白ねこ書店員 大福さん

わたなべめぐみ

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3.大福がどこにもいない②

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 お昼ごはんのカリカリを食べると、大福はひざの上で眠ってしまった。開店から三時間、大福があんなに長い時間レジカウンターにいたのは初めてだった。

「僕はそろそろ戻るから、ここで寝ててね」

 お気に入りのキャットタワーに移そうとすると、大福はぱちりと目を開けた。

「大福も行くにゃ」
「休んでていいよ。午後はもっと忙しくなるそうだから。あずきさんもここにいるんだし……」
「タイヨウと働くんにゃ」

 爪を出して体にしがみついてきたものだから、ちょっと目が潤んでしまった。そんなに僕と一緒にいたいのか……可愛いなあ……

「ちゅるんを食べるんにゃ」

 そっちですか、とがっくりしたけれど、大福は肩にしがみついたまま目を閉じてしまった。仕方がない、眠いようだったら事務所のペットベッドで寝てもらうか。

 大福をつれてレジに戻ったけれど、ものの五分で寝てしまった。香箱座りのまま頭が前に垂れて鼻がカウンターについている。毛糸で編んだ敷物の上だから痛くはなさそうだけど、息が苦しくないのかな。

 ぷしゅー、ぷしゅーと鼻息を鳴らす大福を、小学生の男の子がのぞきこんだ。

「大福さん、寝ちゃった」
「うん、ごめんね。いつもはお昼寝の時間なんだ」
「ちゃんとお布団で寝た方がいいよ」

 そっと背中をなでたのは、先日小銭を出しすぎて大福にはじかれてしまった女の子だった。よく似た顔の二人が「おーい、ここで寝ちゃだめだよ~」と大福にささやいている。

 思わず笑い声を漏らしてしまった。僕の父さんもこたつで居眠りをしては、僕や母に起こされていた。この子たちもお父さんにそんな風に声かけをしているのかな。

「お兄ちゃん、ちゃんと寝かせてあげてよ」
「うん、ありがとう」

 レジを離れるタイミングを見計らっていると、岡内さんが戻ってきた。返品承諾書が必要な実用書をたくさん抱えている。年明けすぐに棚卸があるから、売り場の担当を持つ人たちは接客の合間をぬって返品作業も進めているそうだ。
 
「あら寝ちゃったのね。私、入るわよ」
「すみません、ありがとうございます」

 岡内さんにレジを代わってもらい、大福を抱きかかえた。レジカウンターは相変わらずあわただしいのに、大福のまわりだけ優しく時間が止まったみたいだ。

 事務所に入ると斎さんがペットボトルのミネラルウォーターを口にしていた。ちょっとこぼれた水滴に目を奪われて、あわてて視線を反らす。

「私、今から休憩だから一緒に連れていきましょうか?」
「それが……一緒に働くってきかなくって。ちゅるんのためですけど」
「そう、可愛いわね」

 斎さんは笑みをこぼした。最近、僕の前でよく笑ってくれる。これは期待していいんだろうか。

 やわらかな微笑みを浮かべたまま彼女は大福をなでた。違いました、大福への笑顔でした、と心の中で訂正する。

 ボールのように丸くなった大福をそっとベッドに寝かせた。すぐそばの通路はかなり騒がしいけど目を覚ましそうにもない。着たままのブランケットで体をくるむ。

「あずきさんは、今日は出勤しないんですか?」
「去年はいろいろあったからね……あそこにいてもらった方が私も助かるし」

 斎さんはちょっと困ったように眉を下げて「休憩いってきます」と事務所の扉を押した。何があったのか気になるけど、大福とあずきさんじゃ全然違うしなあと思いながら喉をなでる。

「今日はもうじゅうぶん働いたから、ゆっくりお休み」

 振動が伝わらないよう、そっと扉を閉めた。僕は戦場に舞い戻り、今度はラッピングと問い合わせの嵐を受けることになった。



 十五時頃、大福が大あくびをしながら戻ってきた。

「タイヨウ」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと来るんにゃ」

 僕はお客さんの注文を受けている最中だった。注文は全部で七冊。どれも店頭にないので一冊ずつ取次に注文するか、出版社に注文するか確認しないといけない。中国史の古い書籍らしく、タイトルの読み方を調べて入力するのにも時間がかかる。

「ごめん大福、ちょっと待って」

 キーボードを打ちながらささやくと大福は戻っていった。事務所にいてくれたらいいんだけど、カウンターの奥からじゃよく見えない。

 七冊のうち二冊は絶版で、五冊は出版社注文になりそうだった。ほとんどの出版社は十六時に注文の受付を終了するので急いで電話をしないといけない。

「どれも到着までに時間がかかりそうですが注文してよろしいですか?」
「どれくらいかかるんですか?」
「荷物の配達が二十八日までなので、年明け四日以降の到着になるかと思いますが」
「えっ、そんなに? ううん……どうしようかな」

 男性のお客さんは考え込んでしまった。うしろで店長がラッピングと図書カードの包装地獄に追い込まれているので手伝いたいけれど、返事を待つしかない。

「タイヨウ、タイヨウ」

 また大福がやってきて今度はひざの上に乗った。

「大福、待ったにゃ」
「ごめん、今はいけないんだよ」
「ちょっと来たらいいんにゃ」
「それができないんだってば。あとで行くから」
「あとでっていつにゃ」
「あとはあとだよ!」

 大福はむっと口をつぐんだ。目と目のあいだの毛が真ん中によっている。機嫌が悪いときの表情だ。

「タイヨウなんかきらいにゃ」

 お客さんに聞こえないくらい小さな声でつぶやいて大福は行ってしまった。仕方ないじゃないか、この状況でどうやって動けっていうんだよ。

 ぶつぶつと独り言を言いながら悩んでいる男性に若干いらだってしまった。早く決めてくれないと出版社も電話がつながらなくなる。明日は土曜で出版社が休みだから、注文が月曜になってますます到着が遅くなるのに……

「白河くん、代わりましょうか?」

 斎さんの声に我に返った。お客さんだって探した本がなくて困ってるんだからイライラしたって仕方ないじゃないか。

「いえ、大丈夫です。あとは出版社に在庫を確認して注文するだけなんで」
「そう。困ったら声をかけてね」
「ありがとうございます」

 斎さんは店長と一緒にラッピングを始めた。清水くんと岡内さんは信じられない速さでレジを打ってお客さんをさばき、アルバイトの女の子たちは必死になって問い合わせに対応したり本を探したりしている。

 大福、事務所に戻ったかな。ふてくされて寝ただろうか。

「やっぱり注文するよ。時間がかかっても構わないから」
「ありがとうございます。出版社に在庫を確認して、伝票をご用意いたしますね」

 手元に客注伝票を引きよせて受話器のボタンを押した。出版社の受付終了まであと三十分。急いで五冊とも注文してしまわないと。

 手に冷汗をかいて注文するあいだ、何人ものお客さんがクリスマスの赤いラッピング袋を抱えて帰っていった。カラフルな絵本は子供たちに、選び抜いた文庫は仲のいい友人に、コミックのセットは遠く離れた地に住むお孫さんのために。

 誰もが渡す相手の笑顔を思い浮かべて本を選ぶ。それを僕たちはひとつずつ包装紙で包む。開けたときに喜んでもらえるよう、丁寧に心をこめて。

 僕にくれる人はいないけど、大福には何かあげようかな。やっぱり『ニャオちゅるちゅるん』のバラエティパックかな。

 大福の背中を思い出すと、忙しさにとがった気持ちが丸くなるようだった。
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