悪友

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3:うねり

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 突如として始まった俺と九条の勝負は、はっきり言って九条の惨敗続きだった。

九条は確かに映画に詳しかったが、その知識はかなり偏っていて、一般的にその映画がどんなに有名であったとしても、少しでもホラー・オカルト要素があると全然知らなかった。

 本当にちょっとだけホラー要素がある映画の問題を出そうとしたら、九条は露骨に嫌そうな顔をして「みんなが知ってるような映画の問題じゃないとダメなんだぞ!」と無駄な抵抗をしてきたりした。

だからラブコメ好きであまりホラー映画は見ないという豊国に同じ質問をして、豊国がちゃんと答えられたら俺の勝ちというルールを設けてやったら、九条は渋々ながら受け入れた。

 そして豊国はもちろん全ての問題に答える事が出来た。

だって全ての問題は本当にほ~~んの少しだけホラー要素がある、というか俺はホラーとさえ認識していないような一般的でとても有名な映画からだったからだ。

ホラー映画好きの高野からは「No way そんな映画をホラーと呼ばないでよ」とさえ言われていた。

 それなのに九条は全然答えられず、あんまりにも負け続けるから豊国がそんな九条を気の毒に思ってなのか、たまにワザと分からないふりをする事もあったが、柴田先輩に「ダメだよ、豊国君。それはユキの為にならないから」と窘められていた。

 俺が負けた日もあるにはあったが、それは大概の場合、九条が好きだという『スペースウォーズ』のマニアック過ぎる問題の所為で、本当にその映画のマニアでないと分からないような問題を出してきたからだった。

「卑怯だぞ!」と文句を言ってやりたいと何度も思ったが、グッと我慢して負けを認めてやったら、その度に九条は大きなアーモンド型の瞳を三日月のように細め、整った顔をくちゃくちゃにしてとても嬉しそうに笑うから、俺はいつも仕方がないなと許してしまった。


 こんな可愛い笑顔を見られるなら、負けてやってもいい。


そしていつの間にか、そんなふうに思ってしまっている自分に愕然とした。
 
 いくら整った顔だとはいえ、どこからどう見ても立派な男を相手に口元をダラシなく緩めながらそう思ってしまっている自分を認めたくなかった。

だから俺は馬鹿みたいにムキになって何度何度も『スペースウォーズ』の全シリーズを見返し、すぐに九条のマニアックな問題にも答えられるほど詳しくなった。


 これでお前にはもう負けないぞ。悔しがればいい。


なのに九条は悔しがるどころか、俺が詳しくなればなるほどますます嬉しそうに笑い、どんどん俺に懐いてきた。

 それがなんだか擽ったいが嬉しくて、俺は更に『スペースウォーズ』について詳しくなっていった。

仲良くなったら、つっけんどんな態度だったのは実は極度な人見知りの所為だったと知り、懐いた九条は本当によく笑い、よく喋る真っ直ぐで気持ちのいい奴だった。

 九条の事を知れば知るほど、俺はどんどん九条の魅力にハマってしまった。

実は凄く寂しがり屋で、構ってやったらとても嬉しそうに笑うところや、意外にスキンシップが好きなようで、一度俺の髪を触らせてやったら、次の日から何だかんだ理由をつけて積極的に触ってくるところとか、何だこいつ可愛いじゃん!って思っちまった。

 「すげぇ~今日もツンツンじゃん!」

いつもの揶揄い口調だが、こぼれるような笑顔が『今日もお前に触れられて嬉しい』と素直に語っている。

 この頃には俺は『この笑顔』が好きだとやっと自分でも認める事が出来ていた。

普段はキリッとしている九条がこんなにくちゃくちゃに顔を崩して嬉しそうに幸せそうに笑うからだ。

 そうだ。俺は『この笑顔』が好きなんだと認めた。

 だからその笑顔がもっともっと見たくなって、気がつきゃ俺は映画の1シーンを再現してみせたりまでしてしまっていた。

俺が名台詞を登場人物の顔真似などを混ぜてやってやったら、九条はもうそりゃガキみたいにはしゃいで喜び、俺を称賛した。

『スペースウォーズ』のモノマネなんかをした日には感激して「お前すげぇじゃん!!」と大きな瞳をキラキラさせて大絶賛した。

元々、小学生の頃から有名な映画のシーンを再現してクラス中の注目を集めていた俺にとっては、こんな事はお茶の子さいさいだった。

昔の特技がこんな時に役に立つとは……!と過去の自分に感謝しつつ、九条がこんなにも喜んでくれるならもっとこの技を磨こうとさえ思った。

 そんなこんなで、いつしか2人揃って当初の目的である勝負の事なんてすっかり忘れ、放課後はほぼ毎日部室で九条と笑い合いながら雑談をする事が俺の楽しみになっていた。

 更に柴田先輩はいつでも穏やかで優しいし、豊国はなんか弟みたいに懐っこいしノリのいい奴だし、大学1の奇人と言われる高野も噂ほどは酷くはなく、まぁ確かにコミュニケーションを取りづらい奴ではあるが、面白くて意外にいい奴だったので、俺はこの映画研究部のみんなが好きでこれからもこの部活を続けていこうと決めていた。



