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20:学食
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2限目の考古学は朝倉対策を考えながらも何となく講義のメモを取り、無事に出席カードを貰う事が出来た。
そしてその日は講義に間に合うギリギリの時間に起きてしまった為、事前に購買部で大好物の焼きそばパンを買う余裕は全くなかったので、福山に誘われるがままに学食にやって来たのだが……
普段なら昼食は朝のうちに購買部で適当に買って……まぁ殆どの場合が焼きそばパンなのだが……2限目の講義後にそのまま独りでそこで食べるのが常なので、学食に来ること自体とても稀だった俺は久しぶりに来た人で埋め尽くされた学食に顔を顰めた。
「うぁ~……やっぱり昼時は相変わらず人が多いなぁ……これ、空いてる席を見付けられるのか?」
うんざりした顔をした俺の背中をどんと叩いて、福山は「心配すんな。ついて来いよ」とさっさと人混みの中に突っ込んでいってしまった。
「入口付近とか窓際は人が多いけど、案外奥の窓がない壁際は空いてんだぜ。ほら、あそことか」
福山が指差した辺りには、確かにいくつか空いたテーブルがあった。
そこは他の席と比べれは薄暗いし奥まった少し不便な場所ではあったが、それ以外は特に問題はなさそうだった。
「飯を食うだけなら景色なんて要らねぇだろ?ここら辺はあんまり人が来なくてゆっくりできるから、逆に良い席だと思うぜ」
そう言って福山が持っていたバックパックをドンと空いていた4人掛けのテーブルの上に置いた。
「さてさて、俺はどうせ次の3限目は取ってないから急がないし、お前が先に買って来いよ。ちなみに俺のお勧めは断然『本日の定食』だ。ワンコインなのにボリューム満点なんだぜ。確か今日は焼き魚定食だったぞ」
福山のそんなちょっとした情報に「そうか」と頷きながら、俺も自分のバックパックをテーブルの上に置いた。
「本当にいいのか?食券売り場かなり混んでたから、ちょっと時間掛かりそうだぞ?腹減ってないのか?」
一応気を遣って聞いてみたが、福山は「いいよ。それ位は待てるから」とさっさと行けとばかりに手をひらひらさせるので、俺は促されるがままに財布だけ鞄の中から取り出し、それをジーンズのポケットに突っ込んで食券機がある入口まで戻った。
食券機の手前にあるメニュー表を眺めながら何にしようかと暫し悩んでいたら、何故か突然、目線の先にある受け取りカウンター付近にいる1人の人物が視界に飛び込んできた。
そいつは黒いキャップを目深に被っており、顔ははっきり見えないが、見覚えのある白のYシャツに大きな黒のショルダーバックを肩にかけていた。
そしてそいつは人混みに飲まれそうになりながらも必死に何とかそこに留まろうとするが、踏ん張りがきかないのか何度かふらつき、転びそうになっていた。
俺はその姿を見た瞬間、人混みをかき分けてそいつへと駆け寄っていた。
あの鞄とあの服装は……!
