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3巻
3-3
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フェイールはやっと状況を理解し、自分がどう見られていたかを考え慌てる。
「あ?」
「こ、このフール……この子から頭に直接響くような声が!」
手に持った鉢植えを、ヴァクスにつき出すフェイール。
「この子って、触手の子株がか?」
ヴァクスが鉢植えの中でうねっている子株を指差すと、その指に一瞬で絡みつく子株。
「あ」
フェイールの間の抜けた声が部室に響く。
「うお!? くそっ、放しやがれ!」
「……あー、えっと、フールの母にあたる触手ちゃんを呼び捨てにしたことが許せないようだ。で、この子はフールって名付けたからそう呼んでやってくれ。フールは呼び捨てでいいらしい」
フールが本気で絡んでいないことを理解しているフェイールは、落ち着いて説明する。
ヴァクスは焦りながら、リヒードから先日された触手についての注意を思い出して謝罪した。
「す、すまん。触手ちゃんさんまじ万能っす」
ヴァクスの言葉を聞くと、しゅるしゅるとフールの触手が戻っていく。
「はぁはぁ、来て早々にこれか……」
「あー、ごめん」
戒めを解かれたヴァクスが愚痴を零すと、フェイールが気の毒そうに見る。
「ふはははは、相変わらずヴァクスは面白いなぁ!」
「な!? リヒード!? それにミケーネ!? いつからそこに!?」
突如響いた高笑いに、ヴァクスが弾かれたように立ち上がる。
そこには、いい笑みを浮かべたリヒードとミケーネが立っていた。
「いつから、とな? ふむ、俺にできることなら?」
「力になるぞ、だったかしらね?」
二人のコンビネーションに、ヴァクスは言葉もなくソファに崩れ落ちる。
「リヒード! そんなことより!」
うな垂れるヴァクスを押しのけ、フェイールがリヒードに詰めよる。
そんなこと扱いされたヴァクスはより一層深くソファに沈み込むが、誰も気づかない。
「うむ、子株と意思疎通できるようになって何より。やはり気に入られていたな!」
「う、うん、そうなんだけど。皆には聞こえないのか、これ」
うねうねしている鉢植えのフールを、首を傾げながら見つめるフェイール。
リヒードは腕を組み、難しい顔をする。
「そればっかりは何とも言えん! フェイールのように気に入られれば、聞こえるのではないか」
「そうか……フール、皆とも仲良くするんだぞ」
鉢植えの触手に何事かを語りかける竜人娘。
ヴァクスが心配するのももっともな光景である。
リヒードはフールの声が聞こえているので別として、聞こえていないだろうミケーネは驚きそうなものだが、既にその手の出来事に対する耐性が半端ではなくなっているために、むしろ微笑ましそうに眺めている。
「ふふ、その名前、どういった意味があるのかしら?」
「えっと、単純に私の名前から取ってある。フールもそれでいいと言うのでな」
うねうねと揺れる触手で、フールは肯定の意を表す。
うねる触手を、恐れることもなく触るミケーネ。
ソファに沈んで人生について考えつつ、ぼんやりと三人を眺めていたヴァクスは、その光景に衝撃を受ける。
自分は触ることはおろか、苦手意識ができてしまい直視することもままならない、あの生き物っぽい何かに、女子であるミケーネがいとも簡単に触れているのだ。
ミケーネは強い。そして自分もまた強くなりたい。そう思っているヴァクスの意地に火がつく。
何でもない風を装って、ヴァクスはソファから静かに立ち上がる。
そしてそろりそろりと、鉢植えとの距離を詰めていく。
その間にも会話は進む。
「ほほう、僕の触手ちゃんに負けない、いい名前だな!」
「リヒードのは安直すぎるでしょ、触手だから〝触手ちゃん〟なんて。どうせその場でろくに考えもせず決めてしまったのではないかしら」
ヴァクスがじりじりと鉢植えに近づく。
「ふむん……じゃあ、スーパー触手ちゃんとか?」
「壊滅的ね」
ミケーネによって撃墜されたリヒードの屍を越え、ヴァクスはとうとうフールに接敵する。
そして、ミケーネとフェイールの視線がリヒードに向いている間に、フールとの接触を図った。
しかし、フールは迫りくるヴァクスの魔の手を、素っ気なく触手で叩き落とす。
そのうえ、まるでヴァクスを見下すかのように、高々と触手を掲げた。
完全敗北を喫したヴァクスは、リヒードの隣で屍の仲間入りを果たすのであった。
「まぁ、早く来たつもりでしたのに、負けてしまいましたわ。皆様おはようございます」
「それに既に面白いことがあったあとのようだ、出遅れてしまったな。ともあれ皆、おはよう」
部室に入るなり無残な姿を晒しているリヒードとヴァクスを見たマリィとレアンが、実に残念そうな表情で挨拶をする。
ミケーネとフェイール、そしてフールがうねうねしながら挨拶を返した。
マリィとレアンがソファに座ってすぐに、また部室の扉が開く。
「おはよう。リーア、ついた」
「うー、おはよー……」
半分以上寝ているティリーアンネを支えるようにして、ラキルムが入ってくる。
