白ねこ書店員 大福さん

わたなべめぐみ

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3.大福がどこにもいない⑤

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 元さんと向かったのは同じフロアにあるおもちゃ売り場だった。陳列したぬいぐるみはあっちこっち好きな方を向き、人気のブロックが入った箱はドミノ倒しになっている。店内には陽気なクリスマスソングが流れているが、売り場は嵐が去ったように殺伐としていた。

 元さんがひょいと帽子を上げると、レジカウンターで抜け殻のようになっていた店長が顔を上げた。

「やあ元さん、こんな時間にどうしました?」
「ちょいと見せてもらっていいかい」

 持ってきた脚立を広げると、レジカウンターのちょうど真上にある通気口を見上げた。

「あっそこ……こないだからふたが……」
「外れたのはいつ頃だ?」
「一週間……いや二週間前? 修理をお願いしなきゃと思ってたんですけど、忙しくてすっかり……」
「あそこからねこが出てこなかったかい?」
「ねこ?」

 ひげの店長は「うーん」と考え始めた。クリスマス商戦で混雑していても、あんなところから大福が出てきたらさすがに気づきそうだけどなあ。

「姿は見てないけど、声は聞いたような……」
「ねこの鳴き声ですか?」

 僕が食いつくと店長は首をかしげた。

「鳴き声……いや風の音? 空耳? もしかしたらそこにいる子の声?」

 指さしたのはおもちゃのねこだった。紐のついたトラ模様のねこが無残に転がっている。電池の切れたねこの他に、犬や怪獣も横たわっていた。どこから持ってきたのかカラフルな積み木やソフトブロックも通路に散乱している。

「ごめんなさい、よく覚えてない……けどさすがにねこが落ちてきたらお客さんが気づくと思います」

 うつろな目でカウンターの片づけを始めたかと思うと、電話が鳴った。どうやらおもちゃの問い合わせらしい。

「仕方ない、次に行くぞ」

 元さんが脚立を持ち上げた途端、寝転がっていたねこのおもちゃが急に鳴き始めた。びっくりしたが店長はパソコンを操作して見向きもしない。

 どこの売り場も大変だなと思いながら、おもちゃ売り場を出た。コリオス書店もまだピークを過ぎたわけではないらしく、学生の子たちがあわただしくフロアを行き来している。

 次に向かったのは荷物の搬出入口も兼ねている売り場全体のバックヤードだった。書店の倉庫は従業員用エレベーターの真正面にあり、毎日ここを通って出勤している。

 薄暗い通路を歩きながら辺りを見渡した。外で雪が降っているからかいつもに増して冷える。

 従業員用の休憩室横を通過し、階段の踊り場にさしかかったところで元さんが足を止めた。

「見ろ、あそこ。ふたがないだろ」

 踊り場の真上に通気口があった。節電対策なのか照明がひとつふたつしかついていないので、こんなところに通気口があると気にしたこともなかった。

「ふたはどこに行ったんでしょう」
「そこらに落ちてねえか」

 通路の電気をつけてふたを探していると、清水くんともう一人の設備スタッフがかけてきた。

「資材置き場にはいませんでした。段ボールとかパネルとか全部動かしてみたんですけど、入った痕跡もなくて」
「通気口のふたは半開きでぶら下がってたし、扉の鍵もかかってたしねえ」

 初老の設備スタッフがタブレットの写真を見せながら説明すると、元さんは「やっぱりあそこから出たかなあ」とプラスチックのふたらしきものを拾い上げた。全体に油とほこりが絡みついているのに、割れたのか端だけ白く光って見える。

「あんなところから出たら……大福がどこに行ったかなんて……」

 ぽっかりと空いた穴は真っ暗闇で、そこを大福が通ったかと思うだけで寒気がした。階下には各フロアにつながる通路が広がっている。行こうと思えばどの売り場にも行けるし、従業員の足元をすり抜ければ外に出ることもできるだろう。

 こんな広さの場所をどこから探せば――

「白河さん、店長が全従業員に捜索依頼を出してます。すぐ見つかりますから」

 呆然とする僕に清水くんは携帯電話の画面を見せた。捜索依頼メールの真下に大福の写真が添付されている。薄暗い通路に浮かんだのは大福のものすごく嫌そうな顔だった。

「なんでよりによってこんな不細工な写真……」
「店長が無理やり撮ったからじゃないですか?」

 淡々と話す清水くんに、思わず吹き出してしまった。笑顔の店長に携帯のカメラを向けられて、嫌そうに耳を伏せる大福の姿が思い浮かぶようだった。

「俺は二階を探してきますんで、白河さんは三階をお願いします」
「うん……ありがとう」

 ゆるみそうになった目じりをこすって設備スタッフの二人に「よろしくお願いします」と頭を下げた。本来なら、アルバイトの僕たちが勝手にバックヤードを行き来することは許されない。店長と元さんたちの計らいで探せるんだ、しっかりしないと。

 タブレットを見ながらどの順で捜索するか段取りを決めた。懐中電灯を受け取って階段を降りようとした、その時。

「あっ大洋くん!」
「お……岡内さん?」

 息を切らしながら岡内さんが駆け上がってきた。ダウンジャケットを着こんで見慣れないリュックを背負っている。夜は家族と過ごすと言っていた。反抗期真っただ中の中学生と高校生の息子さんたちも、ごちそうだけは喜ぶからと意気込んでいたのに。

「ご家族とクリスマスだったんじゃ……」
「いやーどうしても気になっちゃってさあ。家中うろついていたら『落ち着かないから行ってこい』って息子たちに押し出されちゃったのよー」

 豪快に笑いながら岡内さんはリュックからビニール袋を取り出した。

「じゃんっ! 『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』!」
「それ、大福が食べたがってた……」
「おなかすいたら戻ってくるよ。ねっ!」

 僕と清水くんだけでなく、設備スタッフの二人にも『ニャオちゅるちゅるんプレミアム』のカラフルな袋を押しつけた。底抜けに明るい声に、心を覆っていた靄が晴れていく。

「さーあ、腹ペコの捜索に向かうぞー!」

 僕と元さんは三階、清水くんと初老の設備スタッフは三階、岡内さんは守衛さんに頼んで一階を捜索することになった。出勤中の従業員たちも働きながら探してくれているようで、何度も送られてくる通知に励まされる。

 大福、早くおうちに帰ろう。あったかい部屋で一緒にごはんを食べようよ。そう思いながら、僕は必死になって暗闇に懐中電灯を向けた。
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