前にいる誰かに押されてそいつが倒れそうになるその前に、俺は急いで手を伸ばしてそいつの肩を掴んだ。
「危ねぇよ!ユキ!大丈夫か!?」
触れた途端にビクンと身体を跳ねさせたので安心させようとして声を掛けたら、ユキはゆっくりと振り返り、俺の顔を見て目を見開いた。
「は、速水ぃ!?何でここに!?あっ!!」
ユキは驚いて大声を出した後、急に周りをきょろきょろと見渡して恥ずかしそうに被っていたキャップで顔を隠すように俯いた。
俺はその時、こいつが極度な人見知りだったことを思い出した。
「……ユキ、食券貸せ。俺が取って来てやるから、お前はそこの少し空いてる所で待ってろ」
俯いたままのユキの手に握られた食券を強引に奪い取って、俺はそっとユキの背を押した。
ユキは「え?でも……!」とかなんとか言ってたが、俺は気にせずその食券を持って人でごった返す受け取りカウンターへ向かった。
食券を見たら『牛丼 大盛り』と書いてあったので、肉が好きなユキらしいと苦笑しつつ「丼ものはこちら」と書いてある場所まで人をかき分けながら向かって、順番を待ってから調理のおばちゃんにそれを渡した。
「はいどうぞ。肉多めにしておいてあげたよ!」と豪快に笑うおばちゃんから牛丼が乗ったお盆を受け取って、俺はまた人をかき分けながらユキの元へと向かった。
正直、俺は結構デカいし力もそれなりに強い方だからこの人混みでもそんなに苦労せずに行き来できるが、人見知りな上に潔癖症でそんなに力も強くなく、しかも足に傷があるユキでは大変だっただろう。
それに……昨日の情事のせいできっとまだ腰も痛いんだろうなぁ……
昨日と言えば、ユキ、可愛かったなぁ~
そんな事を考えて思わずにやけそうになっている間に、少し離れた場所で待っていたユキの元に辿り着いていた。
「ほら、取ってきてやったぞ。お前どこら辺の席を確保してんだ?そこまで持ってってやるよ」
にやけそうな顔を引き締めて手に持ったお盆をユキの目の前に差し出してやると、ユキは「ありがとう!」とすぐに顔を上げて微笑んだが、俺が席の事を聞くと首を傾げた。
「席?なんで?確保なんてしてないぞ!だって、入口に書いてる学食のルールに『注文前の席取り禁止』って書いてるじゃんか!だから先に確保しちゃダメなんだぞ!」
いつものように口を尖らせて文句を言うユキに、今度は俺が驚いてしまった。
まぁ確かにルールにはそう書いてあるんだけど……あれには多分、注文もせずに学食の席を占領するなって意味が込められてるはずだ。
こいつはきっと注文した後に席を探して、見つからなかった場合なんて考えてないんだろうな……
相変わらず口を尖らせたままじっと俺を見上げてるユキにため息を吐いて、俺は「分かった。じゃあ俺について来い」とだけ言って、牛丼が乗ったお盆を持ったまま福山が待つテーブルの方へと歩みを進めた。
ユキは「おい、ちょっと!」と言いつつも俺の後ろをついて来たので、俺は立ち止まって顔だけを後ろに向けた。
「お前さぁ、昨日の今日で腰が痛いんだろ?それに実は俺、昨日見ちゃったんだけど、左足首の古傷のせいで上手く踏ん張れないんだろ?空いてる席まで俺が連れてってやるから、はぐれない様に俺のTシャツの裾でも掴んでろ。倒れそうになっても俺がちゃんと支えてやるから」
そう言って前を向いて少しだけ待ってみたら、腰あたりでTシャツが引っ張られる感覚がしたので、俺はゆっくり人波をかき分けながら奥の席へと進んだ。
やっと福山が待つテーブルまで辿り着いた時、福山は携帯電話を片手にゲームでもしてたのか、俺が戻ってきたことに気づいて顔を上げた。
「お!戻ってきたか?じゃあ今度は俺が……えっ!?あ、どうも……」