同じ特殊科であるために寮の部屋も近い二人は、一緒に登校しようと約束していた。
早めに行きたいというティリーアンネの意見を採用し、集合時刻を設定したのだが、時間になっても、提案した本人が登場しない。そのためラキルムが部屋まで迎えにいくと、そこにはよだれを垂らして気持ち良さそうに眠る妖精の姿があった。
どうやら探検が楽しみでなかなか寝つけなかったらしい。そんなティリーアンネを、ラキルムは叩き起こして準備を手伝い、部室まで引っ張ってきたのだ。
「あはは、眠そうだね、リーア。僕も、今日が楽しみで寝られなくて、ちょっと寝不足なんだ。おっと、おはよう」
「ふふ、おはようございます。私が部員の中では最後のようですね」
ティリーアンネの醜態の原因を一瞬で見抜いたアクリネスが、あくびをしながら登場する。
さらにその後ろには、リトリスが微笑みを浮かべて立っていた。
部室の入り口を塞いでいることに気づいたラキルムが、ティリーアンネを引っ張って中に入る。
まるでだめな妹の世話をする姉のような構図を、皆が温かく見守っていた。
そして、アクリネスとリトリスも部室へと入る。
「お、リトリスはロードも同伴か」
リヒードが、リトリスの腕に抱かれている小さな赤いドラゴンに視線を向ける。
「あ、はい。あまり放っておくと、いじけてしまいますので。あっちの世界に連れていっても大丈夫でしょうか?」
「うむ、大丈夫だろう。僕の使い魔も、特に問題なさそうだったし。というか、向こうのほうが調子がいいそうだ」
「なら良かったです」
リトリスが安心すると、ロードも一鳴きする。
その鳴き声に反応したのか、フェイールが抱えていた鉢植えから触手が伸びて、ロードに向かっていった。その触手がロードの頭にさしかかる
皆が一瞬ぎょっとするが、その手はロードの頭を撫でただけであった。
「お姉さん風を吹かせているな」
フェイールが皆に伝えると、フールと会話できることを知らない面々は不思議そうな顔をする。
疑問の視線にフェイールが答えようとしたところで、またも部室の扉が開いた。
「私が最後ですか。早く来たつもりなのですが、お待たせしてすみません」
早めに来て職員室で仕事をしていたキリエは、時間に余裕をもって部室に来たのだが、既に全員揃っていることを知り、驚いた顔をしている。
そのキリエに魔の手が伸びる。
もちろん、フールの触手である。
気づいたときには目の前に迫っていたそれに、さすがのキリエも硬直する。
しかし、触手はキリエの前で上下に揺れるのみであった。
「あ、えっと、この間のことを謝っているみたいだ」
フェイールが、触手の意思をキリエに伝える。フールは先日、キリエのことを不審者だと思い、暗示をかけて意識を奪おうとしたのである。
リヒードとフェイール以外はフールの声が聞こえないので、またしても皆が不思議そうな顔をした。
「ああ、フェイールは子株――フールという名なのだが、それと意思疎通ができるようになったのだ。仲良くなった特典だな! 皆も仲良くしてやってくれ!」
リヒードが簡潔に説明すると、部員も顧問も納得する。
「昨日のことはもういいですよ。フェイールさんの良き友として、彼女を守ってあげてくださいね」
キリエが笑顔でフールにそう言うと、触手がまた上下に揺れる。
愛嬌すら感じさせるその仕草に、キリエの笑みが深くなる。
皆がしばしの間フールを構ったあと、頃合を見計らってリヒードが口を開いた。
「さて、それではそろそろ出発しよう!」
リヒードの言葉に全員が頷く。
こうして異世界への扉が開かれたのだった。
前回と同じ、城のテラスへと出た一行は、まずはラキルムに、空の王と呼ばれるリヒードの使い魔を会わせるという約束を果たすために、外へと向かう。
その道中で、リヒードはこの世界のことや城のことを、キリエに説明していく。
ここは神が創り上げた世界らしいと聞き、キリエはそのあまりに規格外な話に、ただただ驚くばかりである。
同時にリヒードだからなんでもありか、という諦めにも似た何かを抱く。
広場に着くと、ラキルムがすぐにリヒードの隣に移動し、期待に満ちた目を向ける。
その様子に、リヒードは思わず苦笑しながら、魔法陣を描き始めた。
「ふぅむ、こんなものか」
「リヒードさんの使い魔というのは、あの大きい鳥ですよね?」
「ムクさん、だったかしら?」
リトリスとミケーネは、リヒードの使い魔を見たときのことを思い出す。
一度見たら忘れない――いや、忘れられないほどに大きく美しい鳥であった。
二人の脳裏にはしっかりと焼きついている。
「いかにも、いかにも。大きいだけのただの鳥である。他にも使い魔はいろいろいるのだが、今、召喚に応じられる者は少ないからなぁ。ムクや触手ちゃんは基本的に暇しているらしく、すぐ応じてくれるから助かっている」
「へぇ、じゃあドラゴンとかもいるの?」
「うむ、一応いるぞ。ちょっと毛色が違うが」
ミケーネが、リトリスの腕にいるロードを見てまさかと思いつつ尋ねてみると、当たり前のように肯定される。
ミケーネが驚くよりも早く、リトリスが興奮した様子でリヒードに詰め寄る。
