物語の中の人

田中

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3巻

3-2

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「魔力の集まりを感じる。見つけられたのは完璧に運だな」
「回復に専念しているのだろう。ところで我が主、くだんのドラゴンのことなのだが」
「ふむ?」

 何かを知っている様子の使い魔に、魔法使いが足を止めないまま顔を向ける。
 魔法使いの視線を受けて、使い魔が口を開いた。

「私の故郷には、竜種が多くいてな。そこでは黒色のドラゴンというのは、ちたドラゴンと言われていた。元は白色のドラゴンが、理性をなくして凶暴になった姿なのだ。それを狩ることも、そこでは私たちの仕事であった。そこらにいる、赤や青などのドラゴンと比べると、桁違けたちがいに強いぞ」
「ほほう、白色のドラゴンというのは珍しいな」

 使い魔の警告を、魔法使いは理解せずに頓狂とんきょうな返事を返す。
 使い魔も、さすがにこの返答は予想外であった。

「う、うむ、こちらにはほとんどいないだろう。しかし、そうではなくてだな」
「つまり、レアなのだな、ふむ……」

 使い魔の心配などそっちのけで、魔法使いは思案にふける。
 そしてすぐに結論を出した。

「よしとりあえず、白に戻してから考えよう」
「いやいや、我が主よ、私の話を聞いていたか!?」

 主の結論に驚き、思わず声を荒らげる使い魔。
 だが魔法使いは、いい笑顔で言い切った。

「なぁに! 我が使い魔はただの鳥なれど、羽があるだけの蜥蜴とかげに負ける道理などないだろう」
「む、当たり前だ!」

 魔法使いの言葉に、使い魔は反射的に返事をする。
 それを聞いて魔法使いは満足そうに笑い、使い魔の頭をでる。

「よしよし、その意気だぞ!」
「むぅ……」

 使い魔は気持ち良さそうに、主の手を受け入れている。
 少しして手が離れていくと、はっとして我に返り、顔を赤くしながら疑問を口にした。

「と、ところで我があるじよ。どうやって黒きドラゴンを元の色に戻すのだ?」
「ふむ、とりあえず白い染料で塗装するというのはどうだ? 確かどこかにあったはずだ」

 何もない空間に突如として空いた黒い穴に手を突っ込み、魔法使いは染料を探す。
 そのあまりに強引な手段に呆れた使い魔は、ドラゴンに色をつけるという主の奇行を未然に防ごうと口を開いた。