「あっ!!ど、どうもっ……!」
福山が顔を上げたタイミングでユキも俺の背中から顔を出し、2人は目が合って驚いた様だが、すぐにぎこちなくお互い挨拶をした。
俺は牛丼が乗ったお盆を自分の席の隣の奥の席に置き、ユキにそこへ座るように促したが、ユキは少し躊躇っていた。
「悪いな、福山。実は食券を買う前に偶然ユキを見つけちゃってさ。話しかけたらまだ席が見つけられてないみたいだったから、こっちに連れて来ちゃったんだ。一緒に食べても良いよな?」
ユキが俺のその言葉にオロオロしながら申し訳なさそうな顔で福山を見たら、福山はすぐに「もちろんだ!九条君、座りなよ!」と気持ちよく答え、ユキにも優しく微笑みかけてくれた。
「今まで学食で九条君を見かけた事はなかったし、慣れてなかったらこんなに混んでる中で席見つけんのは一苦労だよな。九条君が嫌じゃなければ、俺も一度、速水ご自慢の友達の九条君と話してみたかったから大歓迎だよ」
やっぱり福山はいい奴だなと思いつつユキをちらりと見たら、ユキは分かりやすく嬉しそうな顔をして「ありがとう!」と微笑み、奥の席に着いてやっと被っていたキャップを脱いだ。
「じゃあ速水はもう一回、買いに行ってこいよ。俺はまた待っててやるから。ほら早く行けよ」
はっきりと顔が見えるようになったユキに目を向けたまま、福山がお前は邪魔だとばかりにまた手をひらひらさせたが、今度はそれに同意など出来なかった。
「いやいや、なんでお前がユキと2人で残るんだよ!ユキが席にいるなら俺と2人で買いに行っていいじゃねぇか!お前も来いよ!」
「お前なぁ~学食に慣れてない九条君に1人で残れって言うのかよ!お前が買いに行ってる間は、俺がちゃんとお前の大事なこね……お友達を守っててやるから、あんまりゴネてないでさっさと行けって!」
ユキと福山を2人っきりにするのが嫌でそんな文句を言ったら、福山は間髪入れずに言い返してきやがった。
そんな福山にムッとした顔をしたら、それを黙って見ていたユキがぷっと吹き出しゲラゲラと笑い出した。
「お前ら仲良いな!あはは!!でも速水の言う通りだぞ!えっと……福山君だったけ?ごめん、君は俺の事を知ってるのに……もしかして以前にどっかで会った事があるのかなぁ?俺は人の顔とか覚えるのあんまり得意じゃなくてごめんな!俺は1人で全然大丈夫だから、2人で買いに行ってこいよ!俺がちゃんと1人でもお前たちの為に、この席を守っててやるから!あ、でも……ルールが……!」
話してる途中からまたオロオロし出したユキに、福山が不思議そうに首を傾けて俺に問いかけるように目線を向けた。
「あ~……ユキ、あのな……あれは多分、注文もせずに長時間席を占領するな、譲り合えって意味だと思うぞ。席の確保はちゃんとすぐに注文して、食べた後はダラダラせずにさっさと次の人に席を譲れば問題ないんだよ。大体、注文した後に席が無くてそこら辺で立って食う方が人の迷惑になるだろ?だからいいんだよ」
俺がそう説明すると、ユキは「そうか……うん、まぁそうだなぁ……」と渋々納得し、福山はそんなユキを見て何かを察したらしく「あ~なるほどね」と楽しそうな顔をしやがった。
そんな福山を、俺は苦々しい気持ちで睨んでしまった。
実は福山はかなりモテる。
身長は俺と変わらないし、子供の頃に空手をやってたらしく礼儀作法もちゃんとしてる。
今は水泳部に入っていて、体格もいい。
そして何より……悔しいが……そこそこ男前だ。
ユキや高野の様な中性的な男前とは全く違って、なんというか、そんなに典型的な美形ではないのだが、男らしい顔つきをしてると思う。
一重瞼だが目と眉と間が狭くキリッとして見えるし、何より目力がある。