「本当ですか! 私は、そちらを是非とも見せていただきたいです! というか、いるなら教えてくださいよ! いろいろ聞きたいこともあるのに!」
「いやいや、ロードのことを聞きたいのだろうが、小さなドラゴンの扱いはまったくわからんし、そもそも真っ当な奴でもないのでなぁ。まぁ、いいか。応じてくれるかはあいつ次第だが、基本ムクと同じで暇しているようだし、呼んでみよう」
自分の使い魔に対して失礼な予想をしたリヒードは、追加で魔法陣を描いていく。
描き終わると魔力を込めて、手にしていた杖の先端で陣の端を叩く。
すると、魔法陣が輝き出した。
すぐに視界を奪うほどの光があたりに満ち、皆が手で目を覆う。
少しすると段々と光が収束していった。陣に皆の視線が集まる。
本来であれば魔法陣の中心には、大きな鳥とドラゴンが威風堂々と佇んでいるはずであった。
しかし、現実は予想の斜め上を突っ走る。
光が収まったその先には、微妙に汚れた給仕服を着た女性二人が立っていたのであった。
自分の城の前で、リヒードが珍しく渋面を作り、腕を組んで使い魔たちに厳しい視線を向けていた。
視線の先には、美女と美少女。
どちらも顔立ちは美しく整っており、白く透き通る肌と純白の髪をしているため、姉妹のように見える。
唯一違いがあるとすれば、背中にある羽が、美女は鳥のような形をしているのに対して、少女はドラゴンのような形をしていることぐらいだ。
どちらの羽も、天族であるラキルムの羽が霞んでしまうほどに美しく、見る者すべてを魅了する。
美女は切れ長の双眸で凛々しい顔立ちをしており、どこか冷たさを感じさせる雰囲気がある。が、現在は主に睨まれ縮こまっている。
美少女は垂れ目で幼さを残す容貌で、周囲を知らず和やかにしてしまう力がありそうだが、現在は同じく主に睨まれ涙目になっていた。
そんな二人に向かい、リヒードが口を開く。
「ふむ……で?」
「あー、いや、その、なんだ」
普段あまり見ることのない主の険しい表情に、ムクは居心地悪そうに身動ぎする。
「うう、ムク姉さんが無理矢理引っ張るから……」
「ベルは私が悪いと言うのか!?」
「だってだって、そうでしょう! いくら何でも、このままの恰好で召喚に応じることなかったじゃないですか!」
少女――ベルが涙を浮かべながら、美女――ムクに抗議する。
ムクは空の王とも呼ばれ、天族の畏怖、尊敬、信仰を集めていたが、実際にはリヒードの使い魔で、リヒード曰く、ただの鳥である。
魔法によって人型になっているが、本来の姿は大きく美しい鳥。
一方、ベルは神の力の代行者とも呼ばれる白きドラゴンたちの一匹で、紆余曲折あって現在はリヒードの使い魔をやっている。
今はムク同様人型をとっているが、本来は威風堂々とした純白のドラゴンである。
ベルはムクを姉と呼び慕っているが、その根底にあるのは力の強さだ。
空の王であるムクの強さに憧れを抱き、尊敬しているからこそ「姉」と位置づけているのである。
しかし、その姉には問題も多い。特に主のこととなると途端に見境や威厳をなくしてしまい、ベルは毎回何かしらの被害を被る。
今回も例に漏れず、しっかりと巻き込まれたために、ベルがムクを非難するのも仕方のないことなのであった。
妹から潤んだ瞳で見つめられ、さすがのムクもたじろぐ。
「む、むぅ。し、仕方なかったのだ! 我が主を待たせるわけにもいかんだろう!?」
「ムク姉さんは素直じゃありませんね、本当は主様に早く会いたかっただけなんじゃないですか?」
姉が主に想いをぶつけられないまま何百年と過ごしていることを知っているベルは、ここぞとばかりに強気に出る。
しかし、ムクにその手のからかいはタブーであった。
「……ふむ。今一度、どちらが格上か、しっかりと教え込まないといけないのかもしれんなぁ、うん? ベルよ」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさい、生意気言ってごめんなさい」
美女から噴き出した圧倒的な威圧感に、魔法研究会の部員たちだけでなく、キリエすらも思わず身構えてしまう。
それを真っ向から向けられたベルは、小さな身体を丸めて謝り倒す。
そんな茶番を繰り広げていた二人は、怒れる主の言葉によってすぐに現実へと引き戻された。
「おい、そこの鳥と蜥蜴、話は済んだかね?」
「む!? わ、我が主よ、これには深い理由があってな!?」
即座に反応したムクが、威厳などかなぐり捨て、かなりの慌てっぷりで答える。
いつもは主以外の者がいる場合、猫を被って威厳たっぷりに話すのだが、その余裕すら今はない。
「ふむ、聞こう。ただし、くだらない理由だった場合、お仕置き魔法が唸るぞ」
「う、うむ。その、だな。触手めが、我が主のために弁当を作ると自慢するものだから、ちょっと手伝ってやろうとしたら、な?」
お仕置き魔法と聞いたムクは、緊張しながらこうなった経緯を話し出す。
リヒードのお仕置き魔法は、性悪な知り合いが開発した、えげつないものばかりであることを、ムクはよく知っているのだ。そのため、内心では汗をダラダラと流している。
