11 / 17
3.大福がどこにもいない⑤
しおりを挟む
元さんと向かったのは同じフロアにあるおもちゃ売り場だった。陳列したぬいぐるみはあっちこっち好きな方を向き、人気のブロックが入った箱はドミノ倒しになっている。店内には陽気なクリスマスソングが流れているが、売り場は嵐が去ったように殺伐としていた。
元さんがひょいと帽子を上げると、レジカウンターで抜け殻のようになっていた店長が顔を上げた。
「やあ元さん、こんな時間にどうしました?」
「ちょいと見せてもらっていいかい」
持ってきた脚立を広げると、レジカウンターのちょうど真上にある通気口を見上げた。
「あっそこ……こないだからふたが……」
「外れたのはいつ頃だ?」
「一週間……いや二週間前? 修理をお願いしなきゃと思ってたんですけど、忙しくてすっかり……」
「あそこからねこが出てこなかったかい?」
「ねこ?」
ひげの店長は「うーん」と考え始めた。クリスマス商戦で混雑していても、あんなところから大福が出てきたらさすがに気づきそうだけどなあ。
「姿は見てないけど、声は聞いたような……」
「ねこの鳴き声ですか?」
僕が食いつくと店長は首をかしげた。
「鳴き声……いや風の音? 空耳? もしかしたらそこにいる子の声?」
指さしたのはおもちゃのねこだった。紐のついたトラ模様のねこが無残に転がっている。電池の切れたねこの他に、犬や怪獣も横たわっていた。どこから持ってきたのかカラフルな積み木やソフトブロックも通路に散乱している。
「ごめんなさい、よく覚えてない……けどさすがにねこが落ちてきたらお客さんが気づくと思います」
うつろな目でカウンターの片づけを始めたかと思うと、電話が鳴った。どうやらおもちゃの問い合わせらしい。
「仕方ない、次に行くぞ」
元さんが脚立を持ち上げた途端、寝転がっていたねこのおもちゃが急に鳴き始めた。びっくりしたが店長はパソコンを操作して見向きもしない。
どこの売り場も大変だなと思いながら、おもちゃ売り場を出た。コリオス書店もまだピークを過ぎたわけではないらしく、学生の子たちがあわただしくフロアを行き来している。
次に向かったのは荷物の搬出入口も兼ねている売り場全体のバックヤードだった。書店の倉庫は従業員用エレベーターの真正面にあり、毎日ここを通って出勤している。
薄暗い通路を歩きながら辺りを見渡した。外で雪が降っているからかいつもに増して冷える。
従業員用の休憩室横を通過し、階段の踊り場にさしかかったところで元さんが足を止めた。
「見ろ、あそこ。ふたがないだろ」
踊り場の真上に通気口があった。節電対策なのか照明がひとつふたつしかついていないので、こんなところに通気口があると気にしたこともなかった。
「ふたはどこに行ったんでしょう」
「そこらに落ちてねえか」
通路の電気をつけてふたを探していると、清水くんともう一人の設備スタッフがかけてきた。
「資材置き場にはいませんでした。段ボールとかパネルとか全部動かしてみたんですけど、入った痕跡もなくて」
「通気口のふたは半開きでぶら下がってたし、扉の鍵もかかってたしねえ」
初老の設備スタッフがタブレットの写真を見せながら説明すると、元さんは「やっぱりあそこから出たかなあ」とプラスチックのふたらしきものを拾い上げた。全体に油とほこりが絡みついているのに、割れたのか端だけ白く光って見える。
「あんなところから出たら……大福がどこに行ったかなんて……」
ぽっかりと空いた穴は真っ暗闇で、そこを大福が通ったかと思うだけで寒気がした。階下には各フロアにつながる通路が広がっている。行こうと思えばどの売り場にも行けるし、従業員の足元をすり抜ければ外に出ることもできるだろう。
こんな広さの場所をどこから探せば――
「白河さん、店長が全従業員に捜索依頼を出してます。すぐ見つかりますから」
呆然とする僕に清水くんは携帯電話の画面を見せた。捜索依頼メールの真下に大福の写真が添付されている。薄暗い通路に浮かんだのは大福のものすごく嫌そうな顔だった。
「なんでよりによってこんな不細工な写真……」
「店長が無理やり撮ったからじゃないですか?」