その力強い目以外にも顔のパーツ全部がバランス良く配置されていて、鼻筋も通ってるし薄い唇も福山の男らしさを強調させている。
性格もサッパリはっきりしてるので相当モテてると聞くが、今は特定の相手を作る気はないらしい。
性格も良く、付き合いやすい福山を俺は友達としてとても気に入ってはいるのだが……
こんなハイスペックな奴が恋敵になるなんて、絶対に嫌だ。
俺が睨んでいると福山は俺の視線に気付いたのか、チラリと俺の目を見てから大きなため息を吐いて立ち上がった。
「はいはい、分かったよ。俺も一緒に行けばいいんでしょうが……ったく」
仕方がないなと言わんばかりの態度に、俺が言い返そうとすると「じゃあ九条君、悪いけど少しの間だけ席を外すね。すぐ戻ってくるけど、先に食べ始めててよ」なんて爽やかにユキに笑いかけやがった。
俺がそれにも不満を言おうとしたら「ほらさっさと行くぞ!」と福山に背中を押されてしまい、結局何も言えなかった。
そしてその日は講義に間に合うギリギリの時間に起きてしまった為、事前に購買部で大好物の焼きそばパンを買う余裕は全くなかったので、福山に誘われるがままに学食にやって来たのだが……
普段なら昼食は朝のうちに購買部で適当に買って……まぁ殆どの場合が焼きそばパンなのだが……2限目の講義後にそのまま独りでそこで食べるのが常なので、学食に来ること自体とても稀だった俺は久しぶりに来た人で埋め尽くされた学食に顔を顰めた。
「うぁ~……やっぱり昼時は相変わらず人が多いなぁ……これ、空いてる席を見付けられるのか?」
うんざりした顔をした俺の背中をどんと叩いて、福山は「心配すんな。ついて来いよ」とさっさと人混みの中に突っ込んでいってしまった。
「入口付近とか窓際は人が多いけど、案外奥の窓がない壁際は空いてんだぜ。ほら、あそことか」
福山が指差した辺りには、確かにいくつか空いたテーブルがあった。
そこは他の席と比べれは薄暗いし奥まった少し不便な場所ではあったが、それ以外は特に問題はなさそうだった。
「飯を食うだけなら景色なんて要らねぇだろ?ここら辺はあんまり人が来なくてゆっくりできるから、逆に良い席だと思うぜ」
そう言って福山が持っていたバックパックをドンと空いていた4人掛けのテーブルの上に置いた。
「さてさて、俺はどうせ次の3限目は取ってないから急がないし、お前が先に買って来いよ。ちなみに俺のお勧めは断然『本日の定食』だ。ワンコインなのにボリューム満点なんだぜ。確か今日は焼き魚定食だったぞ」
福山のそんなちょっとした情報に「そうか」と頷きながら、俺も自分のバックパックをテーブルの上に置いた。
「本当にいいのか?食券売り場かなり混んでたから、ちょっと時間掛かりそうだぞ?腹減ってないのか?」
一応気を遣って聞いてみたが、福山は「いいよ。それ位は待てるから」とさっさと行けとばかりに手をひらひらさせるので、俺は促されるがままに財布だけ鞄の中から取り出し、それをジーンズのポケットに突っ込んで食券機がある入口まで戻った。
食券機の手前にあるメニュー表を眺めながら何にしようかと暫し悩んでいたら、何故か突然、目線の先にある受け取りカウンター付近にいる1人の人物が視界に飛び込んできた。
そいつは黒いキャップを目深に被っており、顔ははっきり見えないが、見覚えのある白のYシャツに大きな黒のショルダーバックを肩にかけていた。
そしてそいつは人混みに飲まれそうになりながらも必死に何とかそこに留まろうとするが、踏ん張りがきかないのか何度かふらつき、転びそうになっていた。
俺はその姿を見た瞬間、人混みをかき分けてそいつへと駆け寄っていた。
あの鞄とあの服装は……!