「ムク、お前人型のときは細かい動きができないではないか! 確実に邪魔にしかならんだろう!?」
「む! 結構練習もしたのだ! それなりに動けるようになった!」
「けど、結局散々邪魔した挙句に、触手ちゃんに追い出されてましたよね。で、塔の掃除を二人でしてたのです」
給仕服が微妙に汚れていたのは、そのせいである。
ちなみに掃除でも、ムクは大量の新しい仕事を作り出してしまったのだが、さすがにそこまではベルも口にしない。
そもそも、触手ちゃんは自慢したわけではない。リヒードが塔を離れたために、そこには食材がほとんどなかった。そんな状態での仕出し注文だったので、長距離を短時間で移動でき、暇をしているであろうムクとついでにベルに、買い出しを頼んだのである。
その際に、ムクが触手ちゃんを問いただしただけの話であった。
そして、食材を調達して戻ったムクは、ベルと連れ立って塔の厨房へ乱入。触手ちゃんを手伝おうとしたのだが、結果としてベルと、触手ちゃんの有り余る手をもってしてもフォローできないほどの不器用さを発揮したのであった。
時間さえあれば、ムクが満足するまで付き合うくらいの心の広さを持つ触手ちゃんだが、今回はそんな余裕もなかったために、塔の掃除をやんわりと、しかし断れないほどの圧力をもってムクに依頼したというわけである。
ムクも、薄々邪魔していることには気づいていたために、素直にその頼みを聞いた。
「その途中で召喚された、というわけか」
「わ、私だって料理ぐらいだな……! それに……我が主に手料理をだな……」
呆れた顔のリヒードに抗議するムクであったが、どんどん尻つぼみになっていくために、最後のほうはほとんど伝わらない。
「とりあえず、お仕置きはあとにするとして、城の中庭で元の姿に戻ってくるのだ。見ろ、大きな鳥とドラゴンが来ると思って期待していた子供たちの唖然とした顔を!」
「む! 急いで行ってくる」
「わ、わっ、ムク姉さん引っ張らないでー!」
ムクは羽を広げると、強引にベルの腕を掴み、飛び上がる。
ベルも慌てて自分の羽を広げた。
あとには使い魔の主と、流れについていけず、ただ呆然としている魔法研究会の部員たちと顧問が残された。
ちなみに二人の給仕服は、触手ちゃんによる手作りである。
羽が出せるようにと、背中は大きく開いており、人間の衣服に慣れていないふたりでも着やすく、脱ぎやすい作りになっていた。
まさに職人の技である。
何故給仕服かといえば、触手ちゃんが持っている大昔の少々偏りのある知識からきた結論である。
しかし、存外動きやすく、なによりデザインも個々に合わせて作られたそれを、本人たちが気に入らないはずがない。
そんな触手ちゃんの愛情が詰まった服を二人が脱ぎ、変身している間に、部員たちはリヒードに詰め寄る。
「あ、あの美人さんたちはだれよ!?」
一番早く復活したミケーネが、突如として現れた美形姉妹に何故か焦りを感じつつ、リヒードを問いただす。
「いや、使い魔の鳥と蜥蜴なのだが」
リヒードが至極当たり前といった様子で素直に事実を告げると、ミケーネも少し落ち着きを取り戻した。しかし鳥のあまりの変貌っぷりにショックを隠せない。
「け、けど人型でしたよ!?」
「うむ、変身できるのでな!」
リトリスのもっともな疑問も、リヒードが一言で片付けてしまう。
「恐ろしいほどの圧力であった」
「まぁ、一応あれでも空の王だしな」
ムクの威圧感に圧倒されたレアンが、今更ながらに汗を拭っている。
「綺麗な羽でしたわ」
「うむ、自慢らしい。あとで適当に褒めてやってくれ」
うっとりした目で感想を述べるマリィに、リヒードも嬉しそうである。
「ドラゴンで人型……」
「ああ、フェイールの先祖にあたる種かもしれんな」
フェイールが思案していると、リヒードが驚愕の事実を何でもないように告げる。
「空の王って、精霊の王よりも偉いの?」
「どっちも王ってついているし、同じくらいじゃないのか」
妖精の疑問を適当に流すリヒード、その言葉には一切の迷いがない。
「あれが、空の王。すごい、感動した」
「あ、あれでか!? いつもは人前では、もう少し威厳があるのだがなぁ」
結構な醜態を晒した自分の使い魔を、それでも憧れの目で見るラキルムに、さすがのリヒードも驚いてしまう。
「大きい鳥かぁ、ちょっと前に話題になったのはもしかして?」
「ああ、おつかいを頼んだので、そのとき人目についたのかもしれんな」
アクリネスが、前に噂で聞いたあまりに嘘臭い大きな鳥の話を思い出し口にすると、リヒードが頷き肯定する。
「あれがドラゴンか。……強いのか?」
ロードをチラッと見たあと、ヴァクスが疑いの眼差しをリヒードに向ける。
「ああ見えて、本来の姿は大きく凛々しいドラゴンなんだぞ!?」
先ほどの姿を見たあとでは説得力がないことはわかっているが、一応反論するリヒード。
「私は何も聞いていませんし、見ていませんよ。校長にも報告できそうにないですからね」
あまりにスケールの大きすぎる使い魔に、キリエは沈黙を選択する。
「うむ、苦労をかけるな。触手ちゃんマッサージ利用券を上げよう。僕もたまに世話になるが、肩こりなんかたちどころに消えてしまうぞ」