 「速水、お前、また映画の問題考えてんの?」

その日、俺は2限目の西洋史の授業が終わった後もそのまま教室に残って1人で昼飯を食べていた。

朝に購買部で買った好物の焼きそばパンを齧りながらノートを開いて考え事をしていたら、同じ学部の林が突然声をかけてきて、そのまま俺の隣の席に勝手に座った。

 林とは入学式の式典時に五十音順で隣同士だったので会えばなんとなく少しは話すが、俺とは合わないチャラい性格なので、仲が良いとは言えない関係だ。

そんな奴が急に馴れ馴れしく話しかけてきたから、俺は少し警戒した。

 「で、どうなんよ?お前まだ、あの奇人の集まりの映研で映画バカの九条と戦ってんのか?ってお前、それ白紙じゃんか!」

不躾に俺のノートを覗き込んできて、気に触る言い方をしてきた林を俺は焼きそばパンを咀嚼しながらチラリと横目で見た。

 大好物の焼きそばパンなのに旨いと感じないじゃんか。

 ちくしょー……

ニヤリと口元を歪め、小馬鹿にしたようなその表情も妙に俺をイラつかせた。

 「……今度参加するかもしんねぇシナリオコンクールのプロット考えてんの。九条との勝負はもうしてねぇよ……」

俺が静かにそう答えたら、林はいきなりプッと吹き出しやがった。

 「まさかお前、あのバカ相手に負けたのぉ?!しょうがね~なぁ~!んだよ!せっかく九条の無様エピソードがまた手に入るって思ってたのにぃ!お前マジ使えねぇわ!!しかもシナリオコンクールとかっ……!お前ももう立派にあの奇人オタク集団の仲間ってわけか!ウケる!」

ゲラゲラと手を叩いて笑う林を睨みつけて、俺は思いっきり眉を顰めた。

 「てめぇ……喧嘩売ってんのか?」

威圧するように低い声を出した俺に、林は「あ~ごめんごめん」といい加減に謝りながらもヒーヒーと笑っていて、俺をますますイラつかせた。

 「まぁまぁ速水ちゃん!九条に負けたからってイライラすんなよな!俺が最近仕入れたあいつの無様エピソードをお前にも教えてやっから!あ、何なら今度あいつを罠にはめてやろうかって話してんだけど、お前もその仲間に入れてやってもいいぜ!」

 「は、ぁ……?」

楽しそうに笑いながら、いい提案だろ?とばかりに肩を組んできた林の顔を、俺は顰めた眉のまま信じられない思いで見つめた。

林はそんな俺にずいと顔を近づけ、俺の耳元でいやらしく囁いてきた。

 「九条の奴さ~マジ調子乗ってんじゃん?ちょっとばかり顔が良いからってさぁ大学中の女の注目集めちゃって……新入生にまであいつのファンがいるとかマジで面白くねぇだろ?しかも『今は映画にしか興味はない!』な~んてふざけた事言ってるし……バカなくせに澄ました顔してマジムカつくとお前も思ってんだろ?でもさぁ知ってっか?あいつ……実はガキの頃、イジメられっ子だったんだぜ……」

そこで一旦言葉を切ると、林はクククと可笑しくて仕方が無いとばかりに喉の奥で押し殺すように笑った。

 「テニサーの奴がさぁ……九条と同じ小学校だったんだって。でさぁ~あいつ、その頃はまだ背も低くて細いしあの顔でさぁ……女の子みたいだったらしいから、イジメの的にされてさぁ……一回、放課後に教室の掃除道具入れに、当時あいつが怖がってた映画に出てくる呪いの人形と一緒に閉じ込められてさぁ……あいつ、泣きながらそこで漏らしたらしいぜ……ククク、今はあんな格好つけてるくせにさぁ……ウケるよな?」

心底楽しそうに話す林を、俺は今や困惑の表情で見ていいた。

 なんで九条が隠したいであろう過去をわざわざ蒸し返そうとするのか?お前にだって掘り返されたくない過去くらいあるだろうに……しかもそれを『ウケる』なんて……なんでそんなにも残酷になれるのか?と。