淡々と話す清水くんに、思わず吹き出してしまった。笑顔の店長に携帯のカメラを向けられて、嫌そうに耳を伏せる大福の姿が思い浮かぶようだった。
「俺は二階を探してきますんで、白河さんは三階をお願いします」
「うん……ありがとう」
ゆるみそうになった目じりをこすって設備スタッフの二人に「よろしくお願いします」と頭を下げた。本来なら、アルバイトの僕たちが勝手にバックヤードを行き来することは許されない。店長と元さんたちの計らいで探せるんだ、しっかりしないと。
タブレットを見ながらどの順で捜索するか段取りを決めた。懐中電灯を受け取って階段を降りようとした、その時。
「あっ大洋くん!」
「お……岡内さん?」
息を切らしながら岡内さんが駆け上がってきた。ダウンジャケットを着こんで見慣れないリュックを背負っている。夜は家族と過ごすと言っていた。反抗期真っただ中の中学生と高校生の息子さんたちも、ごちそうだけは喜ぶからと意気込んでいたのに。
「ご家族とクリスマスだったんじゃ……」
「いやーどうしても気になっちゃってさあ。家中うろついていたら『落ち着かないから行ってこい』って息子たちに押し出されちゃったのよー」
豪快に笑いながら岡内さんはリュックからビニール袋を取り出した。
「じゃんっ! 『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』!」
「それ、大福が食べたがってた……」
「おなかすいたら戻ってくるよ。ねっ!」
僕と清水くんだけでなく、設備スタッフの二人にも『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』のカラフルな袋を押しつけた。底抜けに明るい声に、心を覆っていた靄が晴れていく。
「さーあ、腹ペコの捜索に向かうぞー!」
僕と元さんは三階、清水くんと初老の設備スタッフは三階、岡内さんは守衛さんに頼んで一階を捜索することになった。出勤中の従業員たちも働きながら探してくれているようで、何度も送られてくる通知に励まされる。
大福、早くおうちに帰ろう。あったかい部屋で一緒にごはんを食べようよ。そう思いながら、僕は必死になって暗闇に懐中電灯を向けた。
元さんがひょいと帽子を上げると、レジカウンターで抜け殻のようになっていた店長が顔を上げた。
「やあ元さん、こんな時間にどうしました?」
「ちょいと見せてもらっていいかい」
持ってきた脚立を広げると、レジカウンターのちょうど真上にある通気口を見上げた。
「あっそこ……こないだからふたが……」
「外れたのはいつ頃だ?」
「一週間……いや二週間前? 修理をお願いしなきゃと思ってたんですけど、忙しくてすっかり……」
「あそこからねこが出てこなかったかい?」
「ねこ?」
ひげの店長は「うーん」と考え始めた。クリスマス商戦で混雑していても、あんなところから大福が出てきたらさすがに気づきそうだけどなあ。
「姿は見てないけど、声は聞いたような……」
「ねこの鳴き声ですか?」
僕が食いつくと店長は首をかしげた。
「鳴き声……いや風の音? 空耳? もしかしたらそこにいる子の声?」
指さしたのはおもちゃのねこだった。紐のついたトラ模様のねこが無残に転がっている。電池の切れたねこの他に、犬や怪獣も横たわっていた。どこから持ってきたのかカラフルな積み木やソフトブロックも通路に散乱している。
「ごめんなさい、よく覚えてない……けどさすがにねこが落ちてきたらお客さんが気づくと思います」
うつろな目でカウンターの片づけを始めたかと思うと、電話が鳴った。どうやらおもちゃの問い合わせらしい。
「仕方ない、次に行くぞ」
元さんが脚立を持ち上げた途端、寝転がっていたねこのおもちゃが急に鳴き始めた。びっくりしたが店長はパソコンを操作して見向きもしない。
どこの売り場も大変だなと思いながら、おもちゃ売り場を出た。コリオス書店もまだピークを過ぎたわけではないらしく、学生の子たちがあわただしくフロアを行き来している。
次に向かったのは荷物の搬出入口も兼ねている売り場全体のバックヤードだった。書店の倉庫は従業員用エレベーターの真正面にあり、毎日ここを通って出勤している。