前にいる誰かに押されてそいつが倒れそうになるその前に、俺は急いで手を伸ばしてそいつの肩を掴んだ。
「危ねぇよ!ユキ!大丈夫か!?」
触れた途端にビクンと身体を跳ねさせたので安心させようとして声を掛けたら、ユキはゆっくりと振り返り、俺の顔を見て目を見開いた。
「は、速水ぃ!?何でここに!?あっ!!」
ユキは驚いて大声を出した後、急に周りをきょろきょろと見渡して恥ずかしそうに被っていたキャップで顔を隠すように俯いた。
俺はその時、こいつが極度な人見知りだったことを思い出した。
「……ユキ、食券貸せ。俺が取って来てやるから、お前はそこの少し空いてる所で待ってろ」
俯いたままのユキの手に握られた食券を強引に奪い取って、俺はそっとユキの背を押した。
ユキは「え?でも……!」とかなんとか言ってたが、俺は気にせずその食券を持って人でごった返す受け取りカウンターへ向かった。
食券を見たら『牛丼 大盛り』と書いてあったので、肉が好きなユキらしいと苦笑しつつ「丼ものはこちら」と書いてある場所まで人をかき分けながら向かって、順番を待ってから調理のおばちゃんにそれを渡した。
「はいどうぞ。肉多めにしておいてあげたよ!」と豪快に笑うおばちゃんから牛丼が乗ったお盆を受け取って、俺はまた人をかき分けながらユキの元へと向かった。
正直、俺は結構デカいし力もそれなりに強い方だからこの人混みでもそんなに苦労せずに行き来できるが、人見知りな上に潔癖症でそんなに力も強くなく、しかも足に傷があるユキでは大変だっただろう。
それに……昨日の情事のせいできっとまだ腰も痛いんだろうなぁ……
昨日と言えば、ユキ、可愛かったなぁ~
そんな事を考えて思わずにやけそうになっている間に、少し離れた場所で待っていたユキの元に辿り着いていた。
「ほら、取ってきてやったぞ。お前どこら辺の席を確保してんだ?そこまで持ってってやるよ」
にやけそうな顔を引き締めて手に持ったお盆をユキの目の前に差し出してやると、ユキは「ありがとう!」とすぐに顔を上げて微笑んだが、俺が席の事を聞くと首を傾げた。
「席?なんで?確保なんてしてないぞ!だって、入口に書いてる学食のルールに『注文前の席取り禁止』って書いてるじゃんか!だから先に確保しちゃダメなんだぞ!」
いつものように口を尖らせて文句を言うユキに、今度は俺が驚いてしまった。
まぁ確かにルールにはそう書いてあるんだけど……あれには多分、注文もせずに学食の席を占領するなって意味が込められてるはずだ。
こいつはきっと注文した後に席を探して、見つからなかった場合なんて考えてないんだろうな……
相変わらず口を尖らせたままじっと俺を見上げてるユキにため息を吐いて、俺は「分かった。じゃあ俺について来い」とだけ言って、牛丼が乗ったお盆を持ったまま福山が待つテーブルの方へと歩みを進めた。
ユキは「おい、ちょっと!」と言いつつも俺の後ろをついて来たので、俺は立ち止まって顔だけを後ろに向けた。
「お前さぁ、昨日の今日で腰が痛いんだろ?それに実は俺、昨日見ちゃったんだけど、左足首の古傷のせいで上手く踏ん張れないんだろ?空いてる席まで俺が連れてってやるから、はぐれない様に俺のTシャツの裾でも掴んでろ。倒れそうになっても俺がちゃんと支えてやるから」
そう言って前を向いて少しだけ待ってみたら、腰あたりでTシャツが引っ張られる感覚がしたので、俺はゆっくり人波をかき分けながら奥の席へと進んだ。
やっと福山が待つテーブルまで辿り着いた時、福山は携帯電話を片手にゲームでもしてたのか、俺が戻ってきたことに気づいて顔を上げた。
「お!戻ってきたか?じゃあ今度は俺が……えっ!?あ、どうも……」
「あっ!!ど、どうもっ……!」
福山が顔を上げたタイミングでユキも俺の背中から顔を出し、2人は目が合って驚いた様だが、すぐにぎこちなくお互い挨拶をした。
俺は牛丼が乗ったお盆を自分の席の隣の奥の席に置き、ユキにそこへ座るように促したが、ユキは少し躊躇っていた。
「悪いな、福山。実は食券を買う前に偶然ユキを見つけちゃってさ。話しかけたらまだ席が見つけられてないみたいだったから、こっちに連れて来ちゃったんだ。一緒に食べても良いよな?」