 「だからさぁ、今度そのテニサーの奴らと、あいつ拉致ってまた閉じ込めてやろうぜって話してんだよね。お前もこの前『九条ウザい』って言ってたじゃん?今でもあいつ、そのイジメの所為で暗くて狭いとこトラウマらしいし、怖い映画も全然ダメらしいぜ。しかもこれまた子供の時のイジメであいつ、足に大怪我してて今でも速く走れないらしいから、楽勝で捕獲出来るらしいし。この歳でも漏らしたら……ククク……マジおもしれぇじゃ……っ!いってぇ!!」

 最後までとても聞いていられなかった。

話の途中で俺は思いっきり林を突き飛ばしていた。

林は椅子から滑り落ちて、床に腰をついた。

 「んだよっ!!いてぇじゃんかよぉ!!俺がせっかくお前の九条への恨みも晴らしてやるっつてんのに!」

林を突き飛ばした俺の手は、怒りで微かに震えていた。

 「うるせぇっ!!てめぇは最低だっ……!大学生にもなってそんなガキみてぇな事を考えるなんて……てめぇは最低最悪だっ!!もう2度と俺に話しかけくるんじゃねぇ!!」

俺は机の上の自分の荷物を乱暴に鞄の中に押し込んで、席から素早く立ち上がった。

 「もしお前が九条に何かしたら……俺はお前を絶対に許さない……!!」

林を鋭く睨みつけてそう断言し、俺は教室から出ようと扉へと向かった。

 「速水!!てめぇっ!!待てよ!」

俺に突き飛ばされた肩を手で押さえながら林も立ち上がった。

 「はは~ん……さては速水ぃ~お前も一部の男どもみたいに九条に惚れちゃったんじゃねぇのかよぉ?お顔が可愛い九条ちゃんが好きになちゃったって……」

嘲るように笑われた瞬間、俺は血の気が引く思いがした。

 「違うっ!!俺は九条の事なんてっ、好きじゃねぇっ!!」

叫んだその言葉は、まるで俺が俺自身に言い聞かせているようだった。


 そんな訳ない。

 俺があいつをそんな意味で好きな訳ない。

 違う、絶対違うっ!!


実はここ最近、俺は必死に自分に同じ事を言い聞かせ続けていた。

 『違う!この気持ちは違うんだ!!』と。

 自分にそう言い聞かせ続けないと、もはや自分自身でさえ『その気持ち』を止められないと……心のどこかで俺は分かっていたのかもしれない。

狼狽ながらもその場から逃げるように勢いよく扉を開いたその時、俺は予想外の出来事に驚いて息を呑んだ。

 扉を開けた瞬間、苦しそうに眉を寄せた九条がいつものノートを胸に抱き締めながら、そこに立っていたからだ。

生物学部の九条とはそもそも棟が違うので、放課後以外はその姿を見る事さえないのに、まさかのこんな場面で出くわしてしまい、俺は絶句した。

 言葉が出ない俺を九条は暫く見つめてから、小さく「あ……」と呟いたきり、胸に抱いたノートを握り締めて黙り込み、俯いた。

俺の心臓がバクバクと高鳴り始めていた。

 なんてこんなところに九条が……

 いや、それよりも!

 一体どこまで聞かれていたんだろうか?

何か言わなくてはいけないと俺は喉に溜まった唾を飲み込み、言葉を絞り出そうとしたその時、九条がパッと顔を上げた。

 大きな黒目がちのその目は微かに涙で潤んでいて、きりりとした眉は悲しそうに八の字を描いていた。

 「ごめん……!俺、昨日あれから、ひぃ君にOK貰ってプロットを仕上げたから……お前に1番に見て貰いたいな、なんて思っちゃって……それで!その辺の奴に聞きまくってたら、お前ここにいるって……あの、だからっ……!!」

そこまで一気に吐き出すと、九条は言葉を詰まらせて再び俯いた。

混乱する俺の目の前で、九条の肩がガタガタと震え出した。

 「……ご、ごめん……急に来て……俺ってほんと間が悪りぃな……しかもウザいし……で、でも俺っ!お前とは仲良くなれたんじゃねぇかと……お前なら笑わずに俺の脚本も見てくれんじゃねぇかと……も、もしかしたら俺達はもう友達なんじゃねぇかと……勝手に、そう、思ってた……ごめ、んっ……!!」

最後の方は涙声になりながらも苦しげにそう吐き出し、九条は弾かれたように顔を上げ「ごめんなっ!」と痛々しく俺に微笑んでみせて、走り去ろうとした。

 俺は咄嗟に、本能で去ろうとする九条へと手を伸ばしていた。

 絶対に九条をこのまま行かせてはいけない!

その思いだけで、俺は九条の腕を必死に掴んで引き寄せた。
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