リヒードは迷惑をかけていることを申し訳なく思い、どこからか出した紙切れをキリエに手渡した。
「あ?」
「こ、このフール……この子から頭に直接響くような声が!」
手に持った鉢植えを、ヴァクスにつき出すフェイール。
「この子って、触手の子株がか?」
ヴァクスが鉢植えの中でうねっている子株を指差すと、その指に一瞬で絡みつく子株。
「あ」
フェイールの間の抜けた声が部室に響く。
「うお!? くそっ、放しやがれ!」
「……あー、えっと、フールの母にあたる触手ちゃんを呼び捨てにしたことが許せないようだ。で、この子はフールって名付けたからそう呼んでやってくれ。フールは呼び捨てでいいらしい」
フールが本気で絡んでいないことを理解しているフェイールは、落ち着いて説明する。
ヴァクスは焦りながら、リヒードから先日された触手についての注意を思い出して謝罪した。
「す、すまん。触手ちゃんさんまじ万能っす」
ヴァクスの言葉を聞くと、しゅるしゅるとフールの触手が戻っていく。
「はぁはぁ、来て早々にこれか……」
「あー、ごめん」
戒めを解かれたヴァクスが愚痴を零すと、フェイールが気の毒そうに見る。
「ふはははは、相変わらずヴァクスは面白いなぁ!」
「な!? リヒード!? それにミケーネ!? いつからそこに!?」
突如響いた高笑いに、ヴァクスが弾かれたように立ち上がる。
そこには、いい笑みを浮かべたリヒードとミケーネが立っていた。
「いつから、とな? ふむ、俺にできることなら?」
「力になるぞ、だったかしらね?」
二人のコンビネーションに、ヴァクスは言葉もなくソファに崩れ落ちる。
「リヒード! そんなことより!」
うな垂れるヴァクスを押しのけ、フェイールがリヒードに詰めよる。
そんなこと扱いされたヴァクスはより一層深くソファに沈み込むが、誰も気づかない。
「うむ、子株と意思疎通できるようになって何より。やはり気に入られていたな!」
「う、うん、そうなんだけど。皆には聞こえないのか、これ」
うねうねしている鉢植えのフールを、首を傾げながら見つめるフェイール。
リヒードは腕を組み、難しい顔をする。
「そればっかりは何とも言えん! フェイールのように気に入られれば、聞こえるのではないか」
「そうか……フール、皆とも仲良くするんだぞ」
鉢植えの触手に何事かを語りかける竜人娘。
ヴァクスが心配するのももっともな光景である。
リヒードはフールの声が聞こえているので別として、聞こえていないだろうミケーネは驚きそうなものだが、既にその手の出来事に対する耐性が半端ではなくなっているために、むしろ微笑ましそうに眺めている。
「ふふ、その名前、どういった意味があるのかしら?」
「えっと、単純に私の名前から取ってある。フールもそれでいいと言うのでな」
うねうねと揺れる触手で、フールは肯定の意を表す。
うねる触手を、恐れることもなく触るミケーネ。
ソファに沈んで人生について考えつつ、ぼんやりと三人を眺めていたヴァクスは、その光景に衝撃を受ける。
自分は触ることはおろか、苦手意識ができてしまい直視することもままならない、あの生き物っぽい何かに、女子であるミケーネがいとも簡単に触れているのだ。
ミケーネは強い。そして自分もまた強くなりたい。そう思っているヴァクスの意地に火がつく。
何でもない風を装って、ヴァクスはソファから静かに立ち上がる。
そしてそろりそろりと、鉢植えとの距離を詰めていく。
その間にも会話は進む。
「ほほう、僕の触手ちゃんに負けない、いい名前だな!」
「リヒードのは安直すぎるでしょ、触手だから〝触手ちゃん〟なんて。どうせその場でろくに考えもせず決めてしまったのではないかしら」
ヴァクスがじりじりと鉢植えに近づく。
「ふむん……じゃあ、スーパー触手ちゃんとか?」
「壊滅的ね」
ミケーネによって撃墜されたリヒードの屍を越え、ヴァクスはとうとうフールに接敵する。
そして、ミケーネとフェイールの視線がリヒードに向いている間に、フールとの接触を図った。
しかし、フールは迫りくるヴァクスの魔の手を、素っ気なく触手で叩き落とす。
そのうえ、まるでヴァクスを見下すかのように、高々と触手を掲げた。
完全敗北を喫したヴァクスは、リヒードの隣で屍の仲間入りを果たすのであった。
「まぁ、早く来たつもりでしたのに、負けてしまいましたわ。皆様おはようございます」
「それに既に面白いことがあったあとのようだ、出遅れてしまったな。ともあれ皆、おはよう」
部室に入るなり無残な姿を晒しているリヒードとヴァクスを見たマリィとレアンが、実に残念そうな表情で挨拶をする。
ミケーネとフェイール、そしてフールがうねうねしながら挨拶を返した。
マリィとレアンがソファに座ってすぐに、また部室の扉が開く。
「おはよう。リーア、ついた」
「うー、おはよー……」
半分以上寝ているティリーアンネを支えるようにして、ラキルムが入ってくる。
同じ特殊科であるために寮の部屋も近い二人は、一緒に登校しようと約束していた。