「……我が主よ。黒きドラゴンは凶暴性を失えば白に戻るかもしれないので塗装はやめるのだ」
「ふむ、なるほど」
「まぁ、我らは面倒なので、ちた時点で狩っていたがな」

 なかなかに物騒ぶっそうなことを、懐かしそうに話す使い魔。
 そうこうしているうちに、二人は洞窟の前へと辿たどり着いた。

「ふむ、やはりここのようだな」
「確かに、気配がするな。しかしよく気づいたな、我が主」


 洞窟の前に立ち、注意深く探ることで、ようやく大量の魔力の中に、毛色の違う魔力があることが使い魔にもわかった。

「誰かさんがすっ飛んでいったおかげだな!」
「むぅ、謝っているだろう! しつこいぞ、我が主!」

 洞窟の前でじゃれあう二人。
 結構な大声があたりに響き渡る。
 それは当然のごとく、洞窟内にいた黒きドラゴンの耳にも届いた。

「ぐるおおぉぉぉ!」

 咆哮ほうこうし、飛び出してくる黒きドラゴン。
 それを見た魔法使いは、目をきらきらさせる。

「おお、でかいな! 黒いな! いいな!」
「我があるじよ、もしや……」

 主のはしゃぎっぷりを見て、何かに勘付く使い魔。
 魔法使いはしっかりと頷いた。

「うむ、捕まえて契約するぞぉ!」
「わ、我が主。それは、う、浮気か!? あっちの羽のほうがいいのか!?」

 使い魔がものすごい勢いで、魔法使いに掴みかかる。

「いや、意味がわからん上に、比較対象が羽なのか……。まぁ、最近反抗期の使い魔がいるのでなー、新しく足を確保したいしなー」
「な、な、な……!?」

 魔法使いの棒読みな台詞セリフに、使い魔は雷に打たれたかのような衝撃を受け、言葉もろくに口から出せずにいる。

「あれがいれば、移動するときも楽だぞ? 二人くらいなら簡単に乗れそうだし」
「な……? 二人……?」
「うむ」

 魔法使いは呆ける使い魔を指差し、次いで自分を指す。
 魔法使いの中で使い魔は、旅の足というよりもともとしての位置づけである。
 なので、別の足を確保しても、一緒に旅はするつもりなのだ。
 それをなんとなくではあるが理解した使い魔は、何事か考え込む。

「二人で、ドラゴンの背に乗って飛ぶ……あの背中をもう少し削ればかなり密着して……よし、あれを移動手段として……そう! 移動手段として使い魔にしよう、我が主!」
「う、うむ。元よりそのつもりだぞ」

 使い魔が妙なテンションになったことに、魔法使いは若干引き気味である。

「というか、もう捕獲済みだしな!」
「ぬ?」

 魔法使いの言葉を聞いて、今更ながらに使い魔は、黒きドラゴンが洞窟から出てきてから今まで、まったく攻撃してこなかったことに気づく。
 そして改めて黒きドラゴンの気配がするほうに顔を向ける。すると、そこでは魔法でがんじがらめにされ、半ば封印された状態で黒きドラゴンがもがいていた。

「弱っている上に、理性もないのではな。誰かさんが呆けているうちに捕まえたのだ! ふはははは! 褒め称えていいぞぉ!」
「ぬぅ、さすが我があるじ。まさか、そんな簡単に」

 魔法使いが高笑いをする一方、まったく仕事をしなかった使い魔が若干肩を落とす。
 それを気にもとめず、魔法使いは次の段階に進もうとする。

「さて、あとは白色に戻すだけだな」
「どうするのだ?」
「ふむ……」

 魔法使いは思案しながら宙に浮き上がり、空中でがんじがらめにされている黒きドラゴンの眼前に移動する。
 黒きドラゴンは最後の力を振り絞って抵抗するが、魔法使いはそのままその目をじっと見た。

「グルォォォ……」

 黒きドラゴンは段々と動かなくなっていく。それに伴い、黒色だった身体が少しずつ白へと戻っていった。
 頭から始まり最後に尻尾まで真っ白になると、魔法使いは満足そうに頷いた。
 何が起こっているのかまるでわからない使い魔は、自分の主である男をまじまじと見る。

「我が主よ、何をしたのだ?」
「ふむ、軽い暗示なのだがな。長生きする生物は精神が頑強なので、普通は抵抗されてまったく効かないのだが……理性がほとんど残っていないなら効くらしいな!」
「……まったく。我が主はデタラメだな」

 ちたドラゴンは狩る、それが使い魔の故郷での常識であった。
 それをまるでなんでもないように、救ってしまったのだ。
 使い魔は、改めて自分の主が規格外であることを実感した。
 そしてその主が、黒きドラゴン改め白きドラゴンの傷をいやしている間に、使い魔はやっておくべきことを思い出す。

「さて、それでは意識がない間に、背中を少々削るか」

 獲物を前にした使い魔を、必死に止める魔法使いの叫び声が、浮遊する大陸に響き渡るのであった。



 第一章 魔法使いと異世界探検


 リベリカ王国で新王が即位し、その王にロンクス王国の姫が嫁いだという知らせは、あっという間に大陸中を駆け巡った。
 リベリカ王国には、長い王位継承争いによって陰鬱いんうつな空気が漂っていたが、それもこの知らせにより一新されて、かつての賑わいを取り戻そうとしている。
 ロンクス王国では、早くも自国の姫と隣国の王子の恋物語が劇になったり、吟遊詩人が歌ったりと、その婚姻を国全体で祝福していた。
 ――そんな中、ロンクス魔法学校魔法研究会はいつもどおり活動していた。
 リベリカ王国で派手に校外活動をしてきた彼らであるが、そのことについてはなんとか表沙汰にはならないで済んでいた。
 しかし、人の口に戸は立てられない。彼らの働きは、様々な噂となって密かに各地で語られていた。
 いわく、ロンクス王国から姫と一緒に少数精鋭の部隊が送られ、新王即位を支援した。いや、兵士ではなく、老齢だが凄腕の魔法使いで、城のワイバーンすら退しりぞけた。はたまた、発する闘気だけで傭兵を大量に失神させる化け物がいた、無尽蔵に魔力を放出する魔女がいた、などなど。
 中には真実も混じっているのだが、聞いた者の多くは、面白いと思いつつもそれらの噂を信じていなかった。