ユキが俺のその言葉にオロオロしながら申し訳なさそうな顔で福山を見たら、福山はすぐに「もちろんだ!九条君、座りなよ!」と気持ちよく答え、ユキにも優しく微笑みかけてくれた。
「今まで学食で九条君を見かけた事はなかったし、慣れてなかったらこんなに混んでる中で席見つけんのは一苦労だよな。九条君が嫌じゃなければ、俺も一度、速水ご自慢の友達の九条君と話してみたかったから大歓迎だよ」
やっぱり福山はいい奴だなと思いつつユキをちらりと見たら、ユキは分かりやすく嬉しそうな顔をして「ありがとう!」と微笑み、奥の席に着いてやっと被っていたキャップを脱いだ。
「じゃあ速水はもう一回、買いに行ってこいよ。俺はまた待っててやるから。ほら早く行けよ」
はっきりと顔が見えるようになったユキに目を向けたまま、福山がお前は邪魔だとばかりにまた手をひらひらさせたが、今度はそれに同意など出来なかった。
「いやいや、なんでお前がユキと2人で残るんだよ!ユキが席にいるなら俺と2人で買いに行っていいじゃねぇか!お前も来いよ!」
「お前なぁ~学食に慣れてない九条君に1人で残れって言うのかよ!お前が買いに行ってる間は、俺がちゃんとお前の大事なこね……お友達を守っててやるから、あんまりゴネてないでさっさと行けって!」
ユキと福山を2人っきりにするのが嫌でそんな文句を言ったら、福山は間髪入れずに言い返してきやがった。
そんな福山にムッとした顔をしたら、それを黙って見ていたユキがぷっと吹き出しゲラゲラと笑い出した。
「お前ら仲良いな!あはは!!でも速水の言う通りだぞ!えっと……福山君だったけ?ごめん、君は俺の事を知ってるのに……もしかして以前にどっかで会った事があるのかなぁ?俺は人の顔とか覚えるのあんまり得意じゃなくてごめんな!俺は1人で全然大丈夫だから、2人で買いに行ってこいよ!俺がちゃんと1人でもお前たちの為に、この席を守っててやるから!あ、でも……ルールが……!」
話してる途中からまたオロオロし出したユキに、福山が不思議そうに首を傾けて俺に問いかけるように目線を向けた。
「あ~……ユキ、あのな……あれは多分、注文もせずに長時間席を占領するな、譲り合えって意味だと思うぞ。席の確保はちゃんとすぐに注文して、食べた後はダラダラせずにさっさと次の人に席を譲れば問題ないんだよ。大体、注文した後に席が無くてそこら辺で立って食う方が人の迷惑になるだろ?だからいいんだよ」
俺がそう説明すると、ユキは「そうか……うん、まぁそうだなぁ……」と渋々納得し、福山はそんなユキを見て何かを察したらしく「あ~なるほどね」と楽しそうな顔をしやがった。
そんな福山を、俺は苦々しい気持ちで睨んでしまった。
実は福山はかなりモテる。
身長は俺と変わらないし、子供の頃に空手をやってたらしく礼儀作法もちゃんとしてる。
今は水泳部に入っていて、体格もいい。
そして何より……悔しいが……そこそこ男前だ。
ユキや高野の様な中性的な男前とは全く違って、なんというか、そんなに典型的な美形ではないのだが、男らしい顔つきをしてると思う。
一重瞼だが目と眉と間が狭くキリッとして見えるし、何より目力がある。
その力強い目以外にも顔のパーツ全部がバランス良く配置されていて、鼻筋も通ってるし薄い唇も福山の男らしさを強調させている。
性格もサッパリはっきりしてるので相当モテてると聞くが、今は特定の相手を作る気はないらしい。
性格も良く、付き合いやすい福山を俺は友達としてとても気に入ってはいるのだが……
こんなハイスペックな奴が恋敵になるなんて、絶対に嫌だ。
俺が睨んでいると福山は俺の視線に気付いたのか、チラリと俺の目を見てから大きなため息を吐いて立ち上がった。
「はいはい、分かったよ。俺も一緒に行けばいいんでしょうが……ったく」
仕方がないなと言わんばかりの態度に、俺が言い返そうとすると「じゃあ九条君、悪いけど少しの間だけ席を外すね。すぐ戻ってくるけど、先に食べ始めててよ」なんて爽やかにユキに笑いかけやがった。
俺がそれにも不満を言おうとしたら「ほらさっさと行くぞ!」と福山に背中を押されてしまい、結局何も言えなかった。
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