早めに行きたいというティリーアンネの意見を採用し、集合時刻を設定したのだが、時間になっても、提案した本人が登場しない。そのためラキルムが部屋まで迎えにいくと、そこにはよだれを垂らして気持ち良さそうに眠る妖精の姿があった。
どうやら探検が楽しみでなかなか寝つけなかったらしい。そんなティリーアンネを、ラキルムは叩き起こして準備を手伝い、部室まで引っ張ってきたのだ。
「あはは、眠そうだね、リーア。僕も、今日が楽しみで寝られなくて、ちょっと寝不足なんだ。おっと、おはよう」
「ふふ、おはようございます。私が部員の中では最後のようですね」
ティリーアンネの醜態の原因を一瞬で見抜いたアクリネスが、あくびをしながら登場する。
さらにその後ろには、リトリスが微笑みを浮かべて立っていた。
部室の入り口を塞いでいることに気づいたラキルムが、ティリーアンネを引っ張って中に入る。
まるでだめな妹の世話をする姉のような構図を、皆が温かく見守っていた。
そして、アクリネスとリトリスも部室へと入る。
「お、リトリスはロードも同伴か」
リヒードが、リトリスの腕に抱かれている小さな赤いドラゴンに視線を向ける。
「あ、はい。あまり放っておくと、いじけてしまいますので。あっちの世界に連れていっても大丈夫でしょうか?」
「うむ、大丈夫だろう。僕の使い魔も、特に問題なさそうだったし。というか、向こうのほうが調子がいいそうだ」
「なら良かったです」
リトリスが安心すると、ロードも一鳴きする。
その鳴き声に反応したのか、フェイールが抱えていた鉢植えから触手が伸びて、ロードに向かっていった。その触手がロードの頭にさしかかる
皆が一瞬ぎょっとするが、その手はロードの頭を撫でただけであった。
「お姉さん風を吹かせているな」
フェイールが皆に伝えると、フールと会話できることを知らない面々は不思議そうな顔をする。
疑問の視線にフェイールが答えようとしたところで、またも部室の扉が開いた。
「私が最後ですか。早く来たつもりなのですが、お待たせしてすみません」
早めに来て職員室で仕事をしていたキリエは、時間に余裕をもって部室に来たのだが、既に全員揃っていることを知り、驚いた顔をしている。
そのキリエに魔の手が伸びる。
もちろん、フールの触手である。
気づいたときには目の前に迫っていたそれに、さすがのキリエも硬直する。
しかし、触手はキリエの前で上下に揺れるのみであった。
「あ、えっと、この間のことを謝っているみたいだ」
フェイールが、触手の意思をキリエに伝える。フールは先日、キリエのことを不審者だと思い、暗示をかけて意識を奪おうとしたのである。
リヒードとフェイール以外はフールの声が聞こえないので、またしても皆が不思議そうな顔をした。
「ああ、フェイールは子株――フールという名なのだが、それと意思疎通ができるようになったのだ。仲良くなった特典だな! 皆も仲良くしてやってくれ!」
リヒードが簡潔に説明すると、部員も顧問も納得する。
「昨日のことはもういいですよ。フェイールさんの良き友として、彼女を守ってあげてくださいね」
キリエが笑顔でフールにそう言うと、触手がまた上下に揺れる。
愛嬌すら感じさせるその仕草に、キリエの笑みが深くなる。
皆がしばしの間フールを構ったあと、頃合を見計らってリヒードが口を開いた。
「さて、それではそろそろ出発しよう!」
リヒードの言葉に全員が頷く。
こうして異世界への扉が開かれたのだった。
前回と同じ、城のテラスへと出た一行は、まずはラキルムに、空の王と呼ばれるリヒードの使い魔を会わせるという約束を果たすために、外へと向かう。
その道中で、リヒードはこの世界のことや城のことを、キリエに説明していく。
ここは神が創り上げた世界らしいと聞き、キリエはそのあまりに規格外な話に、ただただ驚くばかりである。
同時にリヒードだからなんでもありか、という諦めにも似た何かを抱く。
広場に着くと、ラキルムがすぐにリヒードの隣に移動し、期待に満ちた目を向ける。
その様子に、リヒードは思わず苦笑しながら、魔法陣を描き始めた。
「ふぅむ、こんなものか」
「リヒードさんの使い魔というのは、あの大きい鳥ですよね?」
「ムクさん、だったかしら?」
リトリスとミケーネは、リヒードの使い魔を見たときのことを思い出す。
一度見たら忘れない――いや、忘れられないほどに大きく美しい鳥であった。
二人の脳裏にはしっかりと焼きついている。
「いかにも、いかにも。大きいだけのただの鳥である。他にも使い魔はいろいろいるのだが、今、召喚に応じられる者は少ないからなぁ。ムクや触手ちゃんは基本的に暇しているらしく、すぐ応じてくれるから助かっている」
「へぇ、じゃあドラゴンとかもいるの?」
「うむ、一応いるぞ。ちょっと毛色が違うが」
ミケーネが、リトリスの腕にいるロードを見てまさかと思いつつ尋ねてみると、当たり前のように肯定される。
ミケーネが驚くよりも早く、リトリスが興奮した様子でリヒードに詰め寄る。
「本当ですか! 私は、そちらを是非とも見せていただきたいです! というか、いるなら教えてくださいよ! いろいろ聞きたいこともあるのに!」