 ロンクス魔法学校の部室棟――魔法研究会の部室には部員たちが勢ぞろいしていた。二百年引きもっていた魔法使いリヒードを筆頭に、大貴族の娘ミケーネ、大商家の娘リトリス、魔王の子レアン、森の民の姫マリィ、竜人の戦士フェイール、妖精ティリーアンネ、騎士の息子ヴァクス、空の賢者の弟子ラキルム、ロンクス王国王子アクリネス、というそうそうたるメンバーである。

「そんなわけで、魔法研究会顧問であるキリエ先生の胃の平穏は一応保たれたわけだけど。多分そのうち、僕の実家から呼び出しが来ると思う」

 部室で、リベリカ王国に嫁いだ姉からの手紙や集まってきた情報について話をしていたアクリネスは、そう締めくくる。
 それを聞いたリヒードは、首を傾げた。

「アリスの実家? ロンクス王家か?」
「そうだよ。元々、魔法研究会に興味を持っていたようだけど、今回の一件で、なおさらね」

 申し訳なさそうに話すアクリネス。

「別に悪いことをしているわけでもなし、どんと構えておけばいいのだよ! そんなことより、城に行くことになるのか。さぞかし蔵書も揃っているのだろうなぁ、なぁ、アリス!」
「なぁ、じゃないでしょ! まったく」
「ですけど、リヒードさんらしいです」

 リヒードが目を輝かせ、ミケーネが叱りつけ、リトリスが笑う。

美味おいしい物、出るかな!?」
「きっと高級」

 食い意地の張ったティリーアンネと、無表情ながらも、まだ見ぬ食に思いをせるラキルム。

「何を着ていきましょう」
「む、制服ではだめか?」
「やはり、ド、ドレスとかいるのか!?」

 着る物に悩むマリィとレアン、フェイールは、あれこれと意見を交わしている。

「それどころじゃねぇだろ、城に呼び出しだぞ……」

 ヴァクスは、自信なさげに呟く。悲観的なのが自分だけなので、声を大にして言えないのだ。
 そんなヴァクスに救世主が現れる。

「ヴァクスの言うとおりよ。あまりはしゃがないように。どのように興味を持たれているのか、わからないのだから」
「まぁ、悪い話ではないと思うけど。一回顔を見ておきたいとか、そんな感じかな」

 ミケーネの言葉を、アクリネスが補足する。
 リベリカ王国での一件は、アクリネスの姉から両親へ、ある程度伝わっていた。そのため近々実家が動くだろうとアクリネスも確信していた。しかし、それはどちらかといえば、感謝の気持ちを伝えるためであろうということも予想していた。
 それに、姉の恩人ということを抜きにしても、リトリスとヴァクス以外、王家であろうとどうこうできるようなメンではないのだ。
 アクリネスは、心配することは何もない、と結論を下す。
 その横で、リヒードが胸を張って部員を見回した。