薄暗い通路を歩きながら辺りを見渡した。外で雪が降っているからかいつもに増して冷える。
従業員用の休憩室横を通過し、階段の踊り場にさしかかったところで元さんが足を止めた。
「見ろ、あそこ。ふたがないだろ」
踊り場の真上に通気口があった。節電対策なのか照明がひとつふたつしかついていないので、こんなところに通気口があると気にしたこともなかった。
「ふたはどこに行ったんでしょう」
「そこらに落ちてねえか」
通路の電気をつけてふたを探していると、清水くんともう一人の設備スタッフがかけてきた。
「資材置き場にはいませんでした。段ボールとかパネルとか全部動かしてみたんですけど、入った痕跡もなくて」
「通気口のふたは半開きでぶら下がってたし、扉の鍵もかかってたしねえ」
初老の設備スタッフがタブレットの写真を見せながら説明すると、元さんは「やっぱりあそこから出たかなあ」とプラスチックのふたらしきものを拾い上げた。全体に油とほこりが絡みついているのに、割れたのか端だけ白く光って見える。
「あんなところから出たら……大福がどこに行ったかなんて……」
ぽっかりと空いた穴は真っ暗闇で、そこを大福が通ったかと思うだけで寒気がした。階下には各フロアにつながる通路が広がっている。行こうと思えばどの売り場にも行けるし、従業員の足元をすり抜ければ外に出ることもできるだろう。
こんな広さの場所をどこから探せば――
「白河さん、店長が全従業員に捜索依頼を出してます。すぐ見つかりますから」
呆然とする僕に清水くんは携帯電話の画面を見せた。捜索依頼メールの真下に大福の写真が添付されている。薄暗い通路に浮かんだのは大福のものすごく嫌そうな顔だった。
「なんでよりによってこんな不細工な写真……」
「店長が無理やり撮ったからじゃないですか?」
淡々と話す清水くんに、思わず吹き出してしまった。笑顔の店長に携帯のカメラを向けられて、嫌そうに耳を伏せる大福の姿が思い浮かぶようだった。
「俺は二階を探してきますんで、白河さんは三階をお願いします」
「うん……ありがとう」
ゆるみそうになった目じりをこすって設備スタッフの二人に「よろしくお願いします」と頭を下げた。本来なら、アルバイトの僕たちが勝手にバックヤードを行き来することは許されない。店長と元さんたちの計らいで探せるんだ、しっかりしないと。
タブレットを見ながらどの順で捜索するか段取りを決めた。懐中電灯を受け取って階段を降りようとした、その時。
「あっ大洋くん!」
「お……岡内さん?」
息を切らしながら岡内さんが駆け上がってきた。ダウンジャケットを着こんで見慣れないリュックを背負っている。夜は家族と過ごすと言っていた。反抗期真っただ中の中学生と高校生の息子さんたちも、ごちそうだけは喜ぶからと意気込んでいたのに。
「ご家族とクリスマスだったんじゃ……」
「いやーどうしても気になっちゃってさあ。家中うろついていたら『落ち着かないから行ってこい』って息子たちに押し出されちゃったのよー」
豪快に笑いながら岡内さんはリュックからビニール袋を取り出した。
「じゃんっ! 『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』!」
「それ、大福が食べたがってた……」
「おなかすいたら戻ってくるよ。ねっ!」
僕と清水くんだけでなく、設備スタッフの二人にも『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』のカラフルな袋を押しつけた。底抜けに明るい声に、心を覆っていた靄が晴れていく。
「さーあ、腹ペコの捜索に向かうぞー!」
僕と元さんは三階、清水くんと初老の設備スタッフは三階、岡内さんは守衛さんに頼んで一階を捜索することになった。出勤中の従業員たちも働きながら探してくれているようで、何度も送られてくる通知に励まされる。
大福、早くおうちに帰ろう。あったかい部屋で一緒にごはんを食べようよ。そう思いながら、僕は必死になって暗闇に懐中電灯を向けた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる