用できない。
 リュシオンが同行していれば、〈転移門〉や、本人の魔法で王宮内を移動できるため、ルーナはこれまでさほど不自由を感じたことはなかった。だが、今はそういうわけにはいかない。

(と、とりあえずベッドの下に隠れるのが一番? それとも今すぐ部屋を飛び出せば、父様に見つからずに済むかな?)

 身を隠すか逃亡するか。どちらにすべきか悩むルーナに、リュシオンから無情な宣告が下る。

「無駄だ、ルーナ。諦めておまえも罰を受けろ」
「うぅ……」

 ガクリと彼女が項垂うなだれた瞬間、まるでタイミングを見計らっていたように扉が開いた。
 現れたのは予想通りの人物。
 ルーナとジーンの父、リヒトルーチェ公爵アイヴァンだ。

「と、父様……」
「お早い帰国ですね」

 顔を引きらせるルーナとは対照的に、ジーンは普段通りの穏やかな笑顔で語りかける。
 アイヴァンは子供たちに目を向け、厳しい表情で一歩、二歩と歩き出した。そして寝台のすぐ横に辿り着くと、表情を崩すことなく息子をじっと見る。
 娘二人と比べて、息子二人には厳しいアイヴァンだが、決して可愛がっていないわけではない。
 実際、ジーンの負傷を知り、こうして他国から急いで帰国している。
 しかし今現在、アイヴァンの厳しい表情からは、息子の無事に対する安堵も、心配も、まったくうかがい知ることができなかった。

「心配をおかけして、申し訳ありませんでした」

 先手を打ってジーンが言う。
 けれどアイヴァンの表情が動くことはなく、暗澹あんたんたる沈黙が室内に流れた。

「父様、あの……」

 沈黙に耐え兼ね、ルーナが口を開こうとした瞬間、周囲にパァンッという高い音が響く。
 アイヴァンが、ジーンの頬を打ったのだ。

「公爵!」

 リュシオンが思わず声をあげる。
 ルーナは突然の父親の行動に声もない。

「私は、自分で責任が取れる範囲のことには何も言わない。それがたとえ公爵家の嫡子としてふさわしくない行動であってもだ。だが、自分の能力を過大評価し、無茶を押し通した上に死ぬような怪我を負うなど言語道断」

 淡々と告げるアイヴァンの声は、氷のように冷たかった。
 そしてその内容から、一同は彼がすでに今回の件について正確に情報を掴んでいることを知る。もちろん、今は回復しているジーンの容体についてもだ。

「申し訳ありません……」

 うつむき、もう一度謝罪するジーンを見て、アイヴァンがため息をついた。

(呆れられた、のだろうか……)

 厳しくも期待を持って見守られていた自覚はある。それが幼い頃からジーンにとって重圧でもあったが、同時に誇らしくもあったのだ。
 だが、その父は今、滅多に見せない失望のため息をこぼしている。父の反応に、ジーンは心臓が凍りつくような感覚を味わっていた。

(ああ、本当に馬鹿だったな)

 何事も人より上手く立ち回れるがゆえに、ジーンは知らずおのれを過信していたようだ。
 彼は人並み以上の魔力を持ち、武術においても十分身をまもることのできる腕前を持っている。けれど、リュシオンやルーナのように圧倒的な魔力を誇るわけではない。
 だからこそ、今回のような場合は、過信せず、防御系の護符を複数用意するなど対策を取る必要があった。そうすれば、ここまでの怪我を負うことも、生死のさかいをさまよう事態も避けることができたはずだ。
 実際、ジーンが普段から身に着けている護符によって、わずかではあるが怪我の程度が軽く済んでいる。
 それがなければ、生死の境どころか、一瞬にして冥府へと渡っていたかもしれないのだ。
 もちろん、もっと多くの護符を用意したところで、同じ結果になった可能性はあるが、備えをしていての結果か、慢心が原因かではまったく違う。
 アイヴァンがジーンを責めるのも、そういった理由からだった。

「ジーン」

 名を呼ばれた直後、頭の上に父の手のひらのぬくもりを感じ、ジーンはハッと顔を上げた。

「私が怒っている理由をちゃんとわかっているか?」

 優しい口調で言われたものの、ジーンは自分の反省点を突きつけられて唇を噛む。
 アイヴァンは苦笑すると、頭の上に置いた手で息子の髪を乱暴にかき混ぜた。

「おまえが生きていてくれてよかった。だからこそ、おまえの迂闊うかつさに怒りを感じるんだ。公爵家の嫡子ということだけではない。私とミリエルの大事な息子なんだ。少なくとも私より先に逝くことなど許さない」
「父上……」

 アイヴァンの言葉に、ジーンは先ほどより強く唇を噛み締める。
 彼は一番単純なこと――アイヴァンの怒りは父親が子供に向ける愛情に他ならないということを、考えていなかった。

(厳しくとも、父上が私やユアンに対しては愛情がないなど、思ったことはないのに。こんな単純なことさえわからなかったなんてな……)

 リュシオンの側近としてそつなくやってきた自負から、すっかり一人前になっていた気持ちでいたのだ。ジーンはおのれおごりを見せつけられた気がして、自嘲の笑みを浮かべる。
 だがそんな一方で、自分を案じて叱ってくれる父親の愛情に、胸があたたかくなるのを感じていた。

「すみませんでした、父上。二度とこのような事態を起こさないことを誓います」

 素直に出た謝罪と誓いの言葉に、アイヴァンは氷のような表情をフッと緩める。

「わかればいい。……だが、あまり心配させるな」
「はい」

 父と兄のやり取りを見守っていたルーナは、ようやくいつもの姿に戻った二人にホッと胸を撫で下ろした。

(ああもう、父様怖すぎだよ……でも、考えてみればそれだけ心配させちゃったってことだよね。悪いことしたなぁ)

 怪我こそしていないものの、自分の行動も褒められたものではないのは自覚している。ルーナは改めて深く反省したのだった。
 しかし、この件はこれで終わらない。

「――ところでルーナ。学院にいるはずのおまえが、何故ここにいる?」

 振り返ったアイヴァンに問われ、ルーナは「うっ」と声を詰まらせる。

(ああぁぁ、私だって叱られる理由ありすぎじゃない!)

 先ほど深く反省したばかりだが、やはり進んで怒られたい者などいない。
 ルーナはガックリと項垂うなだれると、アイヴァンからのお説教を覚悟した。


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