「そうだぞ。まったく、落ち着きがないな! 僕を見習いたまえ!」

 そう言って高笑いする部長を見て、アクリネスは先ほどの結論を早々に撤回し、リヒードの行動だけには気をつけようと心に決めた。

「まぁ、そんな未定の話よりも大事なことがある!」
「えぇっと、何かしら?」

 皆を代表して、副部長であるミケーネが無駄に偉そうなリヒードに問いかける。

「うむ! 先延ばしになっていた例の扉の先の探検と、皆の部の役職について決めんとな」

 例の扉とは、リヒードが魔法研究会の部室に作った、異世界につながる扉のことである。

「そういえば、すっかり忘れていたわね。けど、もういい時間よ? いくら明日が休みだからといって、下校時刻は守らないと」

 暗くなりかけている窓の外を見て、ミケーネが首を傾げる。

「扉の先は明日のお楽しみだな。キリエ先生、休日に部の活動をするには、どうすればいいのかね?」

 ちょうど、掛け持ちの部の顧問を終えて、魔法研究会に顔を出したキリエに、リヒードがすかさず問いかける。
 キリエは挨拶あいさつもそこそこに、リヒードの問いに答える。

「ずいぶん急ですね。休日の活動は、試験前や学校の各種行事前でなければ、顧問に申請すればできますよ」
「では明日、是非部活動をしたいのだが!」
「ええ、それは構いませんが……他の皆さんが参加できるかどうか確認しなくていいのですか?」
「たとえ一人でも活動する所存である!」

 リヒードが即答すると、キリエは苦笑して部長の後ろにいる部員たちに視線を向ける。
 するとすぐにミケーネが口を開く。

「あら、副部長を置いていくつもりかしら?」
「書記も参加しますよ」

 リトリスが役職を自己申告すると、皆も真似しながら参加の意向を表明していく。

「え、えっと、かぶちゃんの世話係も参加するぞ!」

 フェイールの発言に、その手に持った鉢植えの子株が触手をうねらせる。

「ふむ。平部員というのもあれだから、勝手ながら備品等の管理をさせてもらおう。もちろん、明日は参加希望だ」

 レアンはリヒードの持ち込んだ物が多く並ぶこの部室で、一番危険な仕事を買って出る。

「それでは私は衛生管理をしましょう。明日は、よろしければ参加させてください」

 綺麗好きなマリィは、ここのところずっと部室の清掃を担当していた。

「僕も参加ー! 探検の約束したし! それで、えーっと、催事担当で!」

 妖精の村では結構な重役である催事担当が頭に浮かび、そのまま口にするティリーアンネ。

「私も参加。会計で。空の王に会えるの、期待している」

 ラキルムは役職については適当に思いついたものを言い、むしろそのあとの約束を強調する。

「僕も参加だよ。役職は……儀式長は嫌だから、部活動連絡会を担当しようかな」

 部活動連絡会とは、その名のとおり各部の部長や担当の生徒が集まって、話し合いをおこなう場のことである。
 リヒードに行かせると、顧問のキリエの精神に多大なる負担をかけかねないと判断したアクリネスは、冗談めかして、しかしその実かなり重要な役職を引き受ける。

「あの広い庭使えるんだろ。もちろん、参加するぜ」

 ヴァクスは目を爛々らんらんと輝かせ、参加の意思のみを発言する。
 しかし、すぐに役職が決定された。

「ヴァクスは切り込み隊長」
「異議なしー!」

 ラキルムの的確な任命に、ティリーアンネが実に楽しそうに賛成する。

「いいネーミングセンスだね」
「それ以上に似合う役名がないな」
「ふふ、頼もしい限りですね?」

 アクリネスがからかうようにヴァクスに視線をやり、レアンが皮肉げな笑みを浮かべ、マリィがあやしく微笑む。
 リヒードが部室を改造した初日、散々な切り込みっぷりを披露したヴァクスは、その醜態しゅうたいの半分以上が周囲のせいだったことを思い出し、顔を赤くして叫ぶ。

「くそっ、好き勝手言いやがって!」
「えっと、えーっと、私は切り込み隊長、かっこいいと思うぞ!?」
「お、おう!?」

 窮地きゅうちに立たされたヴァクスを、フェイールが必死にフォローしようとし、結果としてさらに追い込むこととなった。
 ヴァクスの沈黙を、納得と捉えたフェイールは、上手くフォローができたと満足げである。
 その様子をキリエと二人、まるで保護者のようにながめていたリヒードは、落ち着いたところを見計らって口を開く。

「ふむ、どうやら皆参加のようだな」
「そのようですね。では部室棟の管理者に言っておきますので。それと、私も参加しましょう。実はあの扉の先のことを考えて、わくわくしていたんです。何時集合ですか?」