「いやいや、ロードのことを聞きたいのだろうが、小さなドラゴンの扱いはまったくわからんし、そもそも真っ当な奴でもないのでなぁ。まぁ、いいか。応じてくれるかはあいつ次第だが、基本ムクと同じで暇しているようだし、呼んでみよう」
自分の使い魔に対して失礼な予想をしたリヒードは、追加で魔法陣を描いていく。
描き終わると魔力を込めて、手にしていた杖の先端で陣の端を叩く。
すると、魔法陣が輝き出した。
すぐに視界を奪うほどの光があたりに満ち、皆が手で目を覆う。
少しすると段々と光が収束していった。陣に皆の視線が集まる。
本来であれば魔法陣の中心には、大きな鳥とドラゴンが威風堂々と佇んでいるはずであった。
しかし、現実は予想の斜め上を突っ走る。
光が収まったその先には、微妙に汚れた給仕服を着た女性二人が立っていたのであった。
自分の城の前で、リヒードが珍しく渋面を作り、腕を組んで使い魔たちに厳しい視線を向けていた。
視線の先には、美女と美少女。
どちらも顔立ちは美しく整っており、白く透き通る肌と純白の髪をしているため、姉妹のように見える。
唯一違いがあるとすれば、背中にある羽が、美女は鳥のような形をしているのに対して、少女はドラゴンのような形をしていることぐらいだ。
どちらの羽も、天族であるラキルムの羽が霞んでしまうほどに美しく、見る者すべてを魅了する。
美女は切れ長の双眸で凛々しい顔立ちをしており、どこか冷たさを感じさせる雰囲気がある。が、現在は主に睨まれ縮こまっている。
美少女は垂れ目で幼さを残す容貌で、周囲を知らず和やかにしてしまう力がありそうだが、現在は同じく主に睨まれ涙目になっていた。
そんな二人に向かい、リヒードが口を開く。
「ふむ……で?」
「あー、いや、その、なんだ」
普段あまり見ることのない主の険しい表情に、ムクは居心地悪そうに身動ぎする。
「うう、ムク姉さんが無理矢理引っ張るから……」
「ベルは私が悪いと言うのか!?」
「だってだって、そうでしょう! いくら何でも、このままの恰好で召喚に応じることなかったじゃないですか!」
少女――ベルが涙を浮かべながら、美女――ムクに抗議する。
ムクは空の王とも呼ばれ、天族の畏怖、尊敬、信仰を集めていたが、実際にはリヒードの使い魔で、リヒード曰く、ただの鳥である。
魔法によって人型になっているが、本来の姿は大きく美しい鳥。
一方、ベルは神の力の代行者とも呼ばれる白きドラゴンたちの一匹で、紆余曲折あって現在はリヒードの使い魔をやっている。
今はムク同様人型をとっているが、本来は威風堂々とした純白のドラゴンである。
ベルはムクを姉と呼び慕っているが、その根底にあるのは力の強さだ。
空の王であるムクの強さに憧れを抱き、尊敬しているからこそ「姉」と位置づけているのである。
しかし、その姉には問題も多い。特に主のこととなると途端に見境や威厳をなくしてしまい、ベルは毎回何かしらの被害を被る。
今回も例に漏れず、しっかりと巻き込まれたために、ベルがムクを非難するのも仕方のないことなのであった。
妹から潤んだ瞳で見つめられ、さすがのムクもたじろぐ。
「む、むぅ。し、仕方なかったのだ! 我が主を待たせるわけにもいかんだろう!?」
「ムク姉さんは素直じゃありませんね、本当は主様に早く会いたかっただけなんじゃないですか?」
姉が主に想いをぶつけられないまま何百年と過ごしていることを知っているベルは、ここぞとばかりに強気に出る。
しかし、ムクにその手のからかいはタブーであった。
「……ふむ。今一度、どちらが格上か、しっかりと教え込まないといけないのかもしれんなぁ、うん? ベルよ」
「ひっ、ごめんなさいごめんなさい、生意気言ってごめんなさい」
美女から噴き出した圧倒的な威圧感に、魔法研究会の部員たちだけでなく、キリエすらも思わず身構えてしまう。
それを真っ向から向けられたベルは、小さな身体を丸めて謝り倒す。
そんな茶番を繰り広げていた二人は、怒れる主の言葉によってすぐに現実へと引き戻された。
「おい、そこの鳥と蜥蜴、話は済んだかね?」
「む!? わ、我が主よ、これには深い理由があってな!?」
即座に反応したムクが、威厳などかなぐり捨て、かなりの慌てっぷりで答える。
いつもは主以外の者がいる場合、猫を被って威厳たっぷりに話すのだが、その余裕すら今はない。
「ふむ、聞こう。ただし、くだらない理由だった場合、お仕置き魔法が唸るぞ」
「う、うむ。その、だな。触手めが、我が主のために弁当を作ると自慢するものだから、ちょっと手伝ってやろうとしたら、な?」
お仕置き魔法と聞いたムクは、緊張しながらこうなった経緯を話し出す。
リヒードのお仕置き魔法は、性悪な知り合いが開発した、えげつないものばかりであることを、ムクはよく知っているのだ。そのため、内心では汗をダラダラと流している。
「ムク、お前人型のときは細かい動きができないではないか! 確実に邪魔にしかならんだろう!?」
「む! 結構練習もしたのだ! それなりに動けるようになった!」
「けど、結局散々邪魔した挙句に、触手ちゃんに追い出されてましたよね。で、塔の掃除を二人でしてたのです」
