白ねこ書店員 大福さん

わたなべめぐみ

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3.大福がどこにもいない④

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「白河くん、どうしたの?」

 斎さんの声を聞いて、僕は踏み台から下りた。汚れてしまったブランケットを渡して懐中電灯を探す。

「通気口の中に入ったみたいです。探してきます」
「ええっあんなところに……じゃあ私も」

 僕は上着を羽織って、出て行こうとした斎さんを引きとめた。

「もう退勤時間からずいぶん経っていますし、あずきさんを迎えに行ってあげてください」
「でも……」
「斎さんを待ってると思います。僕もすぐに大福を連れて帰りますんで」

 斎さんは戸惑っていたけれど、清水くんに手荷物とケージを押しつけられて事務所を出た。「ごめんなさい」と口元が動いていたけれど、こちらこそごめんなさいと思う。

 懐中電灯を片手に出ようとすると店長に腕をひかれた。受話器を耳に押し当てながら「ちょっと待て」とつぶやく。

「あ、げんさん? 仕事中に悪いんだけど、通気システムの見取り図まわしてくれない? あーうん、ちょっとねーうちの従業員が迷い込んじゃったみたいで」

 うん、うん、とうなずきながら僕を見る。元さんって誰だろう、と思っていると店長は電話を切った。

「設備の管理スタッフに連絡したから、もうちょっとここにいて。闇雲に探しても見つけられないだろ」
「すみません……」
「犬ならともかく、ねこの行動は予測できないしなあ。しかし自分の充電コードだけ噛みちぎるとは、大福くんも頭がいいんだな」

 あらわになった銅線をブラブラさせながら店長は苦笑した。

 子供の頃、飼っていたねこもそうだった。ヒーターやこたつの線は噛まないのに、僕の携帯ゲーム機の充電器ばかり噛みちぎるのだ。僕は泣いて怒ったけど、母さんは「ゲームばかりしてるから、相手をしてほしいんじゃないの?」と言っていた。

「僕が……ちゃんと相手をしなかったから」
「何言ってんの。仕事は仕事、大福くんだってわかってるからあきらめたんでしょ」
「そうでしょうか……」
「おっ、来た来た。元さんこっち」

 しょぼくれている僕の肩越しに、店長は手招きをした。設備スタッフの制服を着た中年の男性が姿を見せる。

「なんだよ、従業員が迷い込んだって。入れるわけないだろうが」
「いやーそれが入れちゃったんだなあ」
「何を訳のわからんことを……」

 帽子のつばを上げた男性と目が合った。僕は「あっ」と声を漏らす。

「先日クロスワードを探しにいらした方……」
「ああ、あの時の。なるほど、入ったのは例のねこか?」

 男性は2mほどある脚立を軽々と持ち上げると、通気口を見上げた。店長から手渡されたプラスチック製のふたをはめたが、すぐに落ちる。

「ひっかけるところが劣化したんだな。そういや少し前もインコが迷い込んだことがあったなあ。あのときは追跡できたらしいが」
「それが……首輪の電源が切れたみたいで」
「それなら出られるところを当たってみるか」
「そんな場所、あるんですか?」
「これと同じように劣化してたら、あのねこの体重なら割れるかもしれんしな」

 元さんは電話をかけ始めた。まるまるとした大福を思い出す。「食べすぎです」とお医者さんには言われていたけれど、こんなことで役に立つとは。

「あんた、出勤中か?」
「いえ、一時間ほど前に退勤しています」
「そんじゃ一緒に来い。何か所か通気口カバーがはずれてるところがあるらしい」
「ありがとうござ……」
「俺も行きます」

 僕がお礼を言い切る前に、清水くんが言った。いつの間にか帰り支度をすませてジャケットを着こんでいる。

「でももう遅いし……」
「暇なんで」

 あと頼まれてるんで、と付け足して元さんのタブレットをのぞき込んだ。頼んだのは斎さんだろうか。元さんから目的地までの進み方を聞いている彼を見て、僕がしっかりしないでどうするんだと思う。

「じゃあしろは俺と来な。兄ちゃんは従業員出入口を出た所に別のスタッフがいるから、そいつに鍵を開けてもらってくれ」
「あの、白って……?」
「あんた、白だろ?」
「白河ですが……」

 そんな呼び方をされたのは初めてだった。戸惑う僕の背中を店長が叩く。

「報告業務があるから行けないけど、なんかあったら連絡して。手の空いてる人間を回すから」
「忙しいときに何から何まですみません」

 深々と頭を下げて事務所を出た。足早に歩きながら元さんから説明を受ける。空いている通気口は三か所。一か所は別のテナント、あとの二か所はフロア外の通路と資材置き場らしい。

 レストラン街の窓から外が見えた。白い粉雪がはらはらと暗闇に舞い落ちる。初めて大福に会った日を思い出しながら、元さんのあとについていった。
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