 子供のころに思い描いた冒険ができそうな予感に、さしものキリエも目をキラキラさせている。
 そのキリエに負けず劣らず、目を輝かせたリヒードが興奮した様子で集合時間を発表する。

「朝五時! 五時はどうだろうか!?」
「却下、十時に部室で」

 ミケーネの慈悲なき即断に、リヒードはがくりと膝をつき、悲しげに、何かを訴えかけるように副部長を見上げる。
 しかしミケーネは、無言でただ首を横に振るのみ。
 さすがのフェイールもフォローできずに、成りゆきを見守るしかない。
 やがて、完全敗北したリヒードが、独り言のように呟く。

「副部長のほうが、発言力が上だと……?」
「ふふ、ミケーネさんはいい補佐役ですね」

 リヒードの横では、キリエが頼もしそうにミケーネを見ている。

「仕方ないな、明日十時にここに集合だ。遅れた者には、楽しい楽しい罰ゲームを用意しよう! あと、昼食の準備はいらないぞ。こっちで用意するのでな」
「アリュに頼むの?」

 すぐに立ち直ったリヒードが、明日の注意事項を述べると、ミケーネが首を傾げて質問する。アリュとは、リヒードが居候いそうろうするミカルーネ家のメイドである。

「いや、弁当を持って探検に行く約束をリーアとしたのでな」
「そ、そう。わかったわ」

 数日前のリヒードとティリーアンネの会話を思い出したミケーネは、お弁当のシェフが触手だとわかり、顔を引きつらせる。
 皆も何かしら思うところがあるのか微妙な顔をする中で、キリエだけがわからない様子である。

「えっと、私もご相伴しょうばんにあずかってよろしいのですか?」
「もちろんだとも! 楽しみにしていてくれ、なんせシェフはプロ並だ!」
「わかりました。それでは、明日は手ぶらで来ることにします」

 まるで我がことのように自慢するリヒードに、キリエは微笑みを浮かべた。

「大抵の物は揃っているので、皆も活動に必要な物だけ持ってくればいい。では、今日は解散するとしよう」

 リヒードの言葉に各々了解の返事をし、その日は解散となったのだった。


 翌日、ミケーネは居ても立っても居られない状態のリヒードに引っ張られ、かなり早めに部室に到着した。
 しかし、そこには既に二人の部員の姿があった。しかも、リヒードがいない間に、ちょっとしたアクシデントが起こっていたのだ。
 最初に部室に入ったのは、ヴァクスであった。罰ゲームに過敏に反応した結果の一番乗りである。
 次に、フェイールである。
 来て早々に、ヴァクスがいることに驚いたフェイールは、ぎこちないながらも挨拶あいさつをなんとかこなし、子株の面倒を見ていた。
 持ってきたコップで水をやり、ソファに座って寝たふりをするヴァクスを横目に、なんとも気まずげに子株をいじって時間を潰していた。
 そして事件は起こった。
 子株に構っていたフェイールが何故か急に硬直し、次いで独り言を言い始めたのである。
 その様子に、ヴァクスは寝たふりをやめ、フェイールをまじまじと見てしまう。
 寝ているとはいえ、まさか人がいる部屋で触手に話しかけるほど変人ではなかったはずだと、ヴァクスは自分に言い聞かせる。
 ならば何故、このようなことになっているのか、ヴァクスは必死に答えを出そうとする。
 しかし、結局結論は出ない。結構な時間フェイールの独り言を見守っていたヴァクスは、意を決して口を開いた。

「お、おい?」
「あ、ヴァクス。起きてたのか」

 おそるおそる話しかけたヴァクスに、フェイールが何事もなかったかのように返事をする。

「あー、その、なんだ、悩みでもあるのか?」
「え? どういうことだ?」

 ヴァクスの言わんとすることがわからず、フェイールが聞き返す。

「いや、その、独り言を言ってたようだから……俺にできることなら力になるぞ!?」
「え、ええ!? 独り言!? あ、あれ、これって他の人には聞こえてないのか!?」


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