給仕服が微妙に汚れていたのは、そのせいである。
ちなみに掃除でも、ムクは大量の新しい仕事を作り出してしまったのだが、さすがにそこまではベルも口にしない。
そもそも、触手ちゃんは自慢したわけではない。リヒードが塔を離れたために、そこには食材がほとんどなかった。そんな状態での仕出し注文だったので、長距離を短時間で移動でき、暇をしているであろうムクとついでにベルに、買い出しを頼んだのである。
その際に、ムクが触手ちゃんを問いただしただけの話であった。
そして、食材を調達して戻ったムクは、ベルと連れ立って塔の厨房へ乱入。触手ちゃんを手伝おうとしたのだが、結果としてベルと、触手ちゃんの有り余る手をもってしてもフォローできないほどの不器用さを発揮したのであった。
時間さえあれば、ムクが満足するまで付き合うくらいの心の広さを持つ触手ちゃんだが、今回はそんな余裕もなかったために、塔の掃除をやんわりと、しかし断れないほどの圧力をもってムクに依頼したというわけである。
ムクも、薄々邪魔していることには気づいていたために、素直にその頼みを聞いた。
「その途中で召喚された、というわけか」
「わ、私だって料理ぐらいだな……! それに……我が主に手料理をだな……」
呆れた顔のリヒードに抗議するムクであったが、どんどん尻つぼみになっていくために、最後のほうはほとんど伝わらない。
「とりあえず、お仕置きはあとにするとして、城の中庭で元の姿に戻ってくるのだ。見ろ、大きな鳥とドラゴンが来ると思って期待していた子供たちの唖然とした顔を!」
「む! 急いで行ってくる」
「わ、わっ、ムク姉さん引っ張らないでー!」
ムクは羽を広げると、強引にベルの腕を掴み、飛び上がる。
ベルも慌てて自分の羽を広げた。
あとには使い魔の主と、流れについていけず、ただ呆然としている魔法研究会の部員たちと顧問が残された。
ちなみに二人の給仕服は、触手ちゃんによる手作りである。
羽が出せるようにと、背中は大きく開いており、人間の衣服に慣れていないふたりでも着やすく、脱ぎやすい作りになっていた。
まさに職人の技である。
何故給仕服かといえば、触手ちゃんが持っている大昔の少々偏りのある知識からきた結論である。
しかし、存外動きやすく、なによりデザインも個々に合わせて作られたそれを、本人たちが気に入らないはずがない。
そんな触手ちゃんの愛情が詰まった服を二人が脱ぎ、変身している間に、部員たちはリヒードに詰め寄る。
「あ、あの美人さんたちはだれよ!?」
一番早く復活したミケーネが、突如として現れた美形姉妹に何故か焦りを感じつつ、リヒードを問いただす。
「いや、使い魔の鳥と蜥蜴なのだが」
リヒードが至極当たり前といった様子で素直に事実を告げると、ミケーネも少し落ち着きを取り戻した。しかし鳥のあまりの変貌っぷりにショックを隠せない。
「け、けど人型でしたよ!?」
「うむ、変身できるのでな!」
リトリスのもっともな疑問も、リヒードが一言で片付けてしまう。
「恐ろしいほどの圧力であった」
「まぁ、一応あれでも空の王だしな」
ムクの威圧感に圧倒されたレアンが、今更ながらに汗を拭っている。
「綺麗な羽でしたわ」
「うむ、自慢らしい。あとで適当に褒めてやってくれ」
うっとりした目で感想を述べるマリィに、リヒードも嬉しそうである。
「ドラゴンで人型……」
「ああ、フェイールの先祖にあたる種かもしれんな」
フェイールが思案していると、リヒードが驚愕の事実を何でもないように告げる。
「空の王って、精霊の王よりも偉いの?」
「どっちも王ってついているし、同じくらいじゃないのか」
妖精の疑問を適当に流すリヒード、その言葉には一切の迷いがない。
「あれが、空の王。すごい、感動した」
「あ、あれでか!? いつもは人前では、もう少し威厳があるのだがなぁ」
結構な醜態を晒した自分の使い魔を、それでも憧れの目で見るラキルムに、さすがのリヒードも驚いてしまう。
「大きい鳥かぁ、ちょっと前に話題になったのはもしかして?」
「ああ、おつかいを頼んだので、そのとき人目についたのかもしれんな」
アクリネスが、前に噂で聞いたあまりに嘘臭い大きな鳥の話を思い出し口にすると、リヒードが頷き肯定する。
「あれがドラゴンか。……強いのか?」
ロードをチラッと見たあと、ヴァクスが疑いの眼差しをリヒードに向ける。
「ああ見えて、本来の姿は大きく凛々しいドラゴンなんだぞ!?」
先ほどの姿を見たあとでは説得力がないことはわかっているが、一応反論するリヒード。
「私は何も聞いていませんし、見ていませんよ。校長にも報告できそうにないですからね」
あまりにスケールの大きすぎる使い魔に、キリエは沈黙を選択する。
「うむ、苦労をかけるな。触手ちゃんマッサージ利用券を上げよう。僕もたまに世話になるが、肩こりなんかたちどころに消えてしまうぞ」
リヒードは迷惑をかけていることを申し訳なく思い、どこからか出した紙切れをキリエに手